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第2波来る前に考えたい「 PCR検査」の増やし方


イギリスはいかにして検査数を増やしたか

ピネガー 由紀 : イギリス正看護師、フリーランス医療通訳
2020年06月17日 

増やすべきかどうか議論の余地はあるものの、医療従事者にとってはPCR検査の拡充は必須のようだ(写真:REUTERS/Issei Kato)

新型コロナウイルスのPCR検査をめぐっては、日本でも「検査数が少ない」「検査数を性急に増やすべきではない」とさまざまな議論がされてきた。

新型コロナの感染者数はいったん落ち着いたとはいえ、今後の第2波などを想定した場合、今のうちに検査体制を見直すことに越したことはない。

そこで今回は一時期、アメリカに次ぐ新型コロナの死亡件数が世界2番目となったイギリスで、看護師として働く筆者が、イギリスがどのようにしてPCR検査数を大幅に増やしたかと、増やしたことによる「影響」を分析したいと思う。



なぜ検査数が少なかったのか

「月末までには1日当たりの検査件数を10万件に増やす」。

4月2日、イギリスの保健当局はこうした声明を出した。当時、イギリスの検査数はヨーロッパのほかの国と比べても圧倒的に少なかった。その理由はいくつかある。

1つは、リソースが効率的に使われていなかったことだ。

検査を巨大なラボに中央集約化する計画を掲げたものの、それに必要なスタッフや設備の準備、運搬方法の整備にかなりの時間を要した。その間、各地にあるラボは使用されずに空っぽ状態だった。

また検査キットの購入も初動が遅れたために実際に配送されるまで時間がかかった。

もちろん検査所も検査をする医療従事者も不足をしていた
こうした中、感染者の追跡調査についても消極的にならざるをえなくなった。

イギリスにおける新型コロナ死亡者数が0だった2月時点では、国中のNHS病院(公的医療機関)では来院理由にかかわらず、すべての患者とその同居家族の渡航歴の聞き取り調査を行っていた。
3月初めまでは、イタリア北部の一部、中国の一部、韓国の一部、イラン全土からの過去2週間以内の渡航歴者は最も感染ハイリスクとされ、特に注意をかけていた。

しかし、感染のリスクを認識しておきながら、肝心のPCR検査は行われていなかったのである。
この時点で保健当局は、新型コロナの症状を記述して「これらの症状があれば自宅で自主隔離をするように。検査を受ける必要はない」とする指針を出していた。症状が悪化したときのみ、日本の保健所に当たるNHS111に連絡をとり、そこから必要であれば受診の手配がされるようになった。
この指針は医療従事者に対しても同じで、政府は早い時期から「医療従事者には優先的に検査をするように対応する」と公言はしていたものの、なかなか実行されなかったのである。
例えば、4月半ばに新型コロナの病棟に勤務する医師が38度以上の熱を出した際も、「軽症だから自宅で自主隔離をするように。検査は必要ない」と言われた。このように医療従事者であっても重症化しない限りは検査をしてもらえない事が多かった。
「本人に症状があれば7日間、同居家族に症状があれば14日間の自主隔離をすること。検査は必要ない」。

これが医療者への国からの指示だった。日本でたびたび聞く院内感染という言葉はイギリスではほぼ耳にしない。

看護師が何人、医師が何人感染したのか? 検査をしないから、人数も誰が感染者なのかさえわからない。
反面、ジョンソン首相やハンコック保健相やチャールズ皇太子などいわゆる「上流階級」に属する人は例え軽症であっても3月の時点ですぐに検査を受けて陽性と判明次第、自主隔離に入ることができた。

