ドイツが「消費税率3%下げ」に踏み切る意味


歳出削減を徹底、単なる景気対策ではない

ドイツのメルケル政権は6月3日、日本の消費税に相当する付加価値税の税率を7月から12月末までの半年間、引き下げると発表した。これは、2020年と2021年に実施する総額1300億ユーロ(約16兆円)の景気対策の一環だ。消費減税は、標準税率を19%から16%に引き下げ、軽減税率を7%から5%に引き下げる。減税規模は200億ユーロ(約2.5兆円)で、新型コロナウイルスの感染拡大前の付加価値税収の1割弱に相当する。

今後、この内容を閣議決定し、連邦議会に提出する。

健全財政路線を捨てたわけではない

 メルケル政権は、どうして消費減税に踏み切ったのか。当然のことながら、政治的経緯や世論動向などが背景にある。

それを公共経済学の観点から分析すると、消費減税は均衡財政主義を放棄したのではなく、将来の増税を避けるために財政黒字を維持してきて、その黒字の余力を使って消費減税で還元しようとしていることがわかる。
メルケル政権は、2005年11月から今日まで続く長期政権である。公共経済学の観点からメルケル政権の財政運営の特徴を説明すると、歳出削減を軸とした健全財政路線である。
メルケル首相が党首を務めてきたキリスト教民主同盟(CDU)は中道右派政党で、今日の財政赤字は将来の増税をもたらすことを強く意識している。メルケル政権の財政運営も、それが基本となっているといってよい。それに対し、CDUのライバルである社会民主党(SPD)は中道左派政党として拮抗している。
メルケル政権は発足してすぐの2007年に、当時17%だった付加価値税率を19%に引き上げた。これもあって、2007年にはドイツ全体(一般政府)で財政収支が黒字になり、前のシュレーダー首相率いるSPD政権で続いていた財政赤字を解消した。
その後、リーマンショックに端を発した世界金融危機が起きて景気が後退した。2009年には実質経済成長率がマイナス5.6%を記録した(以下、経済財政統計はOECD資料による)。
それでも、メルケル政権は消費減税をしなかった。この頃、ドイツ全体の財政収支(対GDP)は2009年にマイナス3.1%、2010年にはマイナス4.4%と赤字に陥った。これにより、政府債務残高の累積に対処すべきとの機運が高まり、2009年6月には、財政収支均衡原則を盛り込む基本法(憲法)の改正が行われた。この原則は、連邦政府および州政府の予算は、原則として公債発行なしに均衡させなければならない、とするものである。
リーマンショック直後に実質経済成長率が大きく落ち込んでも、ドイツは付加価値税を増税したまま税率を下げなかった。その直前に財政赤字が続いて政府債務残高が累増していたのが、当時のドイツ財政だった。 

失業給付抑制や年金支給開始年齢を引き上げ

 財政収支均衡原則が盛り込まれた基本法の下、メルケル政権は財政改革に着手した。歳出面では、長期失業者に対する失業給付の抑制、長期失業者に対する年金保険料支払いへの補助の廃止、子供を持つ親に対する手当の給付抑制、2012年以降に年金支給開始年齢の65歳から67歳への段階的引き上げ、公的医療給付の財源である連邦補助に法定上限を設けた総額管理、4万人規模の連邦国防軍兵士削減を含む防衛費の抑制、各省の裁量的経費の抑制といった策を実施した。メルケル政権下では、社会保障支出の伸び率は名目経済成長率を下回っている。医療費は、診断群分類(DRG)と呼ばれる患者分類に応じて医療費を定額払いにする制度の下、定額払いを徹底して医療費を削減してきた。日本でも、DRGに相当するとされる診療群分類包括評価(DPC)があるが、これは定額払いと出来高払いの混合で、出来高払い部分で医療費が膨張する恐れがある。入院医療にはDRGが適用されたが、外来医療では「家庭医中心医療」を掲げ、最初は登録した家庭医に診てもらい、その判断に従って専門的な医療を受ける仕組みを推進した。家庭医を含む開業医は地域ごと、診療科ごとに定員制をとっており、開業医の制限を徹底している。他方、メルケル首相やCDU幹部らは、付加価値税率のさらなる引き上げには否定的だった。徹底した歳出削減に軸を置いて財政赤字を削減しつつ、付加価値税率を19%に維持し続けた。

こうした財政改革により、ドイツ全体の財政収支は2012年以降、黒字に転じ、8年連続で黒字を続けた。その単純合計は約2220億ユーロ(約27.3兆円)にのぼる。ドイツ全体の政府債務残高は、2014年末の2兆5043億ユーロ(約308兆円)から2019年末には2兆3509億ユーロ(約289兆円)へと1534億ユーロも減らしていた。日本のように、政府債務残高が減らなくても、政府債務残高対GDP比が低下していればよいという、悠長な国とは次元が違う。
ここには、ドイツが政府債務を自国通貨建てでは負えない(ユーロ建てで負うが、ユーロの発行権は欧州中央銀行が持つ)という発想は一切ない。あるのは、財政黒字によって将来の増税が避けられるという論理である。
お金に色はついていないものの、8年連続の財政黒字の単純合計約2220億ユーロのうち、1534億ユーロを政府債務残高の削減に充てたとみれば、財政収支の黒字のうち約7割を政府債務残高の削減に充ててきたと言える。 

債務残高削減は将来の増税回避につながる

 政府債務残高の削減は、将来の増税を避けることにつながる。ただ、現世代への恩恵はどうか。

今の第4次メルケル政権内でも、財政黒字の還元策をめぐりコロナ前から意見が割れていた。第4次メルケル内閣はSPDも連立与党であり、CDUは法人税や所得税の減税を求める一方、SPDは公共投資拡大を主張していた。

ここにも、メルケル首相やCDUの志向が表れている。財政黒字の還元として、メルケル首相やCDUは、政府規模がより大きくなることを避けることに腐心している。前掲の財政改革で社会保障を含む歳出削減を徹底したことと共通している。
そうした前提のうえに、今般のドイツの消費減税がある。CDUは、コロナ前には法人税や所得税の減税を財政黒字の還元策として打ち出していた。さらに、日本ではあまり報じられていないが、コロナショック対策として、付加価値税率をめぐる議論は既にあった。連邦議会では、レストラン等の外食への軽減税率適用(ドイツでは外食は標準税率)について審議が継続している。
ドイツの消費減税は、財政収支が黒字になるほど税収を多く得ていたから減税するという話である。ただでさえ財政赤字なのに減税してもっと財政赤字を膨らますという話とは次元が違いすぎる。加えて、ドイツでは、歳出削減を徹底した後で減税するという話である。医療費を含む歳出削減を批判しつつ、減税に賛成するという辻褄の合わない話ではない。
ドイツの消費減税の真の狙いは、経緯をきちんと踏まえて理解する必要がある。


メール・BLOG の転送厳禁です!!  よろしくお願いします。