中国に「論文工場」? 実験せず量産、医師購入か


合田禄
2020年3月9日

 実験せずに研究をしたことにして科学論文を量産する「論文工場」が中国にあるのではないか。

そんな疑惑を日米欧の研究者や学術誌の編集者らが今年、相次いで指摘した。論文数が昇進に有利に働く中国の医師たちが、こうした論文を買っているとみられるという。

エリザベス・ビク博士=Michel & Co. Photography


電気泳動に関連する写真で背景に共通の模様が見つかった(四角い枠の中)=2018年に分子生物学の科学誌「FEBS Letters」に掲載された論文から

 米スタンフォード大で微生物を研究し、現在は科学コンサルタントとして活動するエリザベス・ビク博士らは2月下旬、「不自然な点」がある400本以上の論文リスト(https://scienceintegritydigest.com/2020/02/21/the-tadpole-paper-mill/)をネットで公開した。著者のほとんどが中国の市民病院や大学病院に所属する医師で、著名な学術誌に載った論文もあった。

 

「不自然な点」がある論文のリスト

 ビク博士らによると、これらの論文には、ある共通点があるという。

例えば、生物系の研究で遺伝子を解析するのに使われる「電気泳動」に関連する写真。別の実験なのに、コントラストを調整すると背景が全く同じ写真が複数あった。この背景は、別の著者が書いたまったく関係のない論文でも見つかった。
 また、多数の細胞の性質を記した「フローサイトメトリー」という図で、図上に散らばった多数の点の位置がまったく同じで、一部だけが違っているという図も複数見つかった。

ビク博士らは、元になった図の上に点を書き加えて「実験結果」を量産しているとみて、「私たちはこれらの論文はすべて同じソースに由来していると疑っている」とした。

こうした論文は、題名の付け方が似ていたり、図の配置が同じだったりもしているという。
 ビク博士らがこうした論文のリストアップを始めたのは今年1月。

背景が同じ写真を使っているなど疑義がある複数の論文にあった共通の文言で検索し、引っかかった論文を手当たり次第に匿名の協力者(ツイッターは@Mortyや@SmutClyde)らと確認していった。すると、こうした論文を多く掲載している学術誌が見つかり、特に2018~19年に掲載された論文から、中国の医師たちによる似たような論文が多数見つかったという。

 ビク博士は「類似した論文を数十も掲載している学術誌もあり、編集者が類似点に気付いていないように見えるのは非常に憂慮すべきことだ」と指摘した。
 こうした指摘は以前もあった。米科学誌サイエンスは13年、中国で、あらかじめ準備された論文を研究者が購入する「中国の論文出版市場(China's Publication Bazaar)」が存在するという記事(https://science.sciencemag.org/content/342/6162/1035)を掲載した。

中国の病院では一定の地位に昇進するのに、著名な学術誌に論文が掲載されたという実績が必要なため、研究する時間がない医師たちが論文を買っている可能性が高い、とした。



☞ サイエンスの「論文出版バザール」記事

 18~19年には、豪州の研究者や編集者らが、「論文工場」からの論文が量産されるようになっていると報告(https://febs.onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1002/1873-3468.13201 https://journals.sagepub.com/doi/pdf/10.1177/1177271919829162)。

この研究者たちは今年1月、分子生物学の専門誌で、論文工場の論文の特徴も詳報(https://febs.onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1002/1873-3468.13747)した。


☞   研究者らの報告
    ☞ 「論文工場」産の論文の特徴

 神経科学の国際誌「モレキュラー・ブレーン」の編集長を務める藤田医科大の宮川剛教授も2月、生データがないまま投稿している論文が多数あるとみられる、とする論説(https://molecularbrain.biomedcentral.com/articles/10.1186/s13041-020-0552-2)を発表した。

   ☞ モレキュラー・ブレーンの論説

 宮川さんは、編集長になった17年からの2年間に投稿されてきた181本のうち、「結果がきれい過ぎる」と判断した41本で生データの提出を求めたところ、21本がデータを提出しなかった。

提出があった残りの20本も、データが不十分だったり、論文に書かれた結果と一致しなかったりしたものが19本あり、掲載に至ったのは1本だけだった。その後、掲載しなかった40本のうち14本が、ほかの学術誌に掲載されたことが分かった。この14本のうちの数本は、ビク博士らが公開したリストに含まれていたという。
 宮川さんは「これらの不正は、論文を投稿する時に必ずしもデータを提出する必要がないという(性善説に立った)仕組みを突いている」と指摘する。

その上で「小さなものも含めると、不正は膨大な数になるのではないか。学術誌は研究者に生データの公表を求めるべきだ。

それが研究結果の再現性と科学に対する信頼を高めることになる」と話した。(合田禄) 


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