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中国の「母子感染」が示す乳児のコロナリスク

適切に隔離されず1歳未満の感染が続々発生

財新編集部
2020年04月03日

中国では1月末から乳児感染者が増えはじめた 

乳児が新型コロナウイルスに感染する事例が日本国内で相次いで報告され、重症者も出た。中国では新型コロナの母子感染リスクに関する事例や研究が続々と登場しており、注目を集めている。「財新」取材班が感染の実態に迫った。
2月2日午前3時、貴州省人民病院の小児内科医・崔玉霞は突然、緊急の電話を受けた。生後2カ月に満たない女児の小果(仮名)が、核酸検査(訳注:PCR検査など)の結果、新型コロナウイルス陽性と診断され、病院で治療を受けることになったのだ。
すぐに、オレンジ色のおくるみに包まれた小さな乳児が、”完全防備”の医療スタッフによって病室に運び込まれた。貴州省で最年少の新型肺炎患者が誕生した。



*1月末から乳児感染者が続々と確認

「小果がここに来たときはまだ生後55日で、体重は4.5kg。こんな小さな命はもろく弱い」。崔玉霞は当時の情景を思い出しながら話す。
1月末から、湖北省武漢や貴州省貴陽、河南省信陽などで、1歳未満の乳児感染者が立て続けに確認されている。

発育不全、免疫機能低下、表現力の欠如――。こうした特殊な患者が、小児科医の負担を倍増させる。
感染拡大の中心地に位置する武漢小児病院は、武漢市における新型肺炎の小児患者指定病院であり、新型肺炎の乳幼児を全国で最も多く治療している医療機関だ。他の地域から医療援助チームを受け入れていない武漢で唯一の病院でもあり、治療内容の詳細が公表されることは少ない。
あるスタッフは、「新型肺炎の新生児の隔離エリアとしてワンフロアを確保していた」と話す。

3月初めまでに新型肺炎の新生児を50人以上受け入れ、そのうち4人は新生児用の集中治療室(ICU)で治療したという。
どうすれば新型肺炎の乳児を救えるのか? 乳児と幼児の分かれめは「満1歳」とするのが通例だ。新型コロナに感染している、あるいは感染の疑いがある乳児は、表現力や身体の発育が極めて未熟である。
新型肺炎乳児の治療に携わった数人の医師によると、成人の治療とは異なり、乳児に対してどのように投薬し、どうケアするかについて、初めはマニュアルが一切なかったという。何事も「石橋を叩いて渡る」しかなかった。
乳児が新型コロナウイルスに感染するのはなぜか? 多数の疫学調査(訳注:地域や集団内で、疾患などの発生原因や変動するさまを明らかにする調査)によると、家庭内の濃厚接触が主な原因の1つだ。
前出の小児内科医・崔玉霞は、「小果は1月16日から24日までの間、両親に連れられて、親戚に会うために湖北省安陸市黄荆山を訪れていた」と話す。家族の集まりでは、武漢から来た2人の親戚にせきや発熱といった症状が見られた。(小果を含む)親子3人は、そこで新型コロナウイルスに感染したのだ。
産後支援ヘルパーから感染した生後17日の新生児もいる。新生児の発症1週間前にヘルパーが世話に来たが、ヘルパーは間もなく新型肺炎と診断され、新生児も感染した。

 

*コロナの母子感染リスクで"百家争鳴"

多くの乳児、特に生まれたばかりの新生児が新型コロナウイルスに感染したことを受けて、世論は母子感染(垂直感染)のリスクが存在するかどうかに注目している。
母子感染とは、病原体が親から子へと伝わることを指す。妊娠中の胎盤感染や、出産時の産道感染、産後の母乳感染などがある。武漢では生後36時間の新生児が新型コロナウイルスに感染したという報道もあり、母子の安全への関心が高まっているのだ。
新型コロナウイルスが母子感染する可能性はあるのか?
多くの研究チームが、母体と胎児の境界面のACE2(アンジオテンシン変換酵素2)の発現状況に注目している。

ACE2は新型コロナウイルスの受容体(レセプター)であり、ウイルスがヒトに侵入する”通路”だ。

2月下旬、上海の同済大学医学院の金莉萍教授のチームは、母体と胎児の境界面にあるさまざまな細胞で、ACE2の発現が非常に少ないことを示す論文を発表した。
しかし、その2週間後、中国医学科学院の研究チームが論文を発表し、食い違う見方を示した。

