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イラン「新型コロナ致死率」が突出して高い事情


体制の情報隠蔽疑惑に世界から厳しい視線

池滝 和秀 : ジャーナリスト、中東料理研究家
2020年03月11日

感染者数や死者数が多いこともあって、中東における「新型コロナウイルスの感染源」とも揶揄されているイラン。なぜここまで感染者数が多いのか(写真:ロイター/WANA NEWS AGENCY)

世界的に感染が広がる新型コロナウイルスは、中東のイランでも拡大、中国に次いで死者数をイタリアと争う展開になっている。

イランはウイルスの「培養器」とも揶揄されており、中東で広がり始めたコロナウイルスの震源地だ。イラン当局が発表したところでは、新型コロナウイルスの感染者数7161人と、イランの31州すべてで確認されている。発表によると、死者数237人に上るが、独立したメディアが存在せず、情報統制が行き届くイランの発表には重大な疑義が呈されており、実態はさらに深刻との見方が強い。



*すでに数十万人が感染との見方も

感染者が拡大している背景には、アメリカのドナルド・トランプ政権による経済制裁に伴う経済悪化や、イスラム体制専横的な政策隠蔽体質、科学よりも宗教的な価値観を優先させる前近代的な土壌がある。
実際、国民のイスラム体制に対する不信感が高まる中、2月11日イスラム革命記念日行事実施したほか、21日に行われたイラン国会選挙の投票率優先させるなど、コロナウイルス拡大の実態を隠したり、過小評価していた可能性が取りざたされている。
イランは、イスラム革命前後に海外へ逃れた人が多いことに加え、イランの国教であるイスラム教シーア派の聖地をシーア派信徒が訪れることから、航空機を使った人々の国際的な移動が多い。このため、イランに感染源を辿れるウイルス感染の症例が、イラン移民が多いカナダイランとの貿易や交流が活発なアラブ首長国連邦(UAE)シーア派信徒が多いレバノンオマーン、バーレーン、クウェート、イラク、アフガニスタンなどで確認されている。
アメリカの『ジ・アトランティック』誌によると、カナダの大学の研究論文がイラン起源の感染例からイラン国内の感染者の数を推定したところ、2月23日の段階で1万8300人だった。3日ごとに発表される公式的な感染者の数は倍増しており、すでに58万6000人に上っている可能性があるという。
中国政府は3月4、5の両日、航空機2機でイランから中国国民311人退避させた。新型コロナウイルスの検査を実施したところ、11人の陽性が確認された。
イランに滞在していた中国人感染率3.5%で、この数値をイラン国民に当てはめると、約570万人が感染していることになる。

イランでは政府関係者国会議員の間の感染率が高いのも特徴的

3月3日時点では、290人の国会議員中、23人が新型コロナウイルスに感染しており、その率は7.9%。この確率をイラン国民に当てはめると、約640万人が感染していると推測できる。
政府や議会関係者は、会議や会合で濃厚接触する機会が多く、一般の市民よりも高い確率で広がった可能性はあるものの、実態は当局発表よりも深刻と言えそうだ。感染者数に関してイランの公式発表の信憑性は疑われており、状況は深刻さを増している。
あるテヘラン市民は「当局の発表を信じている人は少ない。咳をするなど新型コロナウイルスのような症状を示している人も身近にいる。薬局にはマスクはなく、人々の政府への不信感は強まっている」と話す。

 

*巡礼や宗教儀礼で濃厚接触か

イランは欧米の経済制裁により、最初に新型コロナウイルスが確認された中国と経済的な関係は密接だ。

イランでは首都テヘラン南方にある聖地コムで最初に感染例が確認されたが、中国の労働者ないしは中国・武漢を訪れたイラン人商人ウイルスを持ち込んだ可能性があるとされている。
シーア派の聖地コムは、群衆が集う毎週金曜日の集団礼拝や密室での宗教的な行事、研究で多くの人々の交流があり、ここからテヘランをはじめとしたイラン全土に広がったようだ。
聖地では、歴史的な聖人らの墓所に参拝者が手を触れたり、宗教儀礼の際にウイルスに接触しかねないケースが多い。

イランの政府や議会関係者に感染者が多いのは、イスラム聖職者が指導する体制を支える関係者がテヘランとコムを行き来したことも理由と考えられる。イランが世界有数の新型コロナウイルスの感染率が高い国になったのは、医療環境のほか国民の健康よりも体制の維持を優先させる体質が大きい。

イランはもともと、中東諸国の中では高い水準の医療や保健の体制を誇ってきたが、経済制裁の影響で医療のインフラ水準が低下。世界銀行によると、人口1000人当たりの病床数は1.5で世界平均の2.7よりも低い。

病院関係者は「マスクなど必要な装備や医薬品が極度に不足している」と語っている。このため、イランは世界の中でも突出して致死率が高いイラン当局の発表によると、8〜18%に達する。世界保健機関(WHO)は、致死率は2〜5%の間にとどまるようだとしているのとは対照的だ。

経済制裁の圧迫を受ける医療の質低下に加え、前近代的な宗教思想も地方や農村部で致死率を高める要因となる。

コムの宗教指導者は「新型コロナウイルスは宗教心で克服せよ。礼拝に来ない理由にはならない」と呼びかけていた。

 

*体制維持優先で陰謀論

さらに、体制が流布する陰謀論も事態の悪化に拍車を掛ける。

アメリカとの対決路線を突き進む最高指導者ハメネイ師が率いる体制は、「新型コロナウイルスがイランで拡散しているとの情報操作は、恐怖を蔓延させて国家の活動を停止させようとする敵(アメリカ)の策略だ」と主張し、移動制限や学校の休校といった措置が後手に回ってしまった。
イランは、国威発揚を図るために重要な革命記念日を2月11日に迎え、21日には国会選挙があった。

宗教的な価値観を押しつけるイランの体制に対する国民の不満は高まり、今年初めのウクライナ機誤射事件の隠蔽疑惑でさらに不満が高揚。
選挙前の2月19日になってコムでの新型ウイルス感染による初めての犠牲者が公表されたが、感染実態はその段階でより深刻だったとの見方が一般的だ。選挙の投票率42.57%で、1979年のイスラム革命以降の国会選で最低を記録したが、こうした実態を認めた場合、投票率はさらに低くなっていた可能性があり、体制が実態の隠蔽に動いたとみられている。

イランによる新型コロナウイルスの実態隠蔽疑惑は、イラン国内への影響にとどまらない。全世界に住むイスラム教の9割近くがスンニ派だが、イランが国教とするシーア派も10〜13%に上る。
イランの新型コロナウイルスの震源地であるコムは、屈指のシーア派聖地でシーア派教学の中心地。ここを中心にシーア派巡礼者や学生らを通じて中東各地に感染が広がったようだ。イランは選挙の円滑な実施を優先させるため、自国のみならず、イランからウイルスを持ち込まれたとみられる中東諸国への通知も意図的に遅らせた可能性が指摘されている。 

もっとも、イランは、このような批判も「陰謀だ」「イランを貶めようとする欧米の計略だ」と反発している。

聖地コムなどウイルスが蔓延しているホットスポットの封鎖といった、イタリアや中国で取られているような対策は十分に実施されていない。学校の休校や、国民の移動自粛呼びかけでは不十分との指摘もあり、イランの危機は収束しそうにない。

さらに国民の体制不信も強まっており、国内外でイランは厳しい立場に追い込まれそうだ。


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