「新型コロナ後」の世界はどう変化するか?


新型コロナウイルス感染症の拡大を防ぐために多くの国で、人と人が接触する機会をできるだけ減らす「社会的距離戦略」が実施されている。これまでの「日常の生活」には戻らないかもしれない。

by Gideon Lichfield 

2020.05.04

新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の感染拡大を止めるには、仕事、運動、社交、買い物、健康管理、子どもの教育、家族の世話など、ほぼすべての行動様式を根本的に変える必要がある。

誰もが早く日常の生活に戻りたいと思っている。しかし、数週間経っても、数カ月経っても、日常の生活には戻らない。中には、二度と元に戻らないものもあるだろう。多くの人がそのことにまだ気付いていないが、間も無く気付くことになるはずだ。現在、すべての国が「曲線を平坦化する」必要があるという考えを広く受け入れている(英国さえも合意した)。すなわち、「社会的距離戦略(ソーシャル・ディスタンス)を推進して新型コロナウイルスの拡散を遅らせ、イタリアで現在起こっているような感染者の爆発的な発生による医療システムの崩壊を防ぐ。つまり、新型コロナウイルスに感染して免疫を獲得する人が十分に増えるか(免疫が数年続くという仮定だが、これは仮定にすぎない)、ワクチンが利用できるようになるまで、このパンデミック(世界的な流行)状態を低水準の感染者数で維持する必要がある。それまでにどのくらいの時間がかかり、どのくらい厳格な社会的な制約が必要なのだろうか。ドナルド・トランプ大統領は3月16日、10人以上の集会の禁止などの新しいガイドラインを発表し、「数週間の集中措置で危機を早急に脱出できる」と発言した。中国では新しい感染者の数が減少し、6週間の封鎖措置が緩和され始めている

しかし、これで収束することはないだろう。世界のどこかに新型コロナウイルス保有者が存在したら、厳格な規制で封じ込めない限り、アウトブレイクは繰り返し発生する可能性がある。実際、何度も繰り返し発生するだろう。インペリアル・カレッジ・ロンドンの研究者は3月16日、封じ込めの方法を提案する報告書(PDFファイル)を公表した。その方法は、集中治療室(ICU)の入院患者数が急増し始めるたびに思い切った社会的距離戦略を実施し、ICUの入院患者数が低下するたびに緩和するというものだ。その過程を示したのが下のグラフだ。

定期的に社会的距離戦略を実施することでパンデミックは抑制される   /インペリアル・カレッジCOVID-19対応チーム

オレンジの線はICUの入院患者数の変化を表す。入院患者数がしきい値(たとえば、週に100人)を超えたら、国はすべての学校とほとんどの大学を閉鎖し、社会的距離戦略を実施する。ICU入院患者数が50人を下回ったら、社会的距離戦略を解除する。ただし、症状のある人やその同居人は自宅での自主隔離を続ける。

「社会的距離戦略(Social distancing)」とは何だろうか。インペリアル・カレッジの研究者は、「すべての世帯が学校、職場、世帯外の人との接触を75%減らす」ことと定義している。これは、友人と週4回ではなく週1回外出できるという意味ではない。すべての人が社会的接触を最小限に抑えるようにできる限り努力し、接触機会を全体として75%減らすという意味だ。


インペリアル・カレッジの研究者はこのモデルで、ワクチンが利用可能になるまで、社会的距離戦略と学校の閉鎖を約3分の2の時間(おおまかに説明すると、2か月実行して1か月解除)実行する必要があると結論付けている。ちなみに、ワクチン開発がうまくいった場合でもワクチンが利用可能になるまで少なくとも18か月かかるとされている。さらに報告書は、社会的距離戦略を実施した場合の結果は「米国でも定性的に類似している」と指摘している。

18か月も社会的距離戦略を実施するのはたいへんだ。他に解決策があるはずだ。

たとえば、ICUを増やして、一度に治療できる患者の数を増やすだけではだめなのだろうか?

