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GAFAらの横暴な戦略を抑えるためにできること

スティグリッツ教授が説く市場支配の経済学

ジョセフ・E・スティグリッツ : ノーベル経済学賞受賞経済学者
2020年01月16日


大手テクノロジー企業が繁栄する一方で、所得格差がかつてないほど拡大している。エリートによる市場の独占を止める手立てはあるのだろうか?

 グーグル、アマゾン、フェイスブック、アップル、マイクロソフトといった巨大テック企業は、驚くほどの利益を上げている。

それなのに、アメリカはかつてないほどの格差に苦しみ、多くの市民はイノベーションの恩恵を受けているようには見えない。

中流階級の生活は手の届かないものとなってしまい、所得階層の上位1%と残りの99%との間の溝は広がるばかりだ。
ノーベル経済学賞受賞者のジョセフ・E・スティグリッツは、『スティグリッツ PROGRESSIVE CAPITALISM』の中で、格差が拡大し、富が分配されない要因を詳細に分析している。

今回、『スティグリッツ PROGRESSIVE CAPITALISM』から、この問題に対するスティグリッツの考え方を、一部抜粋。


*ピーター・ティールの驚きの主張

アメリカでは、ごく少数のエリートが経済を支配しており、日増しに増える底辺層にはほとんど資源が行き渡っていない。
ある調査によれば、アメリカ人の40パーセントは、子どもが病気になったり車が故障したりして400ドルが必要になったとしても、それを賄う力がないという。
その一方で、アメリカで最も裕福な3人、ジェフ・ベゾス(アマゾン)、ビル・ゲイツ(マイクロソフト)、ウォーレン・バフェット(バークシャー・ハサウェイ)の資産の合計は、アメリカの所得階層の下位半分の資産の合計よりも多い。
これは、最上層にいかに多くの富が集まり、最下層にいかにわずかな富しかないかを示している。
標準的な経済学の教科書を見ると、競争の重要性が強調されており、政治家もよくそのようなことを口にする。
だが、過去40年の間に経済学的な理論や証拠が積み重ねられ、大半の市場ではおおむね自由競争が行われているという主張や、アメリカ経済はある種の「競争モデル」といえるといった考え方は崩れてきた。
かなり前の時代であれば、アメリカ経済では、なるべく低いコストでなるべくよい製品やサービスを消費者に提供しようとする無数の企業が容赦ないイノベーション競争を展開している、といえたかもしれない。
しかし現在のアメリカ経済では、ごく少数の企業が莫大な利益を独占し、何年にもわたり支配的な地位を悠々と維持している。
テクノロジー業界の新たなリーダーたちはもはや、競争を支持する姿勢さえ見せない。

短期間トランプ政権の顧問を務めたこともあるシリコンバレーの大企業家の1人、ピーター・ティールはあからさまにこう主張している。「競争は負け犬がするものだ」。
世界一イノベーションが進んでいるように見えるアメリカ経済がこれほどの低成長を記録し、その成長の果実が一般市民にまでほとんど行き渡らないのはどうしてなのか?
この疑問に対する答えのかなりの部分を、市場支配力の増大で説明できる。

市場支配力がある企業は、その力がなければできないような高い価格を設定するなど、さまざまな方法で消費者を搾取できる。
こうした高価格は、低賃金同様に労働者を苦しめる。市場支配力がなければ、競争の力により超過利潤はゼロになるはずだ。

アメリカの格差拡大の根底には、この超過利潤がある。
一部の企業の市場支配力が増大しているのはほぼ間違いない。では、なぜ増大しているのだろう? 

かつてウォーレン・バフェットは、企業が利益を確実に維持したければ、参入障壁となる堀で周囲を囲い、新規参入企業との競争により利益が損なわれないようにするのがいちばんいいと述べた。
実際アメリカでは、きわめて収益性の高い最新の「イノベーション」として、この堀をつくり、広げる能力、その結果手に入れた市場支配力を利用する能力を高めるイノベーションが生み出されている。

 

*マイクロソフトの反競争的行為

例えばマイクロソフトは、新たな形態の参入障壁や、既存の競合企業を追い払うずる賢い方法を生み出す能力に長けていた。

20世紀末の時代に、競争を制限しようとしたかつての大企業を手本に、そのような面で先進的なイノベーションを築き上げたのだ。
その好例が、1990年代のインターネットブラウザーをめぐる闘いである。

当時はこの分野で、ネットスケープが際立った活躍を見せていた。パソコンのオペレーティングシステム(OS)でほぼ独占状態を築いていたマイクロソフトは、この新興企業に利益が侵害されるのを恐れ、同社を追い払おうと考えた。
だがマイクロソフトが当時開発していたインターネットエクスプローラーには、ネットスケープほどの魅力がなく、その実力だけでネットスケープに勝てる見込みはない。
そこでマイクロソフトは、パソコンのOS市場での市場支配力を利用して、アメリカのほとんどのパソコンにインターネットエクスプローラーを組み込んだOSと抱き合わせ、無料で提供したのだ。無料で提供されるブラウザーに対抗できるブラウザーなどあるだろうか?
しかし、これだけでは不十分だったため、マイクロソフトはさらに、ネットスケープは相互運用性に問題があるというFUD(恐怖・不安・疑念)戦術を展開した。

