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コンサルばかり儲けさせる「国の補助金」の問題

バラマキになり下がった「事業承継補助金」

日沖 健 : 経営コンサルタント
2020年01月20日


コンサルティング業界で起きている「事業承継バブル」の実態とは?

いまコンサルティング業界では、2つのバブルが起こっています。
1つは、大手コンサルティング会社の就職人気バブルです。

人手不足で事業会社は軒並み採用で大苦戦するなか、大手コンサルティング会社が就活生の人気を集めています。
とくに東大などトップ校の学生には、外資系ファームがいちばん人気です。

コンサルティング発祥のアメリカでは、起業家や投資銀行家と比べてコンサルタントは「かなり見劣りする職業」。

優秀な学生が競ってコンサルタントになろうとするのは、日本特有のバブル現象と言えます。
もう1つは、中小コンサルティング会社や自営コンサルタントの事業承継バブルです。

国が後継者難に直面する中小企業への支援を強化していることから、事業承継のコンサルティング案件が激増しています。

世間であまり知られていない「事業承継バブル」の実態と問題点を紹介しましょう。



*バブルの発端は中小企業庁の「雑な計算」

事業承継バブルのきっかけは、2017年9月に中小企業庁が公表した試算です。

全国約400万社の中小企業のうち、今後10年で平均引退年齢の70歳を超える経営者は6割の245万人に達するが、半数の約127万人の後継者が決まっていない

今後、後継者不足から中小企業の廃業が進み、2025年頃までの約10年間で、全国で約650万人の雇用、約22兆円のGDPが失われる可能性がある、というのです。
この試算を信じるなら、「これは国家的な危機だ。何としてでも事業承継を支援する必要がある」となりますが、本当にそうでしょうか。
GDPが22兆円失われ、失業者が650万人発生するというのは、「可能性」としているものの、ずいぶん雑な試算です。

中小企業庁は、2025年までに経営者が70歳を超える法人の31%、個人事業者の65%が廃業すると仮定し、2009~2015年に廃業した中小企業が雇用していた従業員数の平均値(5.13人)と、2011年度の法人・個人事業主1社当たりの付加価値をそれぞれ利用し、試算しています。
しかし、仮に廃業する中小企業が続出しても、供給過剰に陥っている日本経済の現状では、廃業する中小企業が供給している製品・サービスを残った他社がここぞとばかり供給することでしょう。

また、一時的に失業者が発生するにせよ、超売り手市場の労働市場の現状では、大半の労働者は問題なく再就職できるはずです。
つまり、大局的には需要や雇用が廃業する中小企業から生き残る他社にシフトするだけの話で、中小企業庁が指摘する破滅シナリオの「可能性」はゼロではないでしょうか。中小企業庁の試算はあまりにも過大で、中小企業政策を推進したいがためのあおりと言えます。


*メリハリある事業承継支援が必要

「そうは言っても、他社にまねできない独自の製品を持つ中小企業も多いのでは?」という反論があります。
しかし、そういう価値のある製品・企業は、他社から見て喉から手が出るほど欲しいので、廃業に至る前にM&Aが実現することでしょう。

いいものには買い手が現れるという市場原理が働くなら、後継者難で価値ある中小企業が廃業に追い込まれることはありません

同様に、転職市場が機能していれば、スキルのある労働者が路頭に迷うこともありません
したがって、国がとるべき政策支援は以下の3点です。

1:市場原理がきちんと働くようにM&A市場転職市場を整備する
2:中小企業が廃業、労働者が失業した際のショックを和らげる
3:廃業しないよう企業に経営力を、転職できるよう労働者にスキルを上げてもらう

そして、事業承継の支援で大切なのは、延命措置やバラマキにならないよう、廃業する企業と残すべき企業を見極めて、メリハリある支援を行うことです。
しかし、現在の国の事業承継支援はそういう姿になっていません。
現在、国や自治体は補助金などで事業承継を積極的に支援しています。

代表的なのは「事業承継補助金」。この制度では、後継者不在などの理由で事業継続が困難と見込まれれる中小企業が経営者の交代や事業再編・事業統合による経営革新を行う場合に、その取り組みに使った経費を補助します。
事業承継補助金を申請するには、中小企業が行う経営革新の内容・状況について、中小企業庁に登録された「認定経営革新等支援機関(以下、認定支援機関)」の確認を受ける必要があります。この認定支援機関には全国の商工会議所や中小コンサルティング会社が登録しています。
一般に事業承継補助金の受給を希望する中小企業は、まず認定支援機関のコンサルタントに相談して経営革新を進め、認定支援機関に確認してもらい、補助金を申請します。ということで、制度の趣旨は「残すべき企業をメリハリ付けて支援しよう」なのですが、難しいのが残すべき企業かどうかの判断
補助金申請の採択率(=採択数÷申請数)を見ると、導入初年度の平成29年度こそ11%とかなり厳しい審査が行われましたが、国が事業承継対策に本腰を入れ出した平成30年度以降、73~82%へと跳ね上がりました。
国の事務局は、個々の中小企業の実情はわかりませんし、そもそも中小企業経営に関する専門知識がありません。

認定支援機関が「この会社は大丈夫です!」とお墨付きを与えたら、なかなか申請を不採択にしにくいところです。

予算消化の圧力もあって、バラマキに近い状態になっています。


*コンサルタントばかり得しても意味がない

コンサルティングの現場では、事業承継支援がバブル化しています。

認定支援機関が中小企業経営者を集めて無料セミナーを開催し、「補助金が出ますよ。わが社のコンサルティングを受けませんか?」などと勧誘します。

補助金獲得の実績をアピールして売り込み、手取り足取り申請書の書き方を指導します。

というより、コンサルタントが申請書を書き、経営者はハンコを押すだけ、というケースも多いようです。
経営者が経営で困ったことがあったらコンサルタントに相談するというのが本来の姿ですが、事業承継支援(など公的支援)ではコンサルタントが補助金をエサに経営者に売り込むという逆転現象が起きているのです。

近年、中高年の会社員がコンサルタントとして独立開業するケースが増えています。

そして、独立開業したコンサルタントの相当数が各地の商工会議所など認定支援機関に登録し、事業承継補助金やものづくり補助金といった補助金業務で生計を立てています。試しに「補助金獲得」で検索してみてください。
何のことはない、事業承継支援が実質的にコンサルタント支援になってしまっているのです(信念・愛情・熱意を持って中小企業支援に取り組んでいるコンサルタントが私の身近にもたくさんいます。上記は全体的な傾向なので、悪しからず)。
この状況をどう改善するべきでしょうか。

正攻法は、申請の要件を厳格化する、事務局の目利きのスキルを上げる、コンサルタントや中小企業経営者のモラルを上げる、といった対策です。
ただ、そもそも国が「オタクは残るべき企業だから支援します」「オタクは潰れてもいい企業だから支援しません」と判断するべきでしょうか。

そういう判断は市場原理に任せ、国はおせっかいな事業承継支援をやめて、市場環境の整備廃業・失業者対策に専念するべきではないかと思います。 




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