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「中国から見た日本」の感染対策が甘すぎる理由


日本人駐在員は帰国かとどまるか判断に迷う


浦上 早苗 : 経済ジャーナリスト
2020年02月21日

中国で働く日本人駐在員は、感染が広がる日本への帰国を悩んでいます(ロイター/アフロ)

「帰国命令が出たんです。仕方ないですが、今週日本に戻ります」。

日本の大手IT企業の会社員で、北京に駐在する松田さん(仮名・50代)は、憂鬱な表情でそう話す。 中国で新型コロナウイルスによる肺炎が大流行していた10日前までは、松田さんはむしろ帰国を希望していた。

「北京の現地社員を見捨てて帰ったと思われると関係が悪くなるから、本社が帰国を命じてくれないか」とも考えていたそうだ。だが2月中旬に入って、日本のほうが危ないのではないかと感じるようになったという。



*中国人から「マスクをあげる」と言われる

   松田さんは2月14日まで在宅勤務。食事もデリバリーにして、一歩も外に出なかった。

17日からは出社しているが、オフィスは数時間ごとに消毒され、会社から弁当も支給される。
 一方、日本ではクルーズ船から多数の感染者が確認され、市中感染も広がっている。

それでも、まだ危機感が薄いように松田さんは感じる。

日本の本社ではリモートワークが導入されたが、政府に言われたからそうしたように見えるという。
 松田さんの会社では外務省が一時帰国を強く推奨すると、ようやく帰国命令を出した。

松田さんは「中国人の部下たちにも『いちばん大変な時期を中国で頑張って、せっかく落ち着いてきたのに、日本のほうが危ないですよ。マスクをあげましょうか』と言われます」と漏らす。
 中国で働く日本人の動揺はなお止まらない。

彼らの多くは1月下旬の春節期間に日本に一時帰国し、2月初めの中国全土で新型肺炎がさらに拡散していた時期に中国に戻った。どこに行くにも体温を測定され、外出もままならない異常な生活だ。そして外務省は2月12日になり、ようやく中国にいる日本人に対し早期の一時帰国を呼びかけた。
 だが、まさにその頃、中国の新たな感染者数は湖北省以外で減少傾向に転じ、逆に日本での感染が世界の懸念事項になった。

中国の厳しい生活制限を知っている日本人たちからは、日本の対策が不十分に映る
 IT企業勤務の太田さん(仮名・30代)は、春節を日本で過ごし2月9日に駐在先の広東省・広州市に戻った。

広東省の新型肺炎感染者は1300人を超え、中国では湖北省に次いで多い。
 それでも太田さんは、広州は比較的安全だと感じている

「こちらでは在宅勤務です。自分の住んでいる集合住宅も、住人以外の出入りを禁止し、スーパーでも体温測定をパスしないと入れません。飲食店もデリバリーのみです。買い物に出るとき以外は、感染リスクは高くありません」(太田さん)。
 広州の新規感染者も徐々に減り、19日は0人だった。それゆえ太田さんは一層、中国の強権的措置が機能していると実感する。そんな中、太田さんも本社から帰国を命じられて2月中旬に日本に戻り、母国の当事者意識の低さに憂鬱になった。
 太田さんは「1カ月前の武漢を見ているようです。日本人は『武漢、中国が大変だね』とまだ第三者目線ですが、マスクを中国に送ってる場合ではないですよ」と口にする。
 日本は中国のようには、都市の封鎖も国民の生活の制限も難しいだろう。

市中感染が拡大すると、日本全体がクルーズ船のようになりかねないと太田さんは心配する。

 

*日本の本社と中国駐在員との意識の違い

貿易会社の駐在員として上海で働く鈴木さん(仮名)は、日本の本社との温度差にいら立ちを強めている。

鈴木さんの会社では2月中旬に本社に新型肺炎対策本部が作られた。だが中国の駐在員と本社との間で対立が起きた
 中国の駐在員は2月16日までは在宅で勤務していたが、業務が本格再開する17日以降には出社するよう求められていた。

