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コロナ不況が「日本の化学業界」に与えた大打撃

自動車需要激減で今期業績は軒並み大減益に

渡辺 清治 : 東洋経済 記者

2020年06月29日

主要な化学・繊維メーカーはこぞって自動車関連分野に力を入れてきた。写真は自動車技術展示会に出展した東レのブース(2018年に記者撮影)

新型コロナウイルスの感染拡大により、世界的な生産・販売台数の落ち込みに見舞われた自動車産業。その大きな余波が、国内の化学・化学繊維メーカーにも及んでいる。

三菱ケミカルホールディングス、住友化学、三井化学、東レ、旭化成、帝人、東洋紡……。

主要な国内化学系メーカーの2020年度の業績は軒並み大幅な減益となる見通しだ。原油相場急落に伴う在庫評価損や新型コロナによる需給悪化で汎用石化品の損益が悪化するうえ、各社が力を入れてきてた自動車関連ビジネスの落ち込みが響く。



樹脂や人工皮革など多様な製品を供給

化学系メーカーによる自動車用途の素材・材料は数多い。代表例が樹脂(プラスチック)だ。

三菱ケミカルの炭素繊維複合材は、トヨタの「プリウスPHV」のバックドア構造部材にも採用されている(記者撮影)

バンパーや燃料タンク、ダッシュボード、ヘッドランプなど内外装を中心にさまざまな部位に使用され、車1台当たりの樹脂使用量は100キログラムにも及ぶ。

最も多く用いられるポリプロピレンをはじめ、ABS樹脂やポリカネード、強度や耐熱性に優れたエンプラまで種類も幅広い。

シートや天井材などに使用される人工皮革、エアバッグの基布(生地)、タイヤ用のナイロンや合成ゴム、構造材用の炭素繊維複合材なども自動車用途の主要製品だ。

ハイブリッド車(HV)・電気自動車(EV)の動力となる車載用リチウイオン2次電池を見ても、セパレーター(絶縁材)や電解液といった原材料は化学・繊維業界が生産・供給を担っている。


しかし、自動車業界は3〜5月にかけて、世界各地で工場の操業が停止。生産自体は順次再開したが、外出制限(自粛)や景気悪化により、足元の新車販売は大きく落ち込んでいる。

市場調査会社IHSマークイットの最新予測によると、2020年の世界新車販売は昨年比で2割減る見通しだ。

感染拡大の収束に時間がかかれば、さらなる需要減少が避けられない。 

主に日系の完成車・部品メーカーに素材や材料を提供する国内化学業界にも、当然のごとく影響が及んでいる。

「自動車用途はさまざまな樹脂やガラス繊維複合材の成形品、アルミナ繊維など取り扱い製品が幅広く、コロナによる需要低迷の影響は大きい」(三菱ケミカルホールディングスの伊達英文・最高財務責任者)。  

とくに今上期(2020年4〜9月)は事業環境が厳しい。

用途別に事業セグメントを区分している三井化学は、自動車関連事業の2020年度の売上高が3000億円と昨年度比18%減ると予想。

バンパーなどに使用される主力のPPコンパウンド(ポリプロピレンにほかの樹脂や添加剤などを混ぜてカスタマイズしたもの)の出荷減が響き、事業営業利益は275億円と同35%減を見込んでいる。

東レは海外で積極的な設備投資

東レ製の車載電池用セパレーター。リチウムイオン2次電池の安全性を担保する重要な材料で、旭化成と車載用途で世界首位の座を争っている(写真:東レ)

旭化成が技術力をアピールするために用意した次世代コンセプトカー。車内や外装などに同社のさまざまな素材・材料を用いている(記者撮影)

国内の化学・繊維メーカーは近年、こぞって自動車向け素材・材料ビジネスの強化を推し進めてきた。 

例えば、東レは車載電池用セパレーターやエアバッグ基布などの生産能力を拡大すべく、海外で積極的な設備投資を実施。

セパレーターでは2017年に1200億円規模の巨額投資構想を表明し、韓国の工場を毎年のように増設。旭化成と世界首位を争っており、欧州(ハンガリー)の生産拠点も2021年夏に稼働開始する。 

