2020年に注視すべき5つのAIトレンド


「AI駆動システム」が急速に成長、2020年に注視すべき5つのAIトレンドとは

2020年01月27日 10時00分 更新
[阿部悟(MathWorks Japan),MONOist]

 2020年は産業用途におけるAI(人工知能)の急速な成長を伴う「AI駆動システム(AI-Driven System)」の年になるとみられています。

データサイエンティストだけでなく、より多くのエンジニアや科学者がAIプロジェクトに取り組み、AIが必要とするトレーニングデータをシミュレーターが提供するようになれば、スキルやデータ品質などの障壁は緩和されます。さらに、AIが低消費電力、低コストの組み込み機器へ導入されるようになり、強化学習がゲームから実世界の産業用途へと移行するにつれて、新たなフロンティアが成長をけん引するでしょう。


1.スキルやデータ品質という障壁の緩和

 AIが産業界で普及するにつれて、データサイエンティストだけでなく、より多くのエンジニアや科学者がAIプロジェクトにも取り組むようになるとみられています。
 既存のディープラーニング(深層学習)のモデルが手に入り、研究成果にもアクセスできるようになるため、ゼロから始めるよりも大幅に障壁が低くなります。これらのAIモデルは、かつては大部分が画像をベースとしていましたが、時系列データ、テキスト、レーダーなどのセンサーデータも多く含まれるようになります。
 プロジェクトの成否には、エンジニアや科学者のデータに関する固有の知識(ドメイン知識)が大きく影響します。これは、データサイエンティストにはない優位性であり、自動ラベリングツールなどを使用することにより、データサイエンティストのスキルがなくても、ドメイン知識を利用して大規模で高品質なデータセットを迅速に構築できるようになります。

高品質のデータが入手可能であればあるほど、AIモデルにおける精度向上が期待され、プロジェクト成功の可能性が高くなります。

2.AI駆動システムの台頭による設計の複雑化

 AIがより多様なセンサーデータ(IMU(慣性計測装置)、LiDAR(ライダー)、レーダーなど)を扱えるようになり、自動運転車航空機のエンジン工場、風力タービンなどの幅広いシステムへの、エンジニアによるAI活用が進んでいきます。

これらの複雑かつマルチドメインなシステムにおいて、AIモデルの挙動はシステム全体のパフォーマンスに大きな影響を与えます。

このような分野では、AIモデルの開発は最終段階ではなく単なる一歩にすぎず、AI駆動システムのシミュレーション、統合、そして継続的なテストを行えるモデルベース開発ツールへの注目が高まっています。
 モデルベース開発ツールを使用すると、シミュレーションでAIとシステム全体の相互作用を理解し、統合することでシステムの全体感を持って設計アイデアを試せるようになります。また、継続的なテストによりAIトレーニングデータセットの弱点や他のコンポーネントの設計上の欠陥を素早く見つけることができます。


3.低消費電力、低コスト組み込み機器へのAIの導入

 これまでのAIのモデリングでは、GPUやコンピュータクラスタ、データセンターなどのHPC(高性能コンピューティング)システムと同じように32ビットの浮動小数点演算を利用するのが一般的でした。これらの高性能機器を使えば、より正確な結果が得られ、モデルのトレーニングが容易になります。

一方、固定小数点演算を使用する低コストで低消費電力の組み込み機器は、これらのAI推論モデルを実装する対象ではありませんでした。
 しかし、AI開発ツールが進歩し、異なるレベルの固定小数点演算によるAI推論モデルに対応するようになり、低消費電力、低コストの組み込み機器へのAIの展開が可能になりつつあります。自動車のECU(電子制御ユニット)や、その他工業用途の組み込みアプリケーションなど、AIを設計に組み込むための新たなフロンティアが開かれることになるでしょう。

☞ GPUとは「Graphics Processing Unit」の略で、3Dグラフィックスなどの画像描写を行う際に必要となる計算処理を行う半導体チップ(プロセッサ)のことです。パソコンやサーバーに搭載される半導体チップとしては、それらの頭脳にあたるCPUの方が一般的。これに対してGPUは、3Dグラフィックスなどの画像描写のために使われる、パソコンやサーバーのもう1つの優秀な頭脳といえばわかりやすい。

3Dグラフィックス描写に関する計算処理については、CPUがGPUに任せてしまうというわけです。
最近では、GPUの高い演算性能を活用して、3Dグラフィックス以外の計算処理も行わせるGPGPU(General-purpose computing on graphics processing units)も数多く登場しています。
GPGPUを利用することにより、スーパーコンピューターに勝るとも劣らない性能を持つサーバーを、より安価に構築できるようにもなっています。

GPUとCPUの違い


GPUの構造と処理能力



4.強化学習がゲームから実世界の産業用途へ移行

 2020年には、強化学習(Reinforcement Learning)はゲームの世界を飛び出し、自動運転車や自律システム、制御設計、ロボット工学向けの、実世界の産業用途の実現に使われるようになります。
 エンジニア向けの使い勝手のよいツールで、強化学習のポリシーの構築とトレーニング、トレーニング用の大量のシミュレーションデータの生成ができるようになり、システムレベルのシミュレーションツールへの強化学習エージェントの統合や、組み込みハードウェアのためのコード生成が容易になっています。今後は、より大きなシステムを改善するためのコンポーネントとして強化学習が使われ始めるようになるでしょう。
 一例として、自動運転システムの運転性能の向上が挙げられます。

AIは、強化学習エージェントを追加してシステムの制御性能を高め、高速化、低燃費化、応答時間などの性能を改善、最適化することができます。

この性能を高めたコントローラーを、車両ダイナミクスモデルや環境モデル、カメラセンサーモデルおよび画像処理アルゴリズムを持つ完全自律運転システムモデルに組み込むことができます。


5.AI導入の最大の障害であるデータ品質をシミュレーションが克服

 アナリストの調査によれば、AI導入の成功に向けた最大の障壁はデータ品質であり、2020年にはシミュレーションによってこの障壁は低くなるとされています。正確なAIモデルのトレーニングには多くのデータが必要となります。その中で特に必要とされるのは、システム運用における平常時のデータではなく、異常時重大な障害状態のデータです。
 これは、工場のポンプの残存耐用年数を正確に予測するなど、予知保全の分野では特に重要です。

実際の機器から故障データを作成することは危険かつ高価であるため、最善のアプローチは、故障挙動を表すシミュレーションからデータを生成し、このデータを使用して正確なAIモデルをトレーニングすることです。

今後シミュレーションは、AI駆動システムを成功させる上で重要な役割を担っていくことになるでしょう。 





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