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「コロナ後の旅行」は"3つの点"で大きく変わる


インバウンドブームの終わりと始まり

岡本 岳大 : wondertrunk & co.代表取締役共同CEO、デスティネーションプロデューサー
2020年に「訪日外国人客数4000万」を目指して急成長してきた日本の外国人誘致(インバウンド)。しかし新型コロナウイルスの影響によって、2020年4月の訪日外国人数は、前年同月比マイナス99.9%(日本政府観光局発表)にまで落ち込み「インバウンドブームの終焉」もささやかれるような状況になりました。今は旅行・インバウンドに関わる人も、自分と大切な人の安全を守り、いかに事業や雇用を継続するかに必死だと思います。
目の前の困難に淡々と向き合いつつも、「コロナ後」に向けて何をすべきなのか?
世界中の旅行マーケットがかつてない打撃を受ける中で、外国人旅行者の旅のニーズはどう変わるのか、そして日本の観光地が準備すべきことは何でしょうか。 

9.11やリーマン・ショックを超える危機

新型コロナウイルス感染症拡大の影響で、世界中の旅行業界がかつてない大きな危機に瀕しています。
多くの国で外出禁止や海外渡航の制限がされたことで「旅をする」という日常はどこか遠いもののようになってしまいました。
世界観光機関(UNWTO)は5月に、世界の旅行業界の「3つの回復シナリオ」を提示しましたが、「2020年の国際旅行者数は前年比で約58~78%のマイナス」という数値を発表しました。 
世界観光機関(UNWTO)による2020年の国際旅行者「3つの回復シナリオ」(出所:UNWTO) 

2003年のSARS発生後が0.4%減少、2009年のリーマンショック後が4%減少、という過去の数値と比べて、今回の新型コロナによる旅行業界へのインパクトがいかに大きいかがわかります。またアメリカの旅行業協会からは、「新型コロナのアメリカ観光産業への影響はアメリカ同時多発テロの9倍にのぼる」という衝撃的な見通しも出されています。これだけのマイナスが進むと世界の旅行マーケットや、日本のインバウンド業界そのものがなくなってしまうかも、という不安も頭をよぎります。しかし、中国で「都市封鎖などが解除された直後の連休で1億1500万人が国内旅行へ出かけた」というニュースが話題になったように、我々の「旅への情熱」は簡単になくなるものではありません。

欧州においても域内の制限はあるにせよ、スペインやイタリアは7月から海外からの旅行者向けに空港を再オープンすると発表し、フランスも国境封鎖を6月15日に解除する予定です。バンコクポスト紙によれば、アジアでも観光市場が動き出しており、バリの観光省は6月から海外からの観光プロモーションを再開するそうです。歴史的にさかのぼってみても、国際旅行者数は、1973年~1974年のオイルショックのときも一時的に落ち込みはしましたが、その後すぐに回復し上昇を始めました。2001年の9.11のあと、2008年のリーマンショックのあと、一時的に横ばいか落ち込むことはあっても、その後、必ず右肩あがりの成長を続けています。

「旅」という産業は「短期的には打たれ弱く、長期的にはとても打たれ強い」という側面があるようです。もちろん、一度、解除されても再び感染が広がって逆戻りする可能性もあるので、時期の見極めや安易な誘客プロモーションは現実的ではありませんが、人々の旅への情熱や観光業界の回復力を考えると、世界の旅行マーケットやインバウンド需要が戻ってくるときのために、日本でも今からしておく準備がいろいろとありそうです。今回の新型コロナによって、世界の旅人たちのニーズはどう変わるのでしょうか? そして、日本のインバウンドはどのように準備ができるでしょうか。 

新型コロナで旅行者のニーズはこう変わる 

すべてを網羅することはできませんが、ここでは各国のメディアの記事や専門家の意見なども参考にしながら、「新型コロナで世界の旅人のニーズはこう変わる」という視点を3つほど紹介したいと思います。 

①旅に求める意義が変わる

  リスクが今後も続く中では、世界の旅人たちにとっては「長い時間をかけて移動してまで日本に行く、その旅の意味は何か?」が重要になります。

世界的な旅行メディアであるCondé Nast Travellerの英国版でライターのJuliet Kinsman氏も「今や旅を検討するときに、本当に家を離れる価値があるか?が問われるようになった」と語っています。
ありうる1つの答えは「娯楽だけではない旅の目的」です。以前の記事でもご紹介しましたが、世界にはさまざまな「特別な目的のために旅をする人たち(○○好き旅人)」がいます。
例えば「バードウォッチング好き」のように、自分の大切なライフワークを実現するための旅は、他の場所では代替が利かないのでニーズが強いのです。
実際に、震災後の福島も「パウダースノー好き」「サムライ好き」といったように、自分たちの旅コンテンツと相性のいい旅の目的を、特定の層に明確に打ち出すことで大きく回復しました。
もう1つの可能性は「教育」でしょう。
レジャーやバカンスだけであれば、近場の観光地でもよいと思ったとしても、学びを通した自己変革のため、あるいは子どもの教育のため「自国にいては得られない気づきと成長のために動く」というのは、強い動機になりえます。
Stay at Homeの期間に、National Geographic Travelerが「Stay Inspired(インスパイアされ続けよう)」というコンテンツを発信したり、Airbnbが瞑想、料理教室、文化講座「オンラインでの体験」のプログラムを充実させてきましたが、新型コロナは「旅と学びの距離を近づけた」と言えるかもしれません。
もちろん、「大自然の中に行きたい」「解放的なリゾートに行きたい」といった大きなニーズも世界共通であるでしょう。
ただ、わざわざ日本に来てもらうことを考えると、「旅人の自国ではできない特別な目的や学び」を提供していくための準備は、今後の日本のインバウンドのヒントになりそうです。 

