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今日本で災害が起きたら「感染爆発」は免れない


すでに時代遅れの避難所の見直しが急務だ

榛沢 和彦 : 新潟大学医歯学総合研究科特任教授
2020年05月07日

日本の避難所は複数の点で、欧米基準を下回っている。写真は2016年熊本地震後の益城町の避難所の様子(写真:chard Atrero de Guzman / Anadolu Agency)

新型コロナウイルスについては、すでに海外からも科学論文が出され始めているが、その本当の恐ろしさをいまだに理解していない人たちがいる。

新型コロナが怖い理由の1つは、肺炎の重症化のスピードが非常に速いことだ。

新型コロナの肺炎が悪化すると、浮腫が起きて肺胞膜が厚くなり酸素交換能力が急速に落ちてしまう。

そのため呼吸をしても血中酸素濃度が上がらず、酸素吸入でもダメな場合は人工呼吸器が必要になる。

人工呼吸器では酸素濃度は最大100%(空気中は21%)まで上げられるが、これは肺障害を引き起こすため長時間は危険である。



 

避難所の風景は関東大震災から変わっていない

酸素濃度100%でも血中酸素濃度が上昇しない場合は、人工心肺装置である体外式膜型酸素投与(ECMO)が行われる。

ECMOでは、細い管を通して酸素交換を行うため、長時間利用する場合は、その細い管の中で血栓ができないようにするための血液をサラサラにする薬が必要だ。
また新型コロナウイルスの肺炎では、末梢血管に血栓が生じやすく、肺塞栓症(いわゆるエコノミークラス症候群)になることも少なくないことからECMOのためだけでなく肺塞栓症予防のためにも抗凝固療法が必要になる。

この副作用から出血しやすくなるため、出血による合併症(脳出血、消化管出血、気道出血など)で死亡することも少なくない。
新型コロナによる肺炎は重要化すると救命が困難なのはこれでわかってもらえるだろうか。

つまり、新型コロナの死亡者を減らすには、感染予防が何より重要だ。こうした中で災害が起きて、避難所での暮らしを余儀なくされる場合を考えてみると、恐ろしい現実が見えてくる。

そこで今回は、感染症予防の観点から、日本の避難所における問題点をいくつか指摘したい。
1つは、日本の避難所では、簡易ベッドが被災者全員に必要だとは考えられていない点だ。

テレビでよく見かける通り、避難所といえば体育館などの床に布団を敷く「雑魚寝」をよく見るが、この光景は100年前の関東大震災から変わっていない。
筆者は血管内治療外科を専門としており、新潟県中越地震後に車中泊によるエコノミークラス症候群で多くの人が亡くなったことを受けて、災害後のエコノミークラス症候群予防活動を行ってきた。
中越沖地震では、雑魚寝がエコノミークラス症候群を引き起こす可能性が高いことがわかり、予防として簡易ベッドが有効であることをつきとめ、避難所に簡易ベッドの導入を国、自治体に働きかけてきた。
これにより、2019年10月の台風19号では非常に早く、安倍晋三首相から被災県にプッシュ型で発災2日後にダンボール型の簡易ベッドを送るよう指示してもらえた。だが、簡易ベッドが導入できたのは長野県の避難所で7日後から、福島県では10日後からだった。

その間に福島県の雑魚寝の避難所では、ノロウイルスの集団感染が起きていた。

 

「密」がそろっている避難所

避難所の床は、たとえ小上がりの畳部屋であっても自宅よりも砂や埃が多い

こうした砂や埃は被災の影響で汚染されたものや、後片付けに行った衣服から落ちたものがほとんどで、細菌やウイルスを多数含んでいる
雑魚寝の避難所では、寝る際に床や畳から口元まで距離が近い。つまり、床や畳の細菌やウイルスを含んだ埃を寝ている間に吸ってしまうことなどで、体が弱い人はノロウイルスや呼吸器の感染症などに感染してしまうわけだ。

