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「音」で害虫だまし討ち 天敵を装い…減農薬へ新手法

2020年3月2日 

 害虫の防除に高い効果を示すが、作物への残留や環境への影響も心配される農薬。

使用量をなるべく減らす「減農薬」への関心が世界的に高まる中、振動や音を使って虫をだまし討ちする新しい手法が注目されている。

 アルプス山脈に近いイタリア北部トレンティーノ。ワイン醸造のためのブドウの作付けが盛んなこの地域で、ブドウの病気を媒介する害虫ヨコバイの新たな防除法の実験が進んでいる。着目したのは、虫が求愛目的で交わす振動だ。
 ヨコバイのオスは、メスを誘うために、300ヘルツ程度の規則的な波形で葉を振動させる。この「求愛振動」とは別に、ライバルのオスの求愛をじゃまするために出す、不規則な波形の「妨害振動」があることがわかっている。
 バレリオ・マツォーニ博士らは、この「妨害振動」をまねた振動を人工的に発生させてブドウの木に伝え、ヨコバイを減らせるか調べている。

繁殖の機会が抑えられると期待される。

 現在、農薬を使わなくてもヨコバイの数は半分以下になっている。

ブドウ園での実験を17年から続けるマツォーニ博士は「振動の伝達効率などで改善が必要だが、技術的な進展はある。見通しは明るい」と話す。



 森林総合研究所(茨城県つくば市)の高梨琢磨・主任研究員によると、ほぼ全ての昆虫振動を検知する感覚器脚に持っており、それらは昆虫が出現した4億8千万年前にはあったと考えられている。

 ガやコオロギなどは、空気の振動である音を検知する耳に当たる器官も持っている。

ガやウンカなどが超音波や葉の振動などで「会話」していることは、1960年代から70年代には報告された。

敵の接近を知ることに使う例もある。昆虫のこうした性質を逆手にとった、振動による防除の研究は2010年代に始まった。
 農薬に頼らない防除法はこれまでもさまざまなものがある。ひとつは、害虫の天敵を放つ「生物農薬」。

たとえば、イチゴやナスなどを食い荒らすアブラムシは、天敵のテントウムシを放つことで退治できる。

また、害虫が嫌う黄色の光を出す蛍光灯を使った「物理的防除」もある。ここにきて「振動」が、新たな選択肢として仲間入りしようとしている。
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 高梨さんらは、松枯れにかかわるマツノマダラカミキリを振動で防除する実験を続けてきた。

天敵のキツツキなどが歩くときの振動をまねて松の幹を揺らすと、産卵が減る。

その手法を、電気通信大や宮城県農業・園芸総合研究所とトマトにつく害虫オンシツコナジラミの防除に応用している。
 コナジラミの防除はふつう農薬を使うが、農薬への抵抗性を獲得してしまうことがある。

また、受粉をさせるために入れるハチが農薬で死んでしまったり、農薬をまく作業が農家の大きな負担になったりしている。
 金属の棒を振動させ、棒から下げたひも経由でトマトの茎や葉に伝える。振動数は300ヘルツで、「1秒振動、9秒休止」を繰り返す。すると、コナジラミの幼虫が3カ月で半分になった。振動がストレスになって行動が変わり、産卵が抑えられた可能性がある。
 宮城、兵庫、神奈川の試験場と琉球大でも同様の結果が出ている。

振動装置の心臓部を東北大と共同開発した東北特殊鋼(宮城県村田町)の細川昭調査役は「数年後の製品化を目指す」と話す。
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 東北学院大の松尾行雄教授や農研機構・果樹茶業研究部門の中野亮主任研究員らのグループは、イチゴの害虫であるハスモンヨトウと呼ばれるを超音波で防除しようとしている。
 需要が多いクリスマスを狙ってイチゴを秋に栽培する場合、開花を促すためにビニールハウスの窓を開けて温度を下げる。

しかし窓からが入ってきて、つぼみを食べてしまう。防除に使う液体の農薬を減らせないかと、超音波の応用を考えた。
 天敵であるコウモリ超音波で獲物を探す。ガはコウモリの出す超音波を聞いて逃げようとする。

いろいろな波形の超音波をスピーカーから流し、ガの反応を見たところ、最も嫌うのは、コウモリ獲物に狙いをつけたときに出す音であることを確かめた。
 ビニールハウスの中に超音波を出すスピーカーを置き、ガが近くの林などからハウスに入って来る夜の時間帯に超音波を流した。その結果、流さないときに比べ、ハウス周辺で見つかるガの卵塊の数が9割も減った。
 超音波スピーカーをつくるJRCS(山口県下関市)は5月にも、さまざまな作物向けにスピーカーを出荷する予定だ。
 環境に配慮した害虫防除は世界的な潮流で、農薬に限らずさまざまな手段を駆使して害虫を抑える「総合的有害生物管理」という考え方も提唱されている。

