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イタリア支援でEUにくさびを打ち込んだ中国


マスク外交は中国の本領「トロイの木馬作戦」

唐鎌 大輔 : みずほ銀行 チーフマーケット・エコノミスト
2020年03月27日

コロナウイルスで救援を求めるイタリアに中国が支援の手を差し伸べた

(写真:REUTERS/Antonio Parrinello

欧州全域が新型コロナウィルス対応に苦慮する中、その隙を突くような中国の鋭い外交が展開されている。中長期的に欧州が抱える地政学リスクを考察するうえで、大変に重要な意味を持つ動きと見られるので簡単に整理しておきたい。
過去、中国はギリシャの財政的困窮につけ込んで同国の港を買収し、近年はこれを足がかりにしてEU(欧州連合)域内に複数の戦略投資を行ってきた。

中国は「一帯一路」構想の下、欧州各国の要衝で多くの投資を展開しており、一部ではEUの内側からの崩壊を狙う「トロイの木馬」作戦とまで呼ばれている。

相手の弱みを見つけるや否や、機敏に攻め込む外交姿勢は中国の本領である。

こうした文脈で、中国からイタリアへの人道支援は注目される。



*「連帯」を示したのはEUでなく中国

感染者の爆発的拡大に対応が追いつかず、いわゆる医療崩壊の状態に陥っているイタリアでは、マスクを筆頭とする医療物資支援をEUに求めてきたしかし、イタリア当局者から「EUのどの国も応じてくれなかった(マッサーリ駐EU大使)」との不満が漏れるように、混乱のさなかでEUは連帯感を示すには至っていない

逆にフランスやドイツが国外へのマスク輸出を抑止する政策を行って、これをフォンデアライエン欧州委員長が「一方的な行動は良くない」といさめる体たらくである。

こうした状況でイタリアに支援を提供したのが中国であり、3月12日には約30トンの医療物資に加え、医療チームも到着したことが伝えられている。

これを受けたディマイオ伊外相による「これが連帯というもの」という中国への称賛はいうまでもなくEUへの当てつけだ。
こうした動きを「マスク外交」と揶揄するのは簡単だが、欧州にとってはそう簡単な問題ではない。

中国にとってイタリアはEUのセミコア国の中で最も組みしやすい国の1つと考えられる。

というのも、ちょうど1年前の2019年3月、イタリアG7メンバーとして初めて「一帯一路」構想に署名し、大きな驚きをもって受け止められた。具体的には2019年3月23日、習近平・中国国家主席はコンテ伊首相と会談し、同構想に関する覚書に署名している。

パレルモは、イタリアのシチリア島北西部に位置する都市であり、その周辺地域を含む人口約68万人の基礎自治体。シチリア島最大の都市にしてシチリア州の州都であり、パレルモ県の県都でもある。

独自の国際色豊かな文化を生み出した中世シチリア王国の古都。

 

「一帯一路」構想にイタリアを引き入れる真意については、「イタリアの港湾都市を欧州進出の拠点として押さえること」という解釈が目立つ。

イタリアの港湾都市へのアクセスが容易になれば、そこを起点としてEU域内へのアクセスも容易になり、「一帯一路」構想の広域経済圏がより強固さを増す。

イタリアとの合意にあたって習国家主席は3日間(2019年3月21~23日)、同国に滞在し、22日にはローマでマッタレッラ伊大統領と会談、23日にコンテ伊首相と会談した。中国首脳がローマに訪問し、イタリア首脳と会談すること自体に意外感はない。

だが、その後、習国家主席自らがわざわざ港湾都市パレルモを訪れるということがあった。


*EUへ向かう要衝、3つの港を押さえた中国

このとき、習国家主席の訪伊に合わせトリエステジェノバといった2つの港湾開発を中国国有企業の中国交通建設集団が請け負うことでも合意している。東のトリエステ、西のジェノバはイタリア海運の要衝である。

