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「信念のない言葉」は周囲の人に必ずバレている

あなたの言葉で人が動かないのはワケがある

出口 治明 : APU(立命館アジア太平洋大学)学長
2020年01月01日


リーダーが道理に合わないことを一言でも口にすれば、部下の心はバラバラになり、組織を支えることができなくなります

立命館アジア太平洋大学<APU>学長・出口治明氏(新著に『座右の書『貞観政要』』がある)が「座右の書」にしている中国の古典『貞観政要【じょうがんせいよう】』。唐の第2代皇帝の太宗【たいそう】(李世民)の言行録であり、帝王学の教科書ともいわれる中国の古典です。そこに書かれている「信」(信念、信頼)というテーマについて解説。


稀代の読書家が、いつも座右に置く中国古典とは?
「僕は毎日、この古典に叱られています」(著者)――
中国は唐の2代皇帝・太宗による統治(貞観時代の政治)の要諦が凝縮された『貞観政要』。クビライ、徳川家康、北条政子、明治天皇……と時代を超えて、世界最高のリーダー論として読み継がれている古典である。



上に立つ人の言葉は「思っているよりはるかに重い」

『貞観政要』には、国家や組織を治める基本的な考え方として、リーダーが「言」と「徳」の2つを立てることを説いています。「言」とは言葉、「徳」とは人徳のことです。

「人の紀綱(国家を治める根本的な法規、原則のこと)は、言を立てることと徳を立てることとによるものである。これに従えば正しい道を行くことができ、従わなければ悪事を働くことになる。国家の興廃を見ると、ろくろの回転のように、吉と凶が互いに巡り巡っていて、より合わせた縄のようである」

(巻第四 規諫太子第十二 第一章) 

上に立つ人の言葉はとても重く、一度口にしたことは、簡単に取り消すことはできません。

古代ギリシャでは、全知全能の神さまであっても口外したことは取り消せなかったのです。
上の人が何気なくいった言葉であっても、下の者は深刻に受け止めます。

皇帝のように絶対的な権力を持つ人の場合、その発言は法律とほぼ同じになるので、言葉を選び、よく考え、慎重に発言しなければなりません。
また、いくら口がうまくても、人格が備わっていなければ、部下の信頼は得られません。

つねに言行一致を心がけていないと、部下はついてきてくれないということです。
トップの話す言葉がとてもよく考えられていて、大所高所から物事を判断している。

悠揚迫らぬ鷹揚な人柄で、誰からも好感を持たれる。

「ああ、この人にやっぱり上に立ってほしいなぁ」「この人は立派な人だなぁ」「この人のいうことなら、聞くしかないなぁ」と思ってもらえる徳を持つ。
そういう人物でなければ、上に立つことは難しく、仮に上に立ったとしても部下は喜んでついてはこないでしょう。
僕も、日本生命の企画部で働いていたときに、上司から、「言った言葉には最後まで責任を持て」と教えられてきました。また、「書類に少しくらい間違いがあっても、いちいち訂正するな」と叱られたこともあります。
僕がその理由を尋ねると、上司は次のように答えました。
「言葉というものは、そう簡単に取り消せるほど、軽いものではない。だから、すぐに訂正すれば、軽く見られてしまう。今出したばかりの文書をすぐに直せば、今後、企画部が出す文書に対して、『また訂正があるのではないか』とみんなが疑うようになる。
もちろん、根本が間違っていたのなら、すぐに訂正しなければいけない。けれど、大勢に影響のない小さなミスなら、直してはいけない。一度出した以上は、『これが正しい』と、突っぱねろ。そのかわり、同じ間違いを2度したらクビにするからな(笑)」
ころころと意見が変わるリーダーは決して部下から信用されません。口に出す前に、集中して深く考える

自分の言葉によって引き起こされる事態を想定して、その準備や覚悟ができているかを自分に問う。

一度口にしたことには徹底して責任を持つ。そして、何を言われても意見を変えない
リーダーが道理に合わないことを一言でも口にすれば、部下の心はバラバラになり、組織を支えることができなくなるのです。


