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「外出自粛」それでも出かける人を抑える方法


日本人は「お願い」だけでは行動を変えない?

 

大江 英樹 : 経済コラムニスト、オフィス・リベルタス代表
2020年04月04日

渋谷のスクランブル交差点。「外出自粛要請」が次第に強くなるなか、繁華街に出歩く人もなお少なくない。徹底は難しいが、どうしたらいいのか?

新型コロナウイルスの脅威は深刻さを増しています。

欧米に比べるとわが国の状況はなおひどい状況ではありませんが、いつオーバーシュートが起きてもおかしくないといわれていますので、今後も気を緩めるべきではないでしょう。
3月25日の小池百合子東京都知事の外出自粛要請以降、実際に出歩く人は減ってきています。

ところが、3月30日の日本経済新聞の記事によれば、外出自粛でも普段と変わらずに出かけているという人も15%いるということです。
もちろん、仕事のためにどうしても出ざるをえない方々がいるのは当然ですが、それを差し引いても一定数の人が出歩き、夜の飲み会なども通常どおりやっているというケースもまだあるようです。

小池都知事が「夜間営業の接待飲食」などを控えるよう呼びかけたように、「外出自粛」でも飲み歩いている実態は想像がつきます。
ウイルスが感染拡大しないために最も有効な対策は、人の移動をできるだけ少なくすることです。にもかかわらず、必要な用事がなくても出歩く人たちが一定割合いるとすると、そんな人たちの行動を制御するにはどうすればいいのでしょうか。



*「要請を無視する人たち」のほうが目立っている

単に呼びかけたりお願いをしたりするだけでは限界があります。

さりとて、中国のように強権を発動し、強制的に移動を全面禁止するということもなかなか難しいことです。とくに若い人は仮に感染していたとしても発症しなかったり、ほとんど体調に影響がなかったりするため、意識せずに出歩いて感染拡大する恐れがあると言います。

テレビなどを見ていても、外出自粛要請が出た後に、街を歩いている若者にインタビューしている場面が放映されたりしています(もちろん用事があって外に出ている人が大半だと思います)。
でも、実際にはきちんと自粛要請に応えて家にいる若い人のほうが多いはずです。

報道する側としては、呼びかけに対してそれを無視する人たちを紹介するほうが、ニュースの映像になると考えてやっているのかもしれませんが、これは逆効果ではないかと私は思っています。
なぜなら、「メディアが取り上げる事象」が「一種の社会規範」になってしまう可能性があるからです。すなわち多くの人が自粛しているなかで自分は自粛しない」という人をメディアが取り上げることで、自粛しない人を増やしかねません。
むしろ、「自粛して出歩かない人が多い」ということを積極的にメディアで取り上げるべきではないでしょうか。
行動経済学では「バンドワゴン効果」とか「同調効果」などと呼ばれる心理現象があります。これは、「人は一般的にほかの人と同じ行動をとっていれば安心する」という心理を表す現象で、多くの人が行動するのと同じように自分も行動しがちになる傾向のことをいいます。
例えば、メディアで閑散とした都心部を映し、キャスターがこう言ったとします。「ご覧のように、都心はほとんど人がいません」。そして、個人のマンションや住宅をキャスターが訪ね、在宅の人にインタビューするのです。
そこで「やっぱり家にいないと不安だからね」「家にいるのがいちばん安心ですよ」といったコメントが出てくれば、テレビを見ている人はどう感じるでしょう。

「みんな家にいるのであれば、自分も出かけないようにしよう。やっぱり家にいたほうがいいのだ」と考える人が増えるだろうと思います。
多くのメディアがそうした報道を行うことによって、人々の行動を好ましい方向、この場合は家にいて、出歩かないという方向へと誘導することができる可能性があります。

これは行動経済学ナッジ」と呼ばれる手法です(間違った形で使わないよう、当然のことながら倫理的な配慮が求められます)。

 

*行動経済学の知見を活用して呼びかけるべき

2017年にノーベル経済学賞を受賞したアメリカ・シカゴ大学のリチャード・セイラー教授は『Nudge(邦題:実践行動経済学)』をタイトルにした本を書きました。

ナッジとは「肘(ひじ)でつつく」という意味で、強制的に人々を特定の行動に向かわせるのではなく、自然にそちらへと向かうように誘導することです。

私たち日本人はほかの国の人々と比べると同調圧力が強い傾向があるといわれていますから、他人がどうしようと自分は自分だという欧米と違い、わが国では効果が高いのではないかと思います。
同調圧力の例として、こういうものもあります。

ある団体が会員に年会費を請求する案内を出します。ところが何回か督促しても会費を払い込んでこない会員がいます。
そういう人に対しては、「早く払い込んでください」とメールでお願いしてもあまり効果はありません。

「払い込まないとあなたにこんな不利益がありますよ」という脅しとも言えるような文言を入れると多少は効果があるものの、完全ではありません。

では、どういう督促メールを送ると一番効果があるか?
それは「現時点で会費を払い込んでいない会員はあなただけです」といった意味で案内文を作って出せば、ほとんど1人残らずすぐに払い込んでくれるといいます。

まさにこれも同調圧力を利用した案内が非常に高い効果をもたらしている事例といっていいでしょう。
このように行動経済学を活用することにより、社会制度をデザインするうえで高い効果が得られるケースはほかにもたくさんあります。

それらが社会的にいい方向へと人々を誘導できるなら、大いに活用すべきだろうと思います。とくに現在は、ウイルスの感染拡大を防がねばならない非常時です。

多くの人への自粛行動を呼びかけるにあたっては、行政とメディアが協力しながら行動経済学の知見を使うことを工夫してみる必要があるのではないでしょうか。


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