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日本の半導体企業の元トップが選んだ新天地

紫光集団の日本拠点で大規模な開発体制を構築へ

高橋 玲央 : 東洋経済 記者
2020年02月08日


坂本幸雄(さかもと・ゆきお)1970年日本テキサス・インスツルメンツ入社。1993年同社副社長。2002年にエルピーダメモリ社長になり、2012年の会社更生法申請後は管財人を務めた。2019年11月に中国・紫光集団の高級副総裁、同年12月にDRAM設計を行う紫光集団の子会社であるIDT(川崎市)の代表取締役に就任

かつて半導体産業は日本が席巻したが、今では韓国や台湾が主導権を握っている。

一方、トップグループに攻勢を強めているのが中国だ。その代表格である清華大学系紫光集団に昨年、日本のDRAMメーカー・エルピーダメモリ(現:マイクロンメモリ。2013年にアメリカのマイクロンテクノロジーが買収)で最後の社長を務めた坂本幸雄氏が高級副総裁として加わった。坂本氏は2019年12月に設立された日本の子会社であるIDT(川崎市)の代表となり、そこを新たな研究開発拠点にするという。なぜ中国企業に加わることを決めたのか。坂本氏に聞いた。

 

――紫光集団ではどのような役割を任されているのですか。

日本でDRAMの設計開発組織を作り、それがちゃんと動くようにすることが大きなミッション。

あと、今でもメモリのマーケットはかなり理解しているつもりなので、彼らに(開発に生かせる情報を)提言するということだ。
最初は、日本の拠点で70人から100人規模でやる。将来的な技術の研究も必要だから、そのあとは300人弱くらいになるだろう。


――日本の別の会社で働いている技術者に来てもらうのですか?

私たちが電話で「来ないか?」というふうに引っ張ったりはしない。公募による正規の手続きで来てもらうつもりだ。


*開発人材の獲得に手応え

――つまり、引き抜きはしないと。
そういうことだ。手応えはある。日本企業にいるエンジニアにはこれまでチャンスがなかったからだ。
(2012年に経営破綻した)エルピーダメモリからマイクロンに移った人もいるが、やめた人はみんな小さな会社に行っている。でも、そこでやれることは非常に限られていて、10人から30人くらいの設計者では、最先端の技術開発は無理だ。
エルピーダやマイクロンでこれまで最先端の技術を学んできたのに、2世代も3世代も遅れたDRAMを開発して幸せかどうか。彼ら自身が真剣に考えなくてはいけない。
ルネサスエレクトロニクスなどの半導体企業にもエンジニアはまだまだ残っている。
安い給料に甘んじて、夜遅くまで働いている。それなら自分(の考え方)を変えて外に出てきたほうがいい。

――給料などの待遇はどうなるのでしょうか。
すごく高い。給料に加えて、契約時(入社時)には「サインアップフィー」としてけっこう高い金額を支払う。ほかにストックオプションなどいろいろついてくるから、日本の給料に対して5倍から7倍くらいになるはずだ。
単純に考えると、3年も働けば日本の会社にいて退職金をもらうよりも大きな金額がもらえる。3年経ってこんな会社はいやだと思ったら別の会社に行けばいい。

――紫光集団に入ることになった経緯を教えてください。
3年くらい前、彼らがNANDフラッシュメモリを作るというときに、一緒にやらないかと言われた。
そのときに武漢に行っていろんな話をしたが、やっぱり体力的に無理があるかなと思って断った。
でも、この(2019年)9月に今度はDRAMを一緒にやらないかと言われた。実は3年前と比較すると今のほうがはるかに体力がある。頭もしっかりしている。ならばやってみようと思った。このまま自分が老いていって何もしなくなるのは負け犬だとも思った。だから、何らかの形で成果を出して自分の人生を終えたい。
――坂本さんは72歳ですが、今のほうがはるかに体力があるというのは?
69歳の時から剣道を始めた。今でも毎朝300本から400本くらい素振りをしている。土日には剣道クラブに通っていて、実にいい気分転換になっている。

――この人に声をかけられたのが大きかったということはありますか。
(紫光集団でDRAM企業のCEOを務める)チャールズ・カオ氏だ。
2019年6月に紫光集団がDRAM事業に参入すると発表して、それから2カ月くらいあとにカオ氏が日本に来た。そのときに会って、9月の後半にオファーがあった。
あちこちで私が講演をしたり、記事を書いたりしていたのを、彼らはずっと見ていたのだと思う。
私のようにマーケットやオペレーション、開発まですべてを見ている人は中国のメモリメーカーにはいないと思う。
そういった意味から私を選んだのだと思う。
*自分の感覚として「わかる」ことが重要
――半導体事業で幅広い経験を持つ人は日本人でも少ないのでは。
なかなかいないでしょうね。日本の半導体企業の経営者は技術上がりの人がやっていることも多い
そういう人たちは、たぶんマーケティングやオペレーションのことがわからない
キオクシアも悪くなり、競合が黒字を出しても1社だけ赤字になってしまった。
ということはそういうこと(マーケティングやオペレーションが)がわかっている人がいないのでしょう。
今は、ソニーが強いけれども最終的にコスト競争となったときにちゃんと対応できる手を打っているのだろうか

