成功するアイデアは単純で素直なもの


――それを邪魔するのは“専門的な知識”

2020年02月25日
[山下竜大,ITmedia]

カーネギーメロン大学 ワイタカー記念全学教授 金出武雄氏

身の回りの課題を解決し、役に立つことを素直に考えればイノベーションはやさしい。

画像認識、自動運転、AI、仮想現実などロボット工学の世界的権威が、人が楽しく取り組める真のイノベーションとそのために大切な発想法について語った。

「Accelerating Digital ――デジタルで創る未来――」をテーマに、NTTデータが開催した「NTT DATA Innovation Conference 2020」の基調講演に、カーネギーメロン大学 ワイタカー記念全学教授である金出武雄氏が登壇。「素人発想、玄人実行――コンピュータビジョンとロボット研究の現場から――」をテーマに、ときにユーモアを交えながら講演した。



 金出氏は、1973年に京都大学で世界初となるコンピュータによる人間の顔認識システムに関する博士論文を執筆した。1984年に自動走行車プロジェクト「Navlab」に着手し、1995年には米国ペンシルベニア州ピッツバーグからカリフォルニア州サンディエゴまでの約4500キロを、自動運転車Navlab5で横断するプロジェクトを成功させた。

 「Navlab 5では、コース全体の98.2%で自動運転を実施したのですが、運転席に座っている人は、“もし何かあった時にはすぐにハンドルを握れるようにということで、初めから自分で運転するよりはるかに疲れる”と言ったものです。」(金出氏)
 数多い研究の中でも代表作の一つといえるのは、2001年のスーパーボウルに採用された「EyeVision」である。

金出氏は、「テレビ局からの依頼で、映画“マトリックス”のような、ぐるっと360度回る映像のリプレイシステムを作り、実際にスーパーボウルで運用しました。私は、マトリックスを見ていないのですがね……」と笑う。
 マトリックスの撮影は、スタジオにたくさんのカメラを一点を見るように配置して、役者はそこで演技すること。

映画とスーパーボウルの違いは、会場が大きいというほかに、根本的にはスポーツにはシナリオがなくどこでスーパープレーが起こるか決めておけないということだ。

金出氏は、「予測できない選手の動きを、いかに捉えるかが課題」と当時を振り返る。
 EyeVisionは、スタジアムに33台のカメラセットを設置し、プレイの進行に伴って、その瞬間、瞬間をカメラが協調して追いかける仕組みを導入した。このシステムはかなり大掛かりなもので、カメラとカメラのコントローラーで1セットあたり約1000万円、全部で3億以上、使ったケーブルの長さも全部で18~20キロ。
 「スーパーボウルは、全世界で約1億人が視聴する米国最大のスポーツイベントです。テレビ局とのシステム開発契約に、『Takeo Kanadeの名前とタイトルを表示し、25秒間出演させる』との条項があり、EyeVisionの仕組みを説明したので、『スーパーボウルに出演した唯一の大学教授』の肩書となりました。スーパーボウルに1秒間広告を出すのに約1000万円必要とされていましたから、2億5000万円の価値になります」(金出氏)

 

*良い研究は、インパクトがあり、役に立つこと

 「研究者に“あなたの希望は”と聞くとまず“良い研究をすること”と答えます。それでは、“良い研究とは何か”と問われると途端に答えが難しくなります。カーネギーメロン大学の故アラン・ニューウェル教授は、“良い科学は現実の現象、現実の問題に応答する。良い科学はちょっとしたところにある。良い科学は差を生む”と話しています。つまり良い研究とは、“インパクトがあり、役に立つ”ものです」(金出氏)。
 インパクトのある研究をするためには、差を生むシナリオを作ることが必要になる。

金出氏は、「これまでの観察と経験から、成功する研究開発は、(1)成功を描く、(2)大きく楽しく考え、ストーリーを広げる、(3)ほかの人が参加できるという3つが重要です。成功するアイデアも、もともとは単純で素直なものです。

素直な発想を邪魔するのは、なまじ“知っている”と思う心、専門的知識です。しかし、実行には専門的な知識とが必要です」と話す。
 例えば、自動運転はクルマが左に流れるから右にハンドルを切る、右に流れるから左にという単純なものではない。それでは車は蛇行してしまう。制御理論が必要になる。
 金出氏は、「ほかにもプログラミングにおいても浮動小数点演算の微妙な振る舞いを理解していないと、不安定なプログラムになってしまいます。こうした考えを『素人のように考え、玄人として実行する』という標語にまとめて書籍を約20年前に出しました。さらには、『独創はひらめかない』というのも出しています」と話している。

 