振動や音を使う手法を農作業に組み込むには、コストの問題や作業手順をどうするのかなどの課題もあるが、高梨さんは「今は防除薬剤として広く使われるフェロモンも、最初はコストなどから批判されていた。農薬を完全になくすことは難しいが、10年ほどで一気に普及する可能性はあるのではないか」と話している。(勝田敏彦)

 <コオロギの「耳」は…> 羽をこすり合わせて特徴的な音を出すコオロギも、求愛や捕食者のコウモリから逃れるために音を使っている。

北海道大の西野浩史助教らは、コオロギの「耳」は、人間の耳とよく似た構造を持つことをつきとめた。

全く異なる種でも、同じ機能なら進化の過程で似た形になる例のひとつとされる。

朝日新聞デジタル@科学の扉


天敵が発する振動に学ぶ害虫防除法/自然に学ぶ研究事例

振動を利用して害虫から樹木を守る

緑の松葉を赤褐色に変色させ、マツの木を枯死させる、松枯れ病。

その病因となる線虫を媒介する害虫が、マツノマダラカミキリだ。

農薬に代わる環境保全型の対策として注目される、 天敵が発する振動に学ぶ害虫防除法とは?

防風林や庭園などの景観づくりに用いられるマツは、年間木造家屋2万5千戸に相当する量が、松枯れ病の被害を受けて枯死していると言われます。

松枯れ病は、マツの体内で線虫(マツノザイセンチュウ)が増殖し、水を運ぶ仮道管に障害が起こることで、マツが枯れてしまうという病気です。線虫は自力ではマツから移動することができませんが、それを助けているのが、マツを食害するマツノマダラカミキリ(以下、カミキリ)です。
カミキリにとっては、線虫によってマツが弱ると松ヤニが分泌されないため、産卵しやすくなるというメリットがあります。そしてカミキリが羽化すると、線虫はカミキリの体内に寄生してマツに運んでもらい、このサイクルを次世代につなぐという関係にあるのです。
従来、農薬を散布することでカミキリを駆除してきましたが、周囲の生物にも影響を与え、生態系を破壊してしまうことが懸念されています。

そこで着目したのが、カミキリが木などに伝わる振動を手がかりに、鳥などの天敵の接近を察知して逃げるという行為です。カミキリが脚にある感覚受容器で振動を感知していることが研究で明らかになり、天敵が発する振動を木に与えることで、駆除につながるのではないかと考えたのです。
研究の結果、カミキリが1kHz以下の低周波の振動に敏感で、逃避行動を起こすことがわかりました。

そして、磁界によってひずみを生じさせる合金(超磁歪素子)を利用した振動発生装置を使い、マツの丸太で実験を行ったところ、振動を与えたマツにはカミキリが産卵しないこと、また、食害も阻害できることが確認されました。すでに野外実験も開始しており、新しい環境保全型の害虫防除法として実用化が期待されています。またマツに加えて、果樹や園芸、家屋などさまざまな場面で害虫による被害が発生しています。

多くの昆虫は振動に敏感で、振動によって天敵の接近を感知するため、松枯れ病以外への応用も検討しているところです。

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高梨琢磨 主任研究員
森林総合研究所 森林昆虫研究領域

生物音響学を通して、社会に貢献する技術を発信
子どもの頃から昆虫が好きだったことが、この道に進んだ1つの理由です。ファーブル昆虫記に、「うるさいセミをだまらせるために大砲を撃ったが、まったく効果がなかった。セミは大砲の音も聞こえないほど耳が悪いから、あんなに大きな音を出している」と結論づける話があります。子ども心に、どうしてセミは耳が聞こえないのかと疑問に感じました。もちろん、これは正しくなく、周波数の違いなどで生物種によって聞こえる音と聞こえない音があるということです。生物にとって、音や振動はどんな意味があるのか。それが、私の研究の大きなテーマになりました。

今年5月、私たちは「生物音響学会」を立ち上げました。生物が持っている音に関する能力、音が生物に与える影響など、生理学、行動学、音響学をはじめ、工学、農学に至る、さまざまな立場から研究を進め、社会に役立つ技術を形にしていきたいと考え、活動を開始しています。 


 マツの枝上のマツノマダラカミキリと線虫

 マツノマダラカミキリはマツの若い枝の樹皮を食べ、そこから線虫(マツノザイセンチュウ)が侵入して、増殖する。マツは弱って抵抗力を失い、そこにカミキリは産卵する。卵から幼虫、サナギになり、成虫になると、周りにいた線虫がカミキリに寄生する。線虫の大きさは1mm程度で、1匹のカミキリの体内に数千匹以上いると言われる。線虫は、約100年前に北米から日本に入ってきたものである。

写真提供(線虫):森林総合研究所 森林微生物研究領域 神崎菜摘 研究員 



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