「サステイナブルツーリズム」を構築する機会に

②クリーン、サステイナビリティ、旅先を選ぶ基準が変わる

 旅先を選ぶときには、観光コンテンツの魅力、価格、アクセスなどは重要な要素ですが、新型コロナの後には別の基準も重要になります。

やはり「クリーン(清潔)」というキーワードは欠かせないでしょう。例えばシンガポールでは、政府観光局が中心になって「SGクリーン」という認証制度が始まりました。ホテルの場合、室内の衛生状態、温度や消毒の回数、従業員の呼吸器の症状の確認などの基準が設けられるそうですが、このような制度が各国で導入され、安全と信頼をPRすることが必須になります。元Virgin Atlantic広報部長のコンサルタント、Paul Charles氏は清潔のキーワードはとくに都市デスティネーションで重要になると指摘します。公共交通機関や室内アトラクションにおける「クリーンな空間とプライバシーの確保」がキーになりそうです。

もう1つは「サステイナビリティ(持続可能性)」です。フランスのメディアUsbek&RicaのPablo Maillé氏は「エコツーリズムやサステイナブルツーリズムが、コロナ危機後の良心的な選択として再トレンドになる」と指摘します。もともと、2015年に国連がSDGs(持続可能な開発目標)を発表した頃から、こうした旅への関心は高まっていましたが、とくにバルセロナ、ヴェネツィア、京都のような人気エリアではオーバーツーリズムが課題になっていました。あまりに多くの外国人観光客が来ることで、住民の生活や、文化財、自然環境に悪影響が出ているので、規制をしながら「持続可能な観光」を目指すという動きです。この「オーバーツーリズムへの規制」という視点と、コロナ後に「観光客の密集を避ける」という対応があいまって「サステイナブルツーリズム」の議論が活発化しそうです。日本の観光地も、自分たちの大切な文化や自然に負荷をかけていなかったか、もう一度見つめ直してもよいと思います。とくに近年のインバウンドブームで多くの観光客が押し寄せていた人気エリアでは、まだ観光客が戻らない間に、しっかりと持続可能な観光地としての規制を作っておく機会にできるかもしれません。 

③デジタル、身体性、旅の楽しみ方が変わる

 コロナ後は、旅前や旅中の楽しみ方にも色々な変化が起きそうです。

1つは「デジタル」の融合です。すでにオンライン地図やさまざまなオンライン予約サービスが旅には欠かせないものになっていますが、今回のコロナの影響で、「そこに行かなくてもデジタルで楽しめる」と感じるものが増えています。

例えば、美術館のデジタル化です。国内外の美術館がオンライン展示に取り組んでいますが、パリのグランパレでは、3月から6月までポンペイ展開催が予定されていましたが、コロナの影響で休館となったため、遺跡発掘の様子が3Dで再構成されたヴァーチャルツアーが人気となっているそうです。美術館だけに限らず、まずオンラインのコンテンツで体験して、その後、実際に旅で訪れてみるというような旅の楽しみ方も増えてくるかもしません。例えば、体験アクティビティも「旅前にオンラインレクチャー、旅中はリアルで、旅後は一緒に参加したみんなとオンラインでつながる」といった形で、デジタルを融合させていくことでより付加価値が高まる可能性があります。そしてデジタル化が進む一方で、リアルの旅における「身体性」のニーズも高まると思います。 

「デジタル体験」と「身体性を刺激する体験」を

リモートワークでオンライン会議をされた方は、視覚と聴覚に依存した会話を実感されたと思います。

上記のようなデジタルの融合が進んでも、スマートフォンやパソコンのような通常のデバイスだと、なかなかそれ以外の感覚を刺激するのが難しいのです。したがって、実際にリアルな観光地で旅人たちが求めるのは、それ以外の五感も含めた身体性での楽しみです。画面上の絶景では伝わらなかった肌にあたる風や水の感覚やにおい、お取り寄せグルメだけでは想像することしかできなかった、その場の雰囲気とセットで楽しめる地域の味。そして、対面でコミュニケーションをするときの独特の空気や間。こういった、ある意味でデジタル体験のコントラストとなるような身体性を刺激する体験は、観光地の魅力をさらに高めていくはずです。このように、コロナ危機を経て、観光ビジネスや旅人のニーズに大きな変化が訪れ、加速する可能性は高いと感じます。日本の地域がコロナ後も、世界に向けた観光地として生き残っていくためには、こうした視点を考えることが長い目で見て競争力を高める機会になるはずです。


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