日本の株主総会が世界から20年も遅れている訳


企業統治をめぐる「2つの致命的な誤解」とは

 

小幡 績 : 慶應義塾大学大学院准教授

 

2020年06月20日

コロナ禍のなかで、日本の株主総会もピークを迎えようとしている。筆者は「株主総会絶対主義」などを掲げる日本の企業統治論はズレていると言う(2019年の米バークシャー・ハサウェイの株主総会、写真:ロイター/アフロ)

2020年の株主総会シーズンも、いよいよクライマックスを迎えようとしている(今年は6月26日がもっとも開催が多い)。 

株主総会は企業価値を決める最重要議決機関であることは間違いない。

だが、いまだに大きな誤解が多数残っている。

世界でも同じことなのだが、とりわけ日本においては、コーポレートガバナンス(企業統治)の重要性に、いまさら、21世紀もかなり過ぎてから注目が集まるという「コーポレートガバナンス議論後進国」なので、誤解が多く、かつ致命的で深い。なぜなら、ガバナンスの本質を知らずに「コーポレートガバナンスは重要だ」と、海外投資家に吹き込まれているだけではない。

それに便乗する国内投資家や、本当のガバナンスを知らない有識者、メディア、さらには政府関係者までに圧力をかけられ、「株主は偉い、その最高決定機関である株主総会はこの世で一番偉い」という強烈な誤解を植えつけられてしまったのである。 

具体的に言えば、2つの大きな誤解がある。



 なぜ「株主総会絶対主義」は間違いなのか

1つは「株主総会絶対主義」は根本的に誤っている、ということだ。

古くは2007年6月のブルドックソースの敵対的買収防衛のためのポイズンピル(大量の株式を発行して、既存の株式の価値を極端に薄めてしまうメカニズム)発動がある。

アメリカの投資ファンドであるスティール・パートナーズの買収が企業価値を毀損するとして、ブルドックがスティール以外の株主には1株につき新株3株を交付し、スティールについては株式相当額の金銭を交付することをあらかじめ株主総会の特別決議(3分の2の賛成)を経て行おうとしたことを最高裁は適法と認めた、という事案である。

 

「本来は既存の株式の価値を自動的に薄めてしまうものであり、株主の財産権を侵害することから、会社法(かつては商法)で厳しく制限されているが、このように株主総会で3分の2の賛成を得ているから、株主のためには妥当である」という考え方である。

最高裁が「間違っていることを適法と認めた」、というのはどうかしているが、経済学では1990年代半ばに、この考えは間違っていることが広くコンセンサスとなっていた。

 

* 「多数派が少数派の利益を損なってはならない」のが本質

なぜならば、株主総会に反対した3分の1未満の株主の利益を大きく損なっているからである。

それはこのファンドやその同調者だけではない。

このファンドが企業価値を損なうとして買収に反対していても、このポイズンピルという手段に反対していた株主の利益を致命的に損なうからである。

こう書くと、ピンと来ないかもしれない。だが、別の例を考えればすぐわかる。

たとえば、上場企業Xがあって、創業者の息子ほか一族が株式の3分の2を保有しているとする。

上場しているから、仮に残りは個人株主としよう。

息子がひそかに愛人を作り、一般には愛人と知られていないこの人物が所有、経営する会社Yを買収することを決定した。企業Yは創業以来ずっと赤字であり、昨年も今年も売り上げは2億円で伸びていない。

しかし、買収価格は100億円、しかも現金払いと決定した。

これに対し、個人株主が差し止め訴訟を起こした。

だが、企業Xの経営陣は、あるコンサルティング会社に企業価値の算定を委託。

このコンサル会社は、コロナ後の世界では、企業Yの製品は急激な需要増加が期待されるため、100億円の価格は妥当であるとした。そして、臨時株主総会を開き、3分の2の賛成を得て、特別決議を行い、買収は実現した。

これは明らかに、この企業Xを支配している大株主による、外部の少数株主の利益の収奪である。

しかし、株主総会が絶対であれば、これは誰も止められないことになる。

この仮想事例で明らかなように、世間ではもうひとつの大きな誤解がある。

それは、「コーポレートガバナンスとは、株主のために、経営者の暴走を防止することだ」と。

 

違う。それはなぜか。

1990年代にアメリカのハーバード大学のアンドレイ・シュライファー教授らが展開し、その後コンセンサスとして学会に確立した議論は以下のようなものであった。

「コーポレートガバナンスとは、投資家の利益を守ることである。

だがこうした利益を経営陣の暴走から守ることも、もちろんあるが、世界的、歴史的に見ると、この問題の重要性は低い。世界でのガバナンスの問題とは、外部少数株主の権利と利益を、議決権を支配している大株主から守ることであり、それがほとんどすべてである」、というものである。

 

全株主が平等に利益を得られるよう担保するシステム

アメリカやイギリス、日本においては、そのような現象はあまり見られないが、この3カ国は世界的な例外中の例外である。そして、経営者と株主の利益相反がほとんどないのは、大株主が経営者を選び、支配しているので、世界のほとんどの企業の経営者は、大株主の意向に基づいて行動しており、株主と経営者の間のガバナンスの問題はほとんど重要でない国が大半である、ということなのだ。

学会では、この見方が確立した後、コーポレートガバナンスの議論は、学問的には片付いたこととなり、研究は、世界中の各国で実際にこのような現象が起きていることを実証すること、そして、細かい各国ごとの法律や制度の違いにより、どんなことがおきているかを調べることが中心となった。

この観点では、グーグルの黄金株(創業経営者が議決権を株式数の保有比率を超えて、絶対的な水準で持つこと)などは、ガバナンス的には理論的には大きな問題であるという認識も共通している。

グーグルは、いまのところ経営者が企業価値を最大化するように行動しており、一般株主の利益も尊重していることから、理論的には問題であり、将来の潜在的な問題として存在するが、現実としてはいまのところ問題ない、ということになっている。

そして、法律においても、きちんと救済されている。

前述のような株主総会で一部の株主の反対にもかかわらず、重要な意思決定がなされた場合には、株主総会で反対した株主の株式については、その意思決定前の株価で買い取り請求を行うことができる、という具合になっている。

これはおおむね多くの国(ガバナンスが適正に法律で守られている国)で共通だ。

 

したがって、株主総会は絶対とは程遠い。むしろ、大株主が少数株主の利益を奪って自分たちのものにする公式のチャンスなのである。だから、それに対して、十分な手当てを法律的に備えておく必要があるのである。

そして、ガバナンスの議論とは、株主同士の利害対立を防止し、企業価値を最大化し、すべての株主が、平等に利益が得られるように担保するシステムの議論なのである。

株主総会シーズンをそういった目で見ると、これまでメディアで「素晴らしい経営者」とメディアで賞賛されている人々のうち、少数株主の利益を損なうことを厭わない者が一定数いることがわかるはずだ。

そして、世間ではそれが見過ごされていることに気づくであろう。

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