ネットスケープをインストールすればパソコンの機能が損なわれるおそれがあるとユーザーに警告したのだ。
結局マイクロソフトは、そのほかさまざまな反競争的行為を通じてネットスケープを市場から追い出した

21世紀の初めには、ネットスケープを利用する人はほとんどいなくなっていた。
こうして独占状態を確立すると、その反競争的行為が3つの大陸で規制機関により禁止されても、マイクロソフトの市場支配は続いた。ブラウザー市場に新規参入者(グーグルやファイアフォックスなど)が割り込んでくるのは、その後の話である。
現在でも、市場支配力を乱用するテクノロジー系の大手企業はあとを絶たない。

例えば、ヨーロッパの競争監視機関は繰り返し、グーグルが反競争的行為を働いていると指摘している。
インターネット検索において自社のサービスを有利な立場に置いている、携帯電話市場で市場支配力を乱用している、といった内容である。EUはこれらの行為に対し、それぞれ28億ドルと51億ドルという記録的な制裁金を科している。
大手テクノロジー企業は、さまざまな場面で市場支配力が利用できることを心得ている。
例えばアマゾンは、同社が第2の本部を設立すればその街に何千もの雇用が生まれることをちらつかせ、その誘致をアメリカ中の都市に競わせる際に、減税などの優遇措置を求めた
だが地方政府がそれに応じれば当然、減税のしわ寄せがほかの市民に行くことになる。

また、小企業にこのようなまねはできないため、アマゾンは地方の小売企業よりはるかに有利な立場を手にすることになる。
こうした「底辺への競争」〔訳注 政府が企業の誘致や産業振興のため、減税や労働基準などの緩和を競うことで、社会福祉や労働環境などが最低水準に向かうこと〕を防ぐ法的な枠組みが必要だ。

 

*イノベーションに対抗するイノベーション

新たに登場した大手テクノロジー企業は、その市場支配力で、1世紀以上前に存在した独占企業以上に広く深い影響を及ぼすことになるかもしれない。
かつて、スウィフト、スタンダード・オイル、アメリカン・タバコ、アメリカン・シュガー・リファイニング、USスチールといった企業は、その市場支配力を行使して、食料品や鉄鋼、タバコ、砂糖、石油の価格を吊り上げた。
だが、現在の大手テクノロジー企業の問題は、価格だけに限らない

その市場支配力が最も顕著に表れるのが、例えばフェイスブックがそのアルゴリズムを変更するときだ。
このアルゴリズムにより、各ユーザーが目にするもの、目にする順番が決まる

このアルゴリズム次第で、あるメディアをたちまち失墜させることもできる。

大衆の心に訴える新たな手段(フェイスブック・ライブなど)を生み出すこともできれば、それを絶つこともできる。
これほどの市場支配力があるため、大手テクノロジー企業に対しては、規制当局の十分な監視が欠かせない。

標準的な監視ツールを活用するだけでなく、革新的な方法で市場支配力を拡大・行使する企業にも対抗できる新たなツールを開発する必要もあるだろう。

現在必要なのは、このイノベーションに対抗するイノベーションだ。

競争を回復し、よりバランスのとれた経済を生み出すイノベーションである。 


ジョセフ E スティグリッツ
経済学者
ノーベル経済学賞を受賞した経済学者であり、著書に、『世界を不幸にしたグローバリズムの正体』『世界の99%を貧困にする経済』『フリーフォール』(すべて徳間書店)などがある。

クリントン政権時代の大統領経済諮問委員会の委員長や、世界銀行のチーフエコノミストを務め、タイム誌の「世界でもっとも影響力のある100人」に選ばれたこともある。現在はコロンビア大学で教鞭をとるかたわら、ルーズベルト研究所のチーフエコノミストを務めている。



いまや経済や政治は、一部の富裕層や大企業だけのためのものになってしまった。
さまざまな産業を、わずかばかりの企業が独占的に支配するようになった結果、格差が急激に拡大し、成長が鈍化している。
金融企業は金融産業の規制の内容を自ら決めている。テクノロジー企業は何の監視もないまま膨大な量の個人データを収集している。そして政府は、労働者のためにならない貿易協定の交渉をしている。富の創造ではなく、他者の搾取を通じて富を蓄えている企業が、あまりに多いのが実情だ。このまま何の手も打たなければ、新たなテクノロジーにより事態はいっそう悪化し、格差や失業が拡大していくかもしれない。
だが、我々が直面しているこのような状況に対し、打つ手がないわけでは決してない。
実際、経済学的に見れば、解決策ははっきりしている。市場の利点を利用しながら、そのいきすぎた行為を抑制する必要があるのだ。市場は国民の利益になるものでなければならず、その逆であってはならないのである。
スティグリッツによれば、富や生活水準の向上を真にもたらすのは、学習、科学やテクノロジーの進歩、法の支配だという。

本書で示される政策改革に賛同する人が多数派を占めれば、いまからでも、豊かさが万人にいきわたる進歩的資本主義を構築することは可能だ。そしてそれは、誰もが中流階級の生活を実現できる社会である。



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