広範囲の社会的距離戦略を実施しない想定では、新型コロナウイルス感染者が急増して保健医療システムの崩壊をもたらす

インペリアル・カレッジCOVID-19対応チーム

しかし、インペリアル・カレッジの研究チームのモデルでは、ICUの数を増やしても問題は解決されない。全国民による社会的距離戦略の推進なしでは、最高の緩和戦略(病人、高齢者、濃厚接触者の分離または隔離、および学校の閉鎖)を実施したとしても、重症患者は急増し、その数は米国または英国の医療システムが対応可能な人数の8倍になることが分かった(下のグラフの最もなだらかな青色の曲線がその場合に必要なベッド数の変化。平らな赤線はICUの現在のベッド数)。

工場でベッドや人工呼吸器、その他すべての設備や備品を大量生産したとしても、患者全員の治療をするためには、さらに多くの看護師と医師が必要となる 。あらゆる制限を5か月程度集中して実施するというのはどうだろう。残念ながら効果はない。制限が解除されたらパンデミックは再び発生する。その場合、パンデミックは冬に発生し、すでに過負荷の医療システムには最悪の時期となる。


完全な社会的距離戦略とその他の措置を5か月間実施しても、その後解除したら、パンデミックは再発する

インペリアル・カレッジCOVID-19対応チーム 

冷酷な対策をとったらどうなるだろうか。すなわち、社会的距離戦略を実施するしきい値となるICU入院患者数をはるかに高く設定し、より多くの患者の死を許容したら、社会的距離戦略を実施する期間を短くできるのではないだろうか。しかし、違いはほとんどない。インペリアル・カレッジの研究チームによると、最も制限の少ない想定でも、国民は半分以上の時間は家に閉じこもる必要がある。

これは一時的な混乱ではない。まったく新たな生活様式の始まりだ。


パンデミック下の暮らし

短期的には、レストラン、カフェ、バー、ナイトクラブ、ジム、ホテル、劇場、映画館、アートギャラリー、ショッピングモール、クラフトフェア、博物館、ミュージシャンや他のパフォーマー、スポーツ施設(およびスポーツチーム)、会議会場(および会議主催者)、クルーズ会社、航空会社、公共交通機関、私立学校、デイケアセンターなど、多くの人が集まることを前提としているビジネスに大きなダメージが及ぶことになる。さらに、子どものホームスクールを強いられる親、新型コロナウイルスの感染を心配しながら高齢の家族の世話をする人、虐待されている人、収入の変動に対応できる経済的余裕がない人にストレスがかかることは言うまでもない。

もちろん、ある程度は適応できるだろう。たとえば、ジムは家庭用フィットネス器具やオンライントレーニングセッションの販売を開始するかもしれない。

すでに「シャットイン・エコノミー(家に閉じこもる経済)と名付けられている分野が存在し、新しいサービスが爆発的に増加するだろう。また、二酸化炭素排出量の少ない移動地産地消型サプライチェーン徒歩と自転車での移動の増加など、いくつかの習慣が変わるかもしれないと期待することもできる

しかし、多くのビジネスや生活で生じる混乱には対応しきれなくなるだろう。家に閉じこもるライフスタイルは、長期間にわたって持続可能なものではない。

では、どうやってこの新しい世界で暮らしていくのだろうか。解決に向けて一端を担うと期待されるのが、医療システムの改善だ。感染が広がる前にアウトブレイクを特定して封じ込めるパンデミック対応部隊を用意し、医療機器、検査キット、医薬品の生産能力を即座に増強できるようにすれば、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の阻止には間に合わないが、将来のパンデミックに役立つだろう。

短期的には、おそらく苦渋の妥協策で社会生活を表面的には保っていけるだろう。たとえば、映画館は座席の半分を取り除き、会議は広い間隔で椅子を配置した大きな部屋で開催し、ジムでは混雑しないように事前予約制にする、といった具合だ。

しかし、最終的には、疾病リスクのある人を識別する高度な手段を開発し、疾病リスクのある人を「合法的に」区別することで、再び安全な人付き合いが可能になるのではないかと考える。

この先駆けとなる措置がいくつかの国で現在実施されている。イスラエルでは、国家諜報機関がテロリスト追跡に利用している帯電話の位置情報を使い新型コロナウイルスの感染者とその濃厚接触者の追跡を始めようとしている。シンガポールでは徹底的な濃厚接触者追跡を実施し、確認された感染者に関して氏名以外の詳細なデータを公表している

シンガポールで発表されている新型コロナウイルス情報の詳しさには驚かされます。このWebサイトでは、これまで確認されたすべての感染者、感染者の居住地と職場、入院先の病院、および保菌者のネットワークトポロジーをすべて時系列で見ることができます。pic.twitter.com/wckG8KpPD

*この記事は、2020年3月24日に公開した記事の再掲です


『コロナ後の世界』に立ちはだかる2つの難題

2020年05月12日(火)