この2つの工事を中国の国有企業が請け負うという動きは、地政学上、EUにとって愉快なものではない。ちなみに習国家主席が訪れたシチリア島のパレルモ(南)まで含めて俯瞰すれば、3つの港を結ぶトライアングルが描ける。
主要なイタリア港湾都市へ戦略的投資を集中させた先には、隣接するオーストリアやスロベニアを皮切りに欧州主要国への輸送ルートが見えてくる。中国はここまで見据えているのだろう。
こうして中国がイタリアを通じて欧州で産業スパイ活動を展開したり、安全保障面での偵察活動を活発化させたりするのではないかといった点についてEUが警戒し始め、文字通り、域内に持ち込まれた「トロイの木馬」ではないかとの懸念も目にするようになった。
イタリアも満場一致で中国との関係を決断を下したわけではないが、自国経済が精彩を欠く中、「金の出し手」としての中国の魅力に抗しきれなかったことは想像に難くない。

中国との関係を緊密化することでイタリアが対中輸出を伸ばすことができれば、低迷する自国経済の打開策にもなりうる。

高品質の日本製がそうであったように、イメージの良い高級ブランド品を筆頭として「made in Italy」が中国の富裕層に訴求力を持つ。片や、中国からすれば、これまで発展途上国を中心に勢力を拡大してきた「一帯一路」構想にG7の一角であり、欧州市場への玄関口にもなるイタリアを引き込めれば構想の信認も高まる。両者にとってwin-winの取り決めだったといっても的外れとは言えまい。
話を現在に戻すと、医療物資の供給に関しては、中国はイタリア以外にもスペインドイツ、ベルギー、セルビア、また欧州に限らず日本、韓国イランなどにも次々と展開している。

新型コロナウィルスの震源地としての汚名を返上しようというのが主目的と見られ、欧州の域内政治バランスをかく乱しようという思いは、二義的なものだろう。

まして欧州がここまで悲惨な状況にあることを思えば、市民の間で対中感情が先鋭化する可能性すらある。

多額の人道支援であっても、反中感情の抑止になるのであれば中国としては安いものだ。
とはいえ、一連の中国からの支援に対して、上述したディマイオ伊外相の発言のほか、ブチッチ・セルビア大統領からも「欧州の連帯など存在しない。おとぎ話だった」、「われわれを助けられるのは中国だけ」といった発言が見られる。

結果的に人道支援は「EUよりも中国」という機運を高めることには成功しているようである。
ちなみに、このブチッチ大統領の発言は3月15日、EUがマスクやゴーグル、防護服などの医療用品に関してEU域外への輸出制限を決め、域内医療機関における必要分を確保・備蓄する動きを批判したものであった。

セルビアの位置するバルカン半島は欧州に物資を運ぶ要衝でもあり、中国がインフラ投資などを通じて影響力を強めようとしているエリアでもある。

例えばハンガリーなどもこのエリアに位置する国であり、中国から投資を受け入れる国として知られる。

EUが中国に強く出ようとする時に、こうした国々がEUの一員として待ったをかけるという局面も見られるところだ。
そもそも冒頭で紹介したギリシャの港湾が中国に売却された事実に関しても、EUとIMF(国際通貨基金)がギリシャに国際金融支援を実行する条件として緊縮路線を強いた結果、「売らされた」という側面があった。

それゆえ、ギリシャ国民からすれば「苦境に陥った自分たちに手を差し伸べてくれたのはEUよりも中国」という感情を抱いても無理はない。中国の立ち回りに関し、政治、とりわけ安全保障の視点からさまざまな意見はあろうが、事実関係だけに目をやればギリシャ国民として「悪い話ではない」という情状酌量の余地もある。

 

*EUは中国との関係をどうするのか

いずれにせよ、現在見られている中国の人道支援がもともと存在した欧州の亀裂に対し楔(くさび)となっているのは確かであり、複雑な背景事情を踏まえ、理解すべきものである。
こうした状況下、中国と親密な関係にあるドイツがどう動くべきかも気になるところだ。

先進国最長の宰相であるメルケル独首相の任期もあと1年半である。その後継者選びは難航しているものの、誰が次期首相になるにせよ、ドイツがEUの中でリーダーシップをとるにあたっては「中国からの切り崩しを受けるEUをどのように守っていくか」という視点が必要になる。

それは「親しい友人は中国だけ」といわれたメルケル政権のような立ち回りは、変えなければならないということを意味する。
中国による一連の人道支援を欧州の為政者たちはどのような目で見つめているのだろうか。

ポストコロナの欧州-中国関係を変化させる興味深いことが起きているように思える。

※本記事は個人的見解であり、筆者の所属組織とは無関係です


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