同チームは単細胞のシーケンスデータ(訳注:遺伝情報のデータ)を使用し、ACE2が母体と胎児の境界面や胎児の器官の特定の細胞内に広く発現することを発見。これは新型コロナウイルスが母子感染する潜在的な可能性を示唆している。
同論文は、生物学論文のプレプリント・プラットフォーム(訳注:論文原稿を査読前にいち早く公開するためのサーバー)である「bioRxiv」に掲載され、数日後に撤回された。財新記者は執筆者のLi XiangJieに撤回理由を問い合わせたが、回答はない。
3月26日、武漢大学人民病院などの研究チームが最新の研究結果を査読制の『アメリカ医師会雑誌(JAMA)』に発表。母子感染問題に新たな疑念を投げかけた。
同研究によると、2月22日、武漢大学人民病院の陰圧室(訳注:室内の空気が流出しないように、気圧を低くしてある部屋)で、新型コロナウイルスに感染した妊婦が帝王切開で女児を出産した。出産の2時間後、新生児のIgM抗体(訳注:細菌やウイルスに感染した際、最初に作られる抗体)とIgG抗体(訳注:血液中に最も多く含まれる抗体)のレベルは正常値よりも有意に高く、その後の5回の核酸検査もすべて陰性だった。
IgM抗体は通常、新型コロナウイルスに感染してから3~7日後に出現する。さらに、母親の出産プロセスは十分に保護されており、膣や母乳も核酸検査で陰性だった。そのため同チームは、新生児が母親の胎内でウイルスに感染した可能性が極めて高いと推測している。

 

*感染初期の不備が母子感染の原因?

一方、産婦人科と新生児科の数人の専門家は、新型コロナウイルスに感染した妊婦を出産後すぐに新生児と隔離すれば、新生児の感染を防ぐうえで有効だと信じている。

妊婦患者の指定病院である武漢大学中南病院によると、2月22日までに60人以上の妊婦患者や感染の疑いがある妊婦を治療したが、適切に保護したため、陽性の新生児は1人もいなかったという。
ある小児科医は、母子感染がよく見られたのは感染が蔓延する初期の段階だと話す。原因は、病院が小児、特に新生児への感染を予防する意識が足りなかったり、妊婦感染者と乳児を適切に隔離しなかったりしたことだという。
河南省信陽市の生後5日の新生児患者の状況は、まさに初期における乳児保護の手落ちを反映している。

1月31日、信陽職業技術学院付属病院で、新型コロナウイルスに感染した疑いが強い妊婦が男児を出産した。

産婦は38℃以上の高熱を出し、ウイルス性心筋炎と急性肝損傷も患っていた。事態は急を要したため、病院は帝王切開を行うと決定。難しい治療の末、母子の命は守られた。
本来、母親は指定病院でウイルス感染の検査結果を待ち、転院して治療を受けるべきだった。

だが病院は、感染リスクが高い新生児を隔離せず、出産当日に両親が新生児を連れて帰ることを許可したのだ。

出産翌日の2月1日、母親は新型コロナウイルス肺炎と診断され、2月5日には生後5日の男児も発熱し、陽性と診断された。

 

*妊婦・新生児向けガイダンスはなかった

なぜ男児を隔離しなかったのか?

同病院のあるスタッフは、「当時は、母親が新型肺炎患者であれば子どもも感染するかどうかは確かでなかったし、そう言われていなかった」と話す。病院側の説明によると、1月末時点で、国家衛生健康委員会の診療プログラムにはまだ、妊婦や新生児に関するガイダンスがなかったという。
同病院はさらに、「男児は誕生後はまだ症状がなく、現地の隔離対象の要件や、核酸検査を行う基準も満たしていなかったため、男児の退院に同意した」と説明。母親の感染が確認されると、病院は男児の状態を非常に心配しはじめ、2月4日にようやく男児の自宅に向かい、核酸検査のサンプルを採取したのだった。 
2月2日、国家衛生健康委員会は『小児および妊産婦の新型コロナウイルス肺炎予防管理に関する通知』を発表。

小児や妊産婦が新型肺炎にかかりやすいことを初めて明らかにし、保護と診療に関する助言を行った。
感染拡大初期の予防策のさまざまな不備により、乳児感染者は1月末から増えはじめた。

乳児は喋ることができず、コミュニケーションが取れない。身体の各機能も未発達だ。

どうやって治療すればよいのか。医療現場には難題が投げかけられている。

(財新記者:黄恵肇、曾悠君)
※敬称略。『財新週刊』3月30日発売号掲載記事より抄訳




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