旭化成もその車載電池用セパレーターを始め、エコタイヤ用合成ゴムの生産能力拡大などに資金を投下。さらに2018年には約800億円を投じ、自動車用の織物・編物製シート材の世界大手、アメリカのセージ・オートモーティブ・インテリアズを買収した。宮崎県延岡市で生産する人工皮革も自動車内装材用途での需要拡大を見込み、生産設備を大幅に増強中だ。

帝人は800億円超を投じ、ガラス繊維複合材製の自動車外板成形を得意とするアメリカのCSP社を2017年に買収した。

CSPはゼネラルモーターズを始めとするビック3や現地のトヨタなどと直接の取引があり、そうした世界的な完成車メーカーに深く食い込むためのM&Aだ。その後も欧州で自動車用吸音材などを手がける不織布メーカーや複合材料・部品会社を相次ぎ買収している。


また、化学系の大手各社は近年、自動車関連事業の強化策として、関連するさまざまな素材・材料を一括して取りまとめる専門の部署を相次ぎ設立。その専門部署が代表窓口となって、国内外の自動車メーカーや主要サプライヤーに技術や製品を総合提案する営業活動にも力を入れてきた。 

国内化学系メーカーがこぞって自動車関連分野に力を入れてきた背景には、生き残りをかけた差別化戦略がある。 

化学・繊維は中国を始めとするアジア勢の台頭が著しく、価格だけで勝負が決まる汎用品で日本企業はもはや太刀打ちできない

そこで各社は「脱汎用」をキーワードに技術力や品質で勝負できる高機能素材・材料へのシフトを進めており、その大きなターゲットの1つが自動車用途だ。 

航空機ほどではないにしろ、自動車用途の素材・材料は高い品質・信頼性が要求されるため、中国企業などに対して日本勢の強みが発揮しやすい。

また、「自動車はコストダウン要求が厳しいが、製品が採用されれば、その車種がモデルチェンジするまで安定的な数量が毎年見通せる。これは大きな魅力だ」(化学繊維メーカー幹部)。  

さらに素材転換の追い風も吹く。環境規制などを背景として、自動車業界は燃費改善に向けた車体軽量化HV・EV強化を推し進めている。軽量素材や車載電池材料のほか、安全性や快適性などに寄与する商材も今後の需要拡大が確実視されており、化学系企業にとっては絶好のチャンス。

国内勢はこの商機を生かし、日系自動車業界だけでなく、欧米の自動車産業との取引拡大にもつなげたい考えだ。

 *需要回復に備えて投資は継続

そうしたさなかに起きたコロナショック。少なくとも2020年度は自動車関連分野の大幅な落ち込みが避けられず、感染の収束時期や経済悪化の動向次第では、2021年度も厳しい取引環境が続く可能性はある。 

しかし、東洋紡の楢原誠慈社長は5月の決算会見でこう言い切った。

「平時であれば自動車は世界的に需要が安定しているし、力を入れているエアバッグ基布などは当社に技術的な優位性もある。今回はコロナで急激に落ち込んだが、自動車関連が最重要分野の1つという位置づけは何ら変わらない」。

旭化成も強気のスタンスだ。

EV用のセパレーター、シート用の人工皮革といった製品は、コロナ問題が落ち着けば再び需要拡大局面に戻る。そのときに備えて、こうした分野の能力増強投資は計画したとおりに粛々とやっていく」(柴田豊副社長)。

 コロナ影響で自動車用途の素材・材料需要が大幅に落ち込む中、足元の業績悪化に耐えながら、収束後の事業拡大に向けてしっかり手は打つ。化学・繊維メーカーにとって、2020年はそんな我慢の1年となりそうだ。 

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