――坂本さんは技術者出身ではありませんが、半導体事業を見てすべてがわかるというのは、具体的にどういう意味なのでしょうか。
自分の感覚でどのくらい「わかる」か「わからない」か。その見極めが必要だと思う。
技術やオペレーションもマーケティングの専門にしている人たちと、よくコミュニケーションを取っておくと、ある程度の基礎はできる。そこから、お客さんや競合他社の人たちと話していくことで、技術の方向性やこの先どうなるのかといったことが判断できるようになる。
社長が技術の細かいところまでをわかる必要はあまりない
ある技術を使ったデバイスがどこのマーケットで使われるかとか、工場はどういう体制であるべきだとか、そういった判断が(経営者に)必要とされてくると思う。
今でも私はセンサーメーカーや材料メーカーの相談役を3社だけ務めている。
四半期に1度くらいはレポートを出したり、話を聞いたりしているが、彼らからは重宝されているし、私にとっても非常にいいことだ。
――ご自身の経験の中で印象的なことはありますか。
私自身、TIにいたころに2年半くらいアメリカで働いていたときが(お客さんとのやりとりで)最も勉強になった
エルピーダに入ってからもアップルの技術者と議論をすると「もっと消費電力が少なくないとだめだ」とか、「同じ操作を100万回行っても不良が出ないように」とか言ってくる。最初はどうしてそんなことを言うのかがわからなかった
最も衝撃的だったのは、当時、アップルから「最初からコストなんか計算しない。世の中のためになるものを作れば数が増える。数が増えればコストは下がる」と言われたこと。少なくともジョブズの時代はそうしたやり方だった。そういったことに触れる経験はとても重要だった。
――中国の企業で仕事をするのは、何かの義理があるからですか?
義理なんてない。そんなにお世話になっているわけでもない。
では、どういうことを考えているかというと、今みたいに世界のメモリ市場をサムスン電子とSKハイニックスとマイクロンが牛耳っているという状況はまずいということだ。
例えば極端なことを言うと4GBのDRAMはエルピーダが経営破綻した頃は1つ90セントだったが、一時期7ドルくらいまで値上がりした。今でもまだ1.5ドルくらいある。
開発のスピードが遅くなっているし、価格の下がり方もすごく遅くなっている
これは世界中の顧客にとって問題で、今後、IoT(モノのインターネット)どんどんメモリを使うわけでしょう。
そうなったときにメモリが高くてはやっていけない。だから、どんどん価格が安くなって需要が増えていくようにならないとまずいと思う。
*表立って「中国はいい」と誰も言わない
――米中関係が緊張する中、中国の半導体国産化に協力することにためらいはないのですか。
これまで言ってこなかったけれども、今は中国と日本の関係が非常によくない。
ただ、ビジネスをやっている人たちは、誰と話しても「中国は非常にいいお客さんだ」と言う。
それなのに、表立って「中国はいい」とは誰も言わない。それはおかしな話だ。
中国と日本の貿易量のほうが、アメリカと日本よりもはるかに大きい
アメリカは第2次世界大戦後の混乱期を救ってくれたということはあるが、日本が経済的に強くなってくると、警戒感を抱いたと思うが、自動車でも半導体でもひどい仕打ちを受けた。
私は日本と中国の間で協力できることがあったらそれをやってみたい。
中国はそんなに日本をないがしろにしていることはないと思う。

――INCJ(旧、産業革新機構)が多額の資金を投じている昨今のジャパンディスプレイなどの例を見ていると、国が関与しても必ずしもうまくいくわけではありません。一方で中国では国からの支援が手厚いと聞きますが、そうした支援の是非はどう思いますか。
中国は何にでも国がお金を出すと皆さん感じているだろうけど、それは全然違う中国は特化したところにお金を出している。それはアメリカも同じだと思う。
日本の場合は例えばエコカー減税などがあるが、実際には自動車メーカーに対する補助なのにそのようには言わない。
税金をできるだけ企業には出したくはない、と。でも、実際にはけっこう使っている
つまりは、(国が)お金を出したときになぜそこに出しているのか、議論が足りないのだと思う。
自動車産業が弱くなると、日本は貿易を通じて海外からお金を集められなくなり、ひいては海外からものを買う力も弱くなってしまう。
だから自動車産業はきちんと強化する。そういった議論をしたうえでお金を出すような形になっていけばいいと思う。



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