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「花粉症に苦しめられる日本人」が知るべき基本

「エビデンス不足」の中でどう対処すべきか

山田 悠史 : 米国内科専門医
2020年03月01日


今年も花粉症シーズンが始まりました(写真:colors/PIXTA)

多くの報道が新型コロナウィルス感染で持ちきりの中、ひっそりと花粉症の時期が到来し、これからピークを迎えようとしています。
花粉症とコロナウィルス感染は、全く関連のない話題とお考えかもしれませんが、実はそうではないかもしれません。例えば、花粉症の症状が強い方は、汚染されたつり革を触った手で、繰り返し目を擦ってしまうかもしれません。

新型コロナウィルスは、結膜からの感染の可能性も指摘されています。
花粉症の方は、花粉症の予防や治療をしっかり行い、症状を抑えることが感染予防のためにも重要なのです。
その花粉症ですが、残念ながら実は花粉症の治療や予防には良質なエビデンスがあまり存在しません。その理由には、花粉症が比較的日本に固有の病だから、という側面もあるかもしれせん。残念ながらこれまでの日本には、良質なエビデンスを構築する仕組みも専門家も不足してきたのです。それでもいろいろなところから知恵をお借りし、エビデンスが不足しているという事実を明らかにしながら、この花粉症について紐解いていければと思います。


*花粉症と肥満細胞

花粉症は、さまざまな植物の花粉に対して生じるアレルギー反応のことです。
この花粉症のうち、日本国内では約70%がスギの花粉症だと考えられています。

その原因には、国土に占める森林の割合が世界でもトップクラスであり、人工林の中でスギ林の占める割合が最大だから、という事実があります。
実際、アメリカやヨーロッパなどほかの地域ではそもそもスギがほとんど分布しておらず、スギ花粉症はめったに見られません。例えばアメリカではブタクサの花粉症が代表的ですが、それでも日本ほどの罹患(りかん)率はありません。
これは、日本で、戦後復興として人工林の大量造林を行った「拡大造林政策」とその後の国内需要の低下により残された、密集したスギ林の「副作用」と考えることもできます。こういった背景から、日本ではもはや花粉症が国民病になりました。
花粉症のある方は、目や鼻の粘膜で肥満細胞と呼ばれる細胞が花粉と反応しやすくなってしまっており、目や鼻に花粉が入った途端に(15分ほどで)、花粉は肥満細胞とくっつき、肥満細胞はヒスタミンという物質を分泌します。
このヒスタミンなどの化学物質がかゆみを起こし、分泌物を増やしたり、血管を拡張する作用があるため、鼻水が出たり、目が赤くなったりかゆくなったりします。
鼻水の一部は後方の喉の方へ垂れ込むこともあり、それにより咳を生じさせるため、初めて経験した方や感染症流行期には、風邪などと見分けが難しいこともあります。
このようなメカニズムを考えると、予防や治療の方法を紐解くことができます。

すなわち、予防のためにはそもそも花粉を体内に入れないこと、そして肥満細胞が働かないようにすることが重要そうです。
また治療には、肥満細胞の働きを抑える薬、ヒスタミンという物質の働きを抑える薬が効きそうです。

 

*花粉症治療、何が最も有効なのか?

それでは、治療についてはどうしたらいいでしょうか。
花粉症の治療には、飲み薬による全身治療、目薬鼻スプレーなどによる局所治療があります。
治療薬の比較試験というのは国内でも多数行われていますが、多くの試験に製薬企業が色濃く介入しており、必ずしも標準化されていない質問票を評価方法に用いていたり、十分に偏り(バイアス)を取り除く努力をされていなかったりする試験も多く、良質なエビデンスが構築されているとは言いがたい現状があります。

このため、特定の薬剤を公正に勧めるのは難しいと感じています。
ただし、もしあなたの症状が鼻の症状、目の症状、どちらか一方に限られるのであれば、アレルギー性の炎症を抑えるステロイドの鼻スプレー抗ヒスタミン目薬による局所治療が最も有効で、副作用の少ない治療です。
とくに、アレルギー性鼻炎の患者さんに対しては、ステロイドの鼻スプレー薬と抗ヒスタミンの飲み薬を比較して、鼻スプレーのほうが効果、安全性ともに優れていたと示唆する報告が多数あります。
通常、数時間のうちに効果が出始めますが、治療開始までに比較的長期にわたって症状があった方の場合には、効果が最大限得られるまでに数日から週単位で時間がかかることも報告されています。

ですから、「この薬は効かない」と言ってすぐに諦めないことが重要です。
また、同じ鼻スプレーでも、血管収縮薬の鼻スプレーは、短期的効果はあっても長期的には逆効果であることが示唆されています。連用すると、3~7日間でリバウンド現象が起き、かえって鼻症状が悪化してしまうのです。

なんでもかんでも鼻スプレーをすればいいというものでもありません。
鼻と目の両方に症状がある場合、症状が重い場合には、鼻スプレーと目薬の両者を使うのも手ですが、そんなときには、「抗ヒスタミン薬」と呼ばれる飲み薬が有効です。
病院を受診すると、最初に処方される薬かもしれませんが、鼻スプレーや目薬などと比べて、全身治療であるために全身の副作用リスクも高く、眠気や集中力の低下、体重増加などの副作用一定の確率で生じることが報告されています。

また、各企業が「うちの薬が1番」と宣伝に力を入れていますが、科学的には効果は同様との見方をするのが適切と思います。
いずれかの抗ヒスタミン薬を試してみて、眠気やだるさが強いという場合には、種類を変えてみる、あるいは飲み薬をやめて鼻スプレーと目薬に変えてみるというのも有用な選択肢だと思います。

 

*花粉症は治るのか?