<巨大な「真空地帯」となる湖北省以外の中国の鎖国状態、そしてアフリカなど南半球の感染拡大とどう向き合うか――日本には国際協調へのイニチアチブが求められる>


感染拡大の際に実行された「ロックダウン」や「非常事態宣言」からの「出口戦略」を世界の各国が模索し始めています。

日本の場合もそうですが、当面は経済の再起動を注意深く進めることになり、その先まで見通した戦略というのはなかなか考えられない状態だと思います。

ですが、仮にある程度「国内経済」を再起動できたとしたら、その次は国際情勢、つまり「コロナ後の世界」に適応した戦略を考えていかなくてはなりません。

もちろん、早期に治療薬や予防ワクチンが確立するようなら、「V字型」とまでは行かなくても、「U字型」の回復という可能性も見えてくるでしょう。
けれども、そうではなく、とりあえず2020年前半のパンデミックは収束した、だが、治療薬は完全ではなく、予防ワクチンは未開発という状況が続くとしたら、どうでしょう? その場合、世界の経済や外交ということでは、2つの問題に向き合って行く必要があると考えられます。 

1つ目の問題は「中国という巨大なコロナ真空地帯」の問題です。

この中国の「真空」というのは、湖北省でパンデミック再発の危険があるという意味ではありません。

情報統制が強すぎてブラックボックス化するということでもありません。

 

中国が「免疫を持たない集団」に

 今回のパンデミックに際して、湖北省など感染地域以外の約10億人の人口、例えば北京や上海などを含む中国全土は「早すぎる、そして完璧すぎるロックダウン」を実現してしまっています。そのために、早期の経済再起動ができているのは事実だと思います。ですが、同時にこの「湖北省以外の中国」は、地球最大の「コロナ陰性+コロナ抗原・抗体陰性」という「感染への免疫が希薄な集団」として残ってしまうことになります(あくまで、抗体が何らかの免疫力を持つという仮説が前提ですが)。

と言うことは、「被害が少ないので経済活動を牽引できる」はずの中国が「ワクチン完成までほぼ完全な鎖国を継続」しなくてはならないことになります。これは世界経済にとって、また日本経済にとっても深刻な問題です。

もちろん、中国で湖北省以外でも感染が拡大して、欧米並みの感染者が出た方が「良かった」とは言えません。

少なくとも湖北省で起きたことに衝撃を受けた中国政府として、厳しいロックダウンと湖北省封鎖によって感染拡大を防止したのは正しい判断であるし、その背後には日欧米の専門家の助言も、WHOのサポートもあったと思います。
そうなのですが、ほぼ全く感染していない10億人が、ワクチン待ちの期間は鎖国を継続しなくてはならないとしたら、これは大変なことです。

しかしながら、いち早く再起動を進めつつある中国経済の存在は、日欧米にとっても重要です。

相互のコミュニケーションを改善して、モノの行き来や、カネの行き来に良い知恵を出していくべきでしょう。
2番目は「アフリカなど南半球での感染拡大継続」という問題です。

今回の新型コロナウイルスは、過去のコロナウイルス、例えばSARSやその他のインフルとは違って、高温多湿でも感染力を保つ可能性が指摘されています。ですが、コロナウイルス一般の性質として、RNAを囲んでいるタンパク質のケースは温度や湿度には弱く、北半球の夏場には活性度が下がることが期待されます

ですが、その場合でも、反対に秋から冬を迎える南半球でのパンデミックが続くようですと、北半球の秋以降の「第2波」がより深刻なものとなる危険が増します。

と言うことは、この間、南半球での感染拡大を阻止するために、国際社会の協力が必要です。

 つまり、WHOを批判している場合ではないわけで、改革や人事が必要ならそれを行った上で、WHOを中心に国際社会が結束して、南半球でのパンデミック阻止に動かなければなりません。
この2つの問題は重要ですが、現時点のアメリカやヨーロッパには、そうした戦略的な支援や対話を行う余裕は極めて乏しいのが現実です。その意味で、人口あたり死亡数が、一桁から二桁低い日本の場合は、国際協調のイニチアチブを取ってゆく責任があるように思います。日本にとって「コロナ後の世界」を考えるとは、そうした問題ではないでしょうか。 

                                                                      出典 : プリンストン発 日本/アメリカ 新時代 /冷泉彰彦


メール・BLOG の転送厳禁です!!  よろしくお願いします。