資生堂をV字回復させたアッパーマーケティング


オープンイノベーションの拠点でもある資生堂のグローバルイノベーションセンター

明治大学経営学部教授 大石芳裕

2020/2/3

 筆者は、「誰に、何を、どのように供給するかに関わる諸活動」であるマーケティングこそが経営の根幹であることを訴えてきた。どのような組織であろうと、組織の存在意義は誰かの要望(ニーズあるいはウォンツ)を満たすことにある。

みずからの組織が対象とする人・組織を定めないと(対象市場設定)、何(製品あるいはサービス、以下合わせて商品と呼称)を供給するのかが定まらない。

対象市場設定と供給すべき商品が決定された後、商品を顧客にどのように供給するかが決定される。

日本企業においては、良い商品を開発・製造してもマーケティングが弱いため競争力を保持できない場合が多い。
実際、経産省の『2013年度ものづくり白書』や山下裕子他著『日本企業のマーケティング力』などにおいても、その点が強調されている。さらに、日本企業におけるマーケティングの地位が低い

マーケティングはスタッフ部門と思われ、開発や製造、営業、財務、情報、人事などを担当するトップマネジメントは存在するのにマーケティングを担当するトップマネジメント(CMO:Chief Marketing Officer)はいないということが多い(神岡太郎『CMO マーケティング最高責任者』、同『マーケティング立国ニッポンへ』)。


*マーケティングを矮小化する経営層の誤解

 なぜ日本企業においてはマーケティングの地位が低いのか?筆者を長年悩ませてきた課題であった。

「欧米企業に追いつけというのでモノづくりに励んだ」、「安くていい商品を作ることで1980年代まで成功してきた」、「営業が強く、マーケティングも営業の一部と考えられてきた」などいくつかの理由も考えられるが、最近は「経営層がマーケティングを矮小(わいしょう)化して捉えている」と考えている。

 マーケティングはアッパー・マーケティングとロウワー・マーケティングに分けられる。

アッパー・マーケティングとは高職位(トップマネジメント)の経営層が担うべきマーケティングであり、ロウワー・マーケティングは低職位(現場・実務部門)が担うべきマーケティングである。

この2つを便宜上、内部での活動と外部での活動に分けている。

内部活動とは組織内部でほぼ決定・実施できるものであり、外部活動とは基本的に外部に向けての活動であったり外部との関わりの中で行ったりする活動である。

内部・外部は、あくまで便宜上区分けしたもので、厳密なものではない。
 マーケティングの典型とされる4P(マーケティング・ミックス)はロウワー・マーケティングの内部活動である。もちろん、マーケティングは他の経営機能と比較してより外部(市場)に向けられた機能ではあるが、4Pは基本的に組織内部の意思決定として実践される。

これに対して、右側に位置する市場調査や環境分析、生活者インサイトの探索、Web&SNS等の双方向コミュニケーションはそもそも外部を対象とした活動である。

実は、これらの内部・外部のロウワー・マーケティングを「マーケティング」と認識してきたためにマーケティングの矮小化」が生じたと考えられる。



*経営層は組織構築やブランド管理を

 これに対して、経営層のマーケティングであるアッパー・マーケティングは、内部的には資源配分や組織構築、さまざまな拠点の配置と調整、人材育成などの諸機能を含む。これらは一般に経営の他機能と考えられているが、ここではマーケティングに関わる資源配分や組織構築を念頭においている。

外部的には対象市場設定複合化世界標準化と現地適合化のいいとこ取り決定ブランド管理、M&Aなどが含まれる。

これらはあくまで例示であるが、内部・外部のアッパー・マーケティングが弱いところが日本企業の課題である。

もし経営層がマーケティングをロウワー・マーケティングとして、あるいは低職位の業務と認識しているならば早急に改めていただきたい。

マーケティングは経営層のマーケティングでなければ本来の力を発揮しないのである。

資生堂の業績推移

(左目盛り:売上高、右目盛り:営業利益)

 「経営イコールマーケティング」と力説する魚谷雅彦氏が資生堂の社長に就任したのは2014年4月1日である。

それまで、資生堂は長らく売上高7000億円の壁を超えられず、営業利益も400~500億円で低迷していた。

2013年度(4-3月決算)は営業利益が260億円で純利益・損失は146億円の赤字になってしまった。

それが2014-15年度を助走期にして、2016年度(1-12月決算)から業績が急回復している。

魚谷氏は2014-17年度を再構築期に設定していたのだが、想定より早く回復した。

 魚谷社長は、6地域本社体制を構築し、現地法人トップを現地事業に習熟した人材に変え、意思決定の迅速化を推進した。

ブランド管理もそれぞれ発祥の国・地域が責任を持つようにし、社員のオーナーシップを強調している。

良い商品を作るだけでなくその価値を消費者にいかに伝えるかに焦点を当て、マーケティングのあるべき姿を「サイエンス&アート」から「アート&サイエンス」に転換した。

サイエンス数値に基づく科学的管理法であり、アート創造性に基づく芸術的革新である。

そのため、横浜に新しくグローバルイノベーションセンターを設立し、自社開発だけでなくオープンイノベーションにも取り組んでいる。


出典: 日経BizGate


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