事実、東日本大震災後には、多くの人が肺炎に感染した。この点からも簡易ベッドの利用が欠かせない。
2つ目は避難所の「広さ」だ。

新型コロナの感染予防のために、政府は「3密」を避けるように指示しているが、避難所は「密集」「密接」環境である。

今のような1人畳1畳程度に雑魚寝をしている状態では、1人が感染したらあっという間に感染が拡大してしまう。
政府は人と人との距離を2メートル開ける「ソーシャルディスタンシング」を推奨しており、そのためには避難所において1人あたり4m2の広さが必要になる。実はこれは欧米では基準とされている広さだ。
例えば、筆者は2012年7月にイタリア北部地震のフィナーレエミリアの避難所の視察に訪れたが、そこでは大人6人用の立って入れる大型テントが200個ほど並んでいた。ただし、日本でこれだけの広さを確保するには少なくとも現在自治体が準備している避難所の倍の数が必要になるため、困難が予想される。
また、食事の配給やトイレの行列をなくすなど、ほかの状況でもソーシャルディスタンシングを確保する必要がある。

そのためには例えば、きちんと手を洗える水洗いの場や、トイレの数を増やしたり、食事をするための食堂を設ける、配膳制にするといったことが必要だろう。
前述のフィナーレエミリアの避難所にはきちんと食堂があり、その場で温かい食事が提供されていた。

トイレについても、20人に1つの割合で避難所敷地内に仮設トイレが設置されていた。敷地内にはこのほか、シャワー室やランドリーも用意されていた。
また、イタリアのラクイア地震(2009年)やアマトリーチェ地震(2016年)では、テントやベッドよりトイレが先にできたという避難所もあった。衛生的なトレイはそれほど重要なわけである。
ひるがえって日本の避難所の場合、食事は寝る場所と一緒、ということがほとんどだ。これは衛生面で大きな問題がある。

トイレは、内閣府の避難所運営ガイドラインでは、急性期避難所は50人に1個のトイレという割合だ(慢性期には20人に1個)。
感染予防には手を洗うことも重要なため、断水や停電が起こった際に、水をどうやって確保するのか真剣に考えなければならない。

なぜなら自治体、自衛隊が給水車で水を持ってくるには時間がかかるからである。

 

欧米のように備蓄する必要がある

以上のように、現在の日本の避難所では、新型コロナの感染予防が著しく困難なことがわかる。

今後欧米基準に改善することが急務だが、そのためにはまず、欧米がしているような、テント、トイレ、ベッド、キッチンコンテナなどの大量の備蓄が必要だ。災害が多い国では人口の0.5%分のベッド、テント、毛布、暖房器具などを備蓄しており、例えば人口約500万人のイタリア・シチリアでは、15万人分の備蓄をしている。
一方、日本は災害が発生してから必要な物資を「市場や流通経路で集めて準備する」という流通備蓄の考えに基づいて行動している唯一の先進国である。

急性避難期における日本のトレイの数は50人に1個と前述したが、トイレも備蓄ではなく、周辺の工事現場で使われているものを避難所に持っていくというやり方のため、数も足りなければ、時間もかかるというわけだ。
また、災害発生時に地元自治体職員が自らも被災者であるにもかかわらず、災害対応を余儀なくされるのも日本だけである。

これを避けるためには、被災した自治体そして被災者も、早期からほかの都道府県や、災害ボランティアの支援を積極的に受け入れる必要がある(災害時に被災県内の支援だけ受け入れるという文言が多く見られる)。
最後に首都直下地震や南海トラフ津波地震が起きた場合、行政職員などだけでは災害対応する人手が絶望的に足りない。

関東全体に被災が及んだときに誰が実際に救助・支援できるのか。

市役所、警察、消防、自衛隊などがすぐに支援に来てくれるのか。食料・水は流通備蓄だけで足りるか。
新型コロナ禍で災害対応は複雑かつ困難なものになるのは確実だが、しかしその前に巨大地震後、巨大津波後の避難生活がどうなるのか、このままでいいのかという問題があることを忘れてはいけない。

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