感染拡大を防ぐ要のNHS医療従事者の検査が遅れる一方で、この階級的とも言える検査優先の矛盾は大きな議論を呼んだ。


PCR検査に関係なく治療は受けられた

ただし、PCR検査を受けられなかったことと、症状悪化や診察が受けられない関連性を指摘する声はほとんどなかった。

イギリスでは、新型コロナの診察や治療は、検査の有無や結果より患者の症状に基づいて行われるからである。

感染が疑われる症状があれば、感染患者という前提で診察や必要に沿った検査を行っているのだ。
特に、レントゲンなどの画像検査の結果は重視され、感染の疑いが濃厚であれば、検査の結果がまだでも入院させることは珍しくない。PCR検査を受けられなかったがために感染が疑われる症状が悪化しているにも関わらず、診察も治療も受けられなかった、という例はおそらくほとんどなかったと思われる。

実際に私が勤務している病院でも、PCR検査の結果待ちの患者が入院してくることはごく普通だ。

入院すると、ほかの感染患者同様、酸素吸引や点滴治療などが開始される。
また、PCR検査が陰性であっても、同様に患者の症状と画像検査などの結果に基づいて必要と判断されれば入院させて酸素吸入などの治療を行い数日たってから再検査を行う。
PCR検査だけに頼らないのは、検査数が少ないことはもちろんだが、結果が100%正しいとは限らないという前提があるからだ。画像検査などほかの検査と組み合わせるのが通常で、PCR検査はあくまで「判断材料の1つ」として捉えられている。
一方、PCRの検査が陽性であっても軽症であればそもそも診察をしない。

政府の指針通り「自宅で自主隔離をする。保健所への連絡も必要はない」のである。
とはいえ、4月下旬にかけて死亡件数が世界で2番目に膨れ上がり、PCR検査の増加目標達成に何度も失敗していた政府は大きな批判を浴びていた。これを受けて、イギリス各地にドライブスルー式の検査所が設置された
だが、検査場所が増えても医療従事者の数には限りがあるので対応しきれない。

そこで投入されたのが、イギリス陸軍だ。現在96カ所設置されているドライブスルー式の検査所のうち、92カ所は陸軍によって運営されている。個人防護具(PPE)を着用して患者から検査検体を採取するのも陸軍の仕事になる。
検査のラボも全国にいくつか増やして結果がでるまでの日数短縮を目指した。

5月上旬には、在宅検査キットを渡される事もあった。これは、ドライブスルーで検査をオンライン予約して、検査所まで行くと自宅で検査できるキット渡される仕組みだ(ただし、これは検査キットがすぐ底をついたので、長く行われることはなかった)。


PCR検査増加の恩恵を受けたのは?

こうした検査能力増強施策により、5月20日には1日最高15万人の検査が行われるようになった。

実際に5月に入り、私も軽い症状がでたときにすぐにオンラインで予約して3時間後には検査を受けることができた。

なお、イギリスは現在でもPCR検査は症状のある人のみに行われるという当初からの条件は変えていない。
PCR検査数が5月に入って全国的に安定して増えたことで、一番大きな影響がでたのは医療従事者ではないだろうか。

それまでは、自身に症状がなくても家族に症状があっただけで2週間の自主隔離する必要があった。

いつ自分が感染するか、もしくは無症状のまま感染をさせてしまうほうになるか、心配をしたままでの勤務だった。
検査可能になったことで、安心して勤務ができる。ただしこれも完全とは言えない。

PCRの結果が陰性は「今の段階」のことであって、5日後にはまた違う結果になることもある

だからこそ繰り返し検査をできる検査能力がない限り、症状のない人にまでPCR検査をしてもあまり意味がないと言われる。
理想を言えば、医療従事者は症状に関係なく週に1度は検査を受けて陰性であることを確認することが望ましい。

だが、今のイギリスではそこまでは無理だ。患者ケアに関してはPCR検査の増加はあまり影響は受けていない。

前述したようにPCR検査の結果よりも患者の症状と画像検査の結果などにも注意点に置くからだ
日本はPCR検査の少なさが批判される一方、死亡件数が少ないこともあり、「独自の対策が功を奏した」と評価されることもある。

もちろんいたずらに検査数を増やす必要はないが、イギリスの医療従事者へのPCR拡充の遅れとその結果を考えれば、医療従事者が定期的にPCR検査を受けられるなど、第2波に備えた検査体制の見直しや拡充は必要なのではないだろうか。

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