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「コロナ恐慌」後、アメリカを待つ4つのシナリオ


「ニューアブノーマル」時代がやって来るのか

かんべえ(吉崎 達彦) : 双日総合研究所チーフエコノミスト
2020年04月11日

トランプ大統領は「戦時下の大統領」を演じつつ、時折こんな表情も。この後、アメリカを待っているのは何か(写真:ロイター/アフロ)

ながらくエコノミスト稼業を続けてきて、「こんな奇妙な形のグラフは見たことがない!」ということが連続している。



*たった3週間でアメリカの「働く人の約10%」が失業した

特に驚いたのが、アメリカにおける「新規失業保険申請者件数」である。普通は「毎週20万件から30万件」がいいところだ。
ところが3月15-21日の週は、いきなり331万件にぶっ飛んだ。さらに翌週3月22-28日には687万件、そして4月9日に発表された最新週の分は661万件わずか3週間で計1680万件の失業が発生したことになる。

同国の総人口は約3億2000万人。うち約半数が働いていて、雇用者の母数が1億6000万人とすると、1680万人の失業者はざっくり10%に相当する。

4月3日に公表された最新の雇用統計では、失業率は前月比0.9ポイント悪化の4.4%であったが、これは3月上旬の状況を反映していると考えられる。

来月1日に公表される4月分では、失業率はいきなり10%越えが確実と見るべきだろう。
普通、雇用は景気の遅行指標と言われる。リーマンショックの時を思い起こすと、2008年9月にリーマンブラザーズ証券が経営破綻した直後は、まず株価が下げた

次に企業収益の下方修正が相次いだ。それから貿易量が急降下し、鉱工業生産が落ちた。さらに個人消費が冷えて、最後にやっと雇用に影響が出たものである。

2008年9月の米失業率は6.2%であったが、それが最悪期の10.2%に到達したのは2009年10月。つまりたっぷり1年かけて失業率が4%分、悪化したことになる。
ところが今回の「新型コロナショック」は、これとは全く違う。最初に株価が落ちるところまでは一緒だが、次の瞬間に個人消費が「蒸発」し、いきなり雇用がズドーンと落ちてしまうのだ。しかもいきなり2桁にまで!
こんな風に経済活動が凍り付いてしまうと、製造業に関するデータもこれからどんどん悪化するだろう。

この連載では、これまで何度も「リーマン以来の・・・」と繰り返してきたけれども、訂正しよう。コロナショックの衝撃は「リーマン以上」とみるべきだ。当然ながら経済対策も「リーマン越え」である。

アメリカでは家計宛てに直接小切手を配る、失業保険の拡充、企業向け融資、医療機関支援などを含めて、総額が実に2兆ドル

2009年にオバマ政権が実施した経済対策は8000億ドルなので、ドナルド・トランプ大統領はこんな形でも「俺の方がオバマより上!」を実現したことになる。
それから、前回にご指摘した米連銀バランスシートのグラフも、最新の数値をご確認願いたい 。

「無制限の量的緩和」の結果、グラフの右端が「ピーン」ととんがっている

3月30日時点で史上最大の5兆8116億ドルで、QE3(量的緩和第3弾)のときの水準を大きく上回った。

加えて4月9日には、民間企業への資金供給を可能とする2兆3000億ドルを用意したという。

 

*今後予想されるアメリカ経済のシナリオとは?

こんな非常時を迎えたアメリカ経済は、これからどうなるのか。

NYダウ工業株30種平均は今年2月には史上最高値で3万ドル台に接近したが、このコロナ危機で3月下旬には1万8000ドル近辺まで下げた。

それが直近では「すでに感染はピークを過ぎた」との安心感が広がり、2万3000ドル台まで戻している。
ちなみに2016年11月9日、トランプ氏が当選した翌日のNYダウ平均は1万8589ドルであった。

株価が2番底をつけてこの水準を割り込むことは、トランプ大統領としては容認しがたい事態であるに違いない。

このことは覚えておいて損はないだろう。
それでは、これから先のアメリカ経済と株式市場をどう見るべきか。かかる不透明性の時代の個人投資家は、いろんな可能性に備えて頭の中の整理をしておきたい。