さて、花粉症と一生付き合っていかねば……と思っている方も多いかもしれませんが、花粉症は治る可能性もあります
まず、花粉症の治療の意味合いが大きく2つに分かれるということを皆さんは意識されたことがありますか?
どんな病気の治療もそうですが、病気の治療というのは大きく次の2つに分類できます。

1つが対症療法、もう1つが根治療法です。
対症療法とは、症状を抑えるための治療です。この対症療法を行っていても、薬により症状を抑えているだけなので、原因となる花粉が飛んでいる限りは、治療をやめてしまえば症状はすぐに逆戻りとなります。

例えば、風邪の「治療薬」はこの対症療法です。
皆さんが「花粉症の治療」と聞いてすぐにイメージされるのは、この対症療法のことだと思います。

実際に、先にご紹介した花粉症治療もすべてこの対症療法です。
一方、根治療法とは、花粉症の原因自体を治し、治療がなくとも症状がなくなることを目指すための治療です。

例えば、胃にとどまる胃がんに対する手術も根治療法ということができます。
花粉症の場合、この根治療法の基本は、原因の回避すなわち花粉の回避ということになりますが、国外に転勤される方などを除き、スギ林の密集する日本では現実的ではありません。

実際に私も花粉症を持っていますが、アメリカに居住している間に「根治」し、この根治療法の有効性を、身をもって体験しました。が、日本に戻ったいま、花粉症もばっちり逆戻りです。
この原因回避に変わって有効な可能性が高いのが、皮下免疫療法舌下免疫療法と呼ばれる「免疫療法」です。
この治療法は、花粉の抽出液を少量から体内に投与し、時間をかけて少しずつその量を増やしていくことで、身体を「慣れさせ」、花粉に対するアレルギー反応を抑えるというものです。
過去の厚生労働省の報告から、8割以上の方に有効であったとされており、毎年症状の重い方は、試す価値があるかもしれません。病院で注射を打つタイプや自宅で口から入れるタイプがあり、その選択については医師とよくご相談ください。
予防方法についてはどうでしょうか。
先ほどの原理を振り返ると、原因となる花粉が少しでも身体に入り込まないような工夫が有効になりそうです。
例えば、マスクの装着は予防に有効と考えられています。

マスクを装着した方の鼻や目の中で測定した花粉の数は、マスクを装着していない方に比べて明らかに減っていたとする研究がその根拠です。しかし、これは症状の差を評価した研究ではなく、良質なエビデンスとは言えないことにも注意が必要です。

また、口だけを覆う形で装着する方をよく拝見しますが、鼻までしっかり覆わないと、期待される効果は大きく落ちるでしょう。同様の根拠から、マスクのほか、メガネにも同様の効果が期待でき、コンタクトレンズの方は花粉の時期だけ眼鏡にかえるというのも試す価値のある手段と言えます。

 

*ヨーグルトは予防に有効か?

一方、よく広告などで見かけるヨーグルトや乳酸菌はどうでしょうか。

過去に行われた調査によると、花粉症のいわゆる「民間療法」としては、甜茶(てんちゃ)やヨーグルトの使用が多いようです。しかし残念ながら、それらの科学的評価はほとんど行われておらず、根拠はないと言わざるをえません。

ヨーグルトが本当に花粉症に有効なのかはまだ誰にもわからないということです。
「ヨーグルトの乳酸菌がアレルギーを抑える」といった説明では不十分で、それを証明するためには、ヨーグルトを食べた人と偽のヨーグルトを食べた人とで花粉症の症状がどうなるかを比べた比較試験が必要です。
確かに、体への害がなければ摂取自体に問題はないのかもしれません。

しかし、費用もかかることなので、友人やご近所の方に勧める前には少し立ち止まっていただく必要があると思います。

あなたの経験が人にも有効であるという根拠はないのです。
また、「花粉症に有効」とうたった薬草やインターネット通販などで販売される漢方薬などには健康障害も報告されていますので、注意が必要です。
最後にご理解いただきたいのは、私がここでご紹介してきた「エビデンス」の使い方は、決してあなたの「秘伝の技」を否定するものではありません。もしかすると、その「技」はあなたにとって、本当に有効な方法なのかもしれません。

エビデンスは決してそれを否定することはできません。
その「技」はほかの人にも通用するのか、人に勧めてもよいものなのか。

エビデンスはそんな疑問への答えを導く助けになるものです。
なんとなく続けていたけれど、無駄だったのだろうか。友達に勧めてしまったけれど、正しかったのだろうか。

この記事を、そんな立ち止まり、振り返りのきっかけにしていただければと思います。





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