*多数カメラ技術がEyeVisionにつながるストーリー

 金出氏の研究シナリオの1つに、「Many-Camera Technologies(多数カメラ技術)」がある。始まりは1990年にスタートさせた、明るさや色だけでなく3次元の距離の画像をリアルタイムで「撮像」できる装置の研究である。「人間の目は2つだが、カメラは当然多いほうが有利と考え、1992年に世界初の5眼実時間ステレオカメラを作りました」と話す。
 さらに、一方向からの観察ではモノの裏側など見えない部分がある。シーン全体の3次元化はどうするか。金出氏はシンプルにたくさんのカメラを全てが見える位置に置く仕組みを考えた。「“考えたらすぐやれ”ということで、51台のカメラを使った3Dドームを作りました」(金出氏)。
 当時のカメラは、デジタルではなかったので、51台のビデオレコーダーにそれぞれカメラをつないで撮影し、タイムコードをもとに映像を統合する仕組みだった。ビデオレコーダーが51台もあると、実験を始めのにスイッチを入れるだけでも大変だと学生は言い、 「ロボット研究の教授なのだから、まずスイッチを入れるロボットを作ればと学生に言われたのですが、ロボットを作るコストより、学生に頼んだ方が安いと答えました(笑)。1995年にはシーンの4次元(xyzt)デジタル化を実現し、2000年にかけてシーンを自由な視点で見ることができるようにしました。これが、EyeVisionにつながるストーリーとなりました」(金出氏)。
 今日、数多くの場面で使われている多数カメラ技術だが、最初の多数カメラ技術の論文は「このような不必要な数のカメラを使う高価な道具は使われない」という評価で掲載不可となった。「玄人考えの怖さです。それなら逆に行こうというので480台のカメラを使ったPlenopticドームというシステムを作った」(金出氏)。
 その新しい応用分野として、多方向から撮った顔表情データベースや、人のポーズを認識するプログラムの学習データを公開している。さらに、2025年に開催される大阪万博の6万人の来場者にカメラを持たせ、遠隔地から好きな人のカメラにアクセスして、万博会場を楽しむ仕組みとか、金出氏の多数カメラ技術のシナリオはどんどん膨らんでいる。

 

*問題はあなたが解いてくれるのを待っている

 例えば「顔を認識する」という研究問題を考える。

顔をどの方向から見ているか、光の当たり具合とかどんな環境か、対象とする人の顔のデータベースは新しいのか古いのかとか、さまざまな場合・条件がある。

一方、そんな顔認識全体の問題の中には、正面顔だけを認識すればよい、複数方向からの画像を使えればうまくいくはずというようなサブ問題がある。
 金出氏は、「往々にして、研究者は漫然と全ての場合を含む問題を解きたい、そんなプログラムを作りたいと考えるのですが、それでは話が大きすぎてうまくいきません。もっとフォーカスする必要があります。研究において重要なのは解けて意味のある問題を構想することです。解決可能な多くの問題があるが、役に立つものはごくわずか。多くの有用な問題があるが、解決できるものはごくわずか。秘訣は大きく考え、小さく始めることが重要です」と語る。
 「良い問題を構想する重要性」に関しては多くの賢人が語っている。アインシュタインは、「1時間あったら、55分は問題について考え、5分で解決策を考える」と。
 「役立つというとそれは応用研究だという人がいます。それは間違いです。役立つというのは、便利、お金もうけ、応用という意味ではありません。“何が起こるか”という問題意識です。DNAの構造発見に至るストーリーを読めば、いかに問題意識が明白だったかが分かります。そんな基礎研究ほど役に立つものはありません。何の現実の問題が解きたいのかが分かっていれば、研究の方針、方向、重み付け、スピードをドライブできるのです」(金出氏)。
 「新しいこと自体に価値はなく、本当に動き、役に立つものが人を納得させる」しかし、研究の価値の予測は難しい。金出氏の述懐だ。

1980年ごろ多くの研究者がパターンの追跡問題について研究していた。1枚目の画像中のパターンが2枚目の画像でどこにが異動したかを求める問題である。
 「Bruce Lucasという学生がいました。“自分の考えた手法で良い結果が出た。論文にしたい”と熱心に言うのですが、その手法は300年前から存在している手法と高校の数学レベルの導出の組み合わせで、私はその研究発表に対して懐疑的でした。でも、結局は彼の熱心さに押し切られる形で発表した。結果、その論文は1万2000以上の参照があり、Lucas-Kanade法と称されるビデオ処理の最も標準的アルゴリズム技術となりました。以来、“教授が良くないという研究は良い研究に違いない”とアドバイスしています」(金出氏)
 金出氏は、「イノベーションは、問題から出発するのであり、アルゴリズムから出発するのではありません。具体的な問題から出発して、差を生み出すシナリオを作り、焦点の定まった問題設定をし、結果で人を納得させるものです。

“応用・システム研究”はもちろん、“理論的”な研究も、明確なシナリオが必要で、それが成功につながります。問題はあなたが解いてくれるのを待っているのです」というメッセージで講演を締めくくった。


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