ところが感染を恐れてできるだけ外出したくない社員は会社の方針に抵抗。

それに対して本社は、「営業の社員は出社しないと仕事にならない。一部の社員の在宅勤務を認めると、不公平が生じる」と説明し、全員出社の姿勢を崩さなかった。
 駐在員の中にはすでに一時帰国している人もいるが、日本勤務の社員と足並みをそろえるため、出社が求められている。

鈴木さんは、「一時帰国中って、出社してもおしゃべりくらいしかとくにすることないんですよ。満員電車に長い時間乗って、会社でたくさんの人と接して、リスクしかない。本社はそれでも足並みをそろえることを優先します。感染者が出ないと変わらないですね」と呆れ顔だ。
 鈴木さんが働く上海は厳しい生活制限で、ほかの大都市に比べ感染が広がっていない。

ただ2月17日以降、人の往来が増えており、感染が再び拡大する不安がある。それがわかるのは、1~2週間後だ。
 他方日本では新型肺炎に感染した複数の会社員が、体調不良にもかかわらず公共交通機関に乗車したこともわかっている

現在判明している感染者から、さらに広がっているかがわかるのも、1~2週間後になる。
 鈴木さんには現時点では帰国命令は出ていない。

鈴木さんの妻は日本におり、どちらが安全か見極めたうえで、妻を中国に呼ぶか自分が一時帰国するかを決めたいと希望する。鈴木さんは「この問題に関して日中の違うところは、都市封鎖、外出禁止、休暇の延長、などの強制措置を取れる中国と何もできない日本です。突貫工事での病院建設も日本では無理。民主主義では無理かもしれません」と漏らす。

 

*春節休暇が人の出入りや企業活動を抑制

「勤務先はホワイトと言えばホワイトで、駐在員は早めに帰国しています」。

そう話すのは日本の貿易会社の上海拠点に勤める田村さん(仮名・30代)だ。
 田村さんは「私も中国人の彼氏や友人に、『中国から出られなくなるかもしれないから日本に帰ったほうがいいよ』と勧められました。世界保健機関(WHO)が緊急事態を宣言する直前の1月末くらいです」と続ける。
 ただ、当時はそこまで戻ろうとは思っておらず、むしろ日本で感染が広がっている今のほうが、「日本にいる家族が心配なので、帰国したいと思っています」という。田村さんは2月3日の週から上海の自宅で在宅勤務をしている。
 「今思えば、春節のおかげで中国も立て直しができたのかも」と田村さんは振り返る。

企業活動が停止したため、人の出入りを止めやすかったからだ。外出を控えて、中国人の友人から行動について注意を受けたこともあり、感染急拡大期のような不安は和らいできた。
 ただ、どうにももやもやすることがある。「駐在員が続々帰国する中、現地採用の私たちは枠外です」。

田村さんの同僚(現地採用)は春節中に日本に帰国したが、中国にいた駐在員が帰国するのと入れ違いに、2月初めに中国の職場に戻った。現地採用社員の所属は中国法人のため、本社からは帰国指示を出さないと説明されたという。

 

*現地採用者は有給を使って一時帰国する

田村さん自身も、外務省の一時帰国の呼びかけを受けて、本社に確認した。

「やはり、同僚と同じ説明でした。現地採用は帰国指示の対象外だと。それに加えて、帰国するなら日本での在宅勤務は認めないので、有休を使ってくださいと言われました」(田村さん)。
 今回取材したのは、全員が名の知れた大企業の社員だ。

そしてその全員が、中国現地で起きていることに日本の本社の対応が追いついていないと訴えた。

日本ではまもなく中国と同じことが起きそうなことだという意識も薄い。

北京で働く井上さん(仮名)は「日本の本社も、今は平時じゃなくて非常時だという意識を持ってほしい。政府に言われたからという受け身の対応を見直すべき」と切実に訴える。

日本でさらに感染が広まれば、中国以上に手が付けられなくなるだろう。

 


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