以下はちょっとしたイメージトレーニングである。


(1)V字型シナリオ

まずは超楽観シナリオから。トランプ大統領は、「6月1日には経済活動を再開する」と言っている。

「そりゃあ無茶だ」、と思われるかもしれないが、武漢市の都市封鎖も4月8日に解除され、都合2カ月半で済んだことになる。

だったらアメリカ国内の感染も、6月頃に下火になっていたとしても不思議はあるまい。
あるいは、ワクチンや特効薬が早期に開発されるかもしれない。

そんなときに、恐怖から解放された人々の消費意欲が爆発することは想像に難くない。

特に今回のように「慣れない我慢」をしてきたアメリカ人が、どんな風に喜びを爆発させることか。
失業保険の給付を受けていた人たちも、消費の回復とともに職場に復帰してくる。生産設備も順調に再稼働する。

トランプ大統領は大差で再選され、株価もあっけなくNYダウ平均で3万ドル近辺に戻ってくる。

 

(2)U字型シナリオ

コロナの感染拡大は何とか夏頃には収まるけれども、経済活動は急には戻らない

消費も当面はおっかなびっくり、という感じになる。

特に問題なのは、国境を越える人の往来が極端に減ってしまったこと

貿易量も減少し、グローバル・サプライチェーンも各国が見直しを始める。

ゆえに生産活動は急激には戻らず、対外投資も低調に推移するだろう。
となると、景気は年内いっぱいくらい底這い状態が続くのではないか。

この間の株式市場は、「巣ごもり消費」や「ネット関連」、あるいは「コロナ特効薬」などのテーマを追い求めることになるが、最高値を更新することは当面望み薄となる。

しかし、世の中はそう捨てたものではない。

人間、どんな辛いこと、怖いことでもいつかは慣れるし、どうかすると忘れてしまうものだ。

かつてのリーマンショックがそうであったように、人々の意識はいずれコロナから離れる。

あいにくそれまでには時間がかかるし、トランプさんの再選確率もかなり際どくなりそうだが。

 

(3)L字型シナリオ

コロナの感染拡大は年内に収束するけれども、人々の生活スタイルはなかなか元に戻らない。

個人は他人と会うことを避け、企業はなるべくリスクを取らず、政府の援助に頼ろうとする。

そんな状態が長く続く結果、世界経済全体の生産性が低下してしまう。

長期金利は各国でゼロ近辺に張り付き、「世界全体が日本化した」などと称されることになる。
GDP、雇用、株価など、あらゆる経済指標が低水準で落ち着いてしまう。

これを「ニューノーマル」と呼ぶか、あるいは「ニューアブノーマル」と呼ぶべきか。

こんな時代のアメリカを率いることになるのは、民主党ジョー・バイデン大統領となるだろう。

ただ高齢であることと、中国に対して強く出られなさそうな点がちょっと心配である。
ひとつだけ朗報は、低成長化によってCO2の排出量が減り、気候変動問題が改善に向かうことだ。

ことによると人類は、感染症という形で地球から報復を受けたのだろうか?

 

*W型シナリオでは、「2つのアメリカ」に?

4)W字型シナリオ

夏頃まではV字型回復を思わせる展開となるが、油断したところでコロナウイルスの逆襲を受けてしまう

やはり、なまやさしい敵ではなかった。人間がこれまでの生活パターンを変えない限り、景気は二番底、三番底をうかがうこととなる。

AC(アフター・コロナ)の世界は、BC(ビフォー・コロナ)のようにはいかないのだ。
何よりアメリカは国が広い。当初、感染が広がったのはニューヨークやカリフォルニアのように、民主党が強いブルーステーツであった。

逆に共和党が強いレッドステーツは総じて人口密度が低く、今も外出禁止令を出していない州がいくつかある。
都会に住む民主党支持者悲観的であり、トランプ大統領に不信感を持ち、メインストリームのメディアを信用している。そして「ソーシャル・ディスタンス」を守っている。

逆に、地方に住む共和党支持者楽観的で、トランプ大統領を信じてマスコミを信じない。

コロナウイルスについても、まだどこかタカをくくっている。

コロナに対してまで、まるで2種類のアメリカ人が共存しているようなものなのだ。


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