「信念や誠実さがあるか、ないか」は不思議と伝わる

リーダーがよく考えずに、「思いつき」で口に出したことは、部下に必ず見抜かれてしまいます。
『貞観政要』で、太宗(唐の第2代皇帝)の臣下である魏徴【ぎちょう】は、太宗に「君主が命令をしても下が行動を起こさないとしたら、それは、君主の命令の言葉に信念誠実さがないからだ」と述べています。

「いっても行われないのは、言葉に信がないからであります。命令をしても従わないのは、命令に誠がないからであります。信のない言葉、誠のない命令は、上の者は徳を破り、下の者は身を危【あやう】くするものであります」(巻第五 論誠信第十七 第四章)

 

信とは、信念のこと。誠とは、誠実さのことです。
上司の命令を部下が素直に聞かないとしたら、それは部下が悪いのではなく、上司の言葉に、信念と誠実さが足りないからかもしれません。
リーダーが、思いつきのアイデアを押し付けるのは、「上司であるオレのほうがエライ」「部下は上司のいうことを聞くのが当たり前だ」というおごった考えが根底にあるからです。
上司はオールマイティーではありません。

極論すれば、チームをまとめる人(機能)が必要なので、上司と‟仮決【かりぎ】め“されているだけです。その上司が思いつきで、信や誠のない指示を乱発していたら、部下がいうことを聞くはずがありません。
上司が本心から「これをやりたい」と思い、自分の信念から発した指示であれば、部下には必ず伝わります。

部下は上司の信念に応えようとするでしょう。
反対に、上司が思いつきの発言をしたり、「こんなことをいえば、部下に気に入られるだろう」とその場で調子を合わせたりすると、その言葉には信も誠もないので、部下を動かすことはできません。
みなさんも昔は誰かの部下だったことがあるでしょうから、これまでに何度かは「上司の発言に信や誠がない」と感じたことがあるのではないでしょうか。

そう感じる理由は正確にはわからなくても、「信」や「誠」のなさは、なんとなくわかるものですよね。
そもそも上に立つ人の言葉は「重い」(だからこそ、一度口にしたことは、簡単に取り消すことができない)のですが、言葉に重さを与えているのが、信念と誠実さです。

人に自分のいうことを聞いてもらおうと思ったら、熟考を重ねたうえで、リーダーは自分の言葉に責任を持って、信念と誠実を尽くさないといけないのです。


部下を信頼するほうが「結局、得をする」

人間は感情の動物です。
たとえ上司が自分の感情を隠して、どの部下とも平等に接しているつもりだとしても、部下は「上司が自分のことを好きか、嫌いか」はほぼ見抜いているものです。
以前、講演会で登壇したとき、100人ほどいた参加者に向かって、次のような質問をしたことがありました。
「上司は、部下に対する好き嫌いをなるべく表に出さないようにして、感情を隠そうとします。ですが、隠そうとしたところで、『この上司は、私のことが好きだ』『この上司は、私のことが嫌いだ』ということがみなさんには何となくわかるのではありませんか? 上司が自分のことをどう思っているのか、わかると思う人は手を挙げてください」
「わかる」と手を挙げた人は、何人いたと思いますか?
ほぼ100人全員でした。
いくら隠しても、上司の感情は、部下に筒抜けになっています。つまり、好き嫌いを隠すことに意味はない、ということです。
そうであれば、好き嫌いを隠すよりも、好き嫌いに関係なく部下には公正(フェア)に接することのほうが大切だということになります。
僕も、好き嫌いの激しい人間です。ですが、そうした感情とは別に、好きな部下でも、嫌いな部下でも、分け隔てなく公正・平等に接することを心がけてきました。どんな部下でも使うのが、優れた上司の条件だと思っているからです。
僕は基本的には、どんな部下でも信頼したほうが得だと考えています。

仮に裏切られたとしても、信頼したこちらが悪いと割り切ればいいのです。
「先に自分からギブをして、テイクがいくつか取れたら御の字。世の中には本当に悪い人は、そうはいないので、上司が部下を本気で信じて初めて、相手の信頼も得られるだろう」
と楽観的に考えています。


「信頼するから実績が出る」

『貞観政要』でも、上の者と下の者が互いに疑い合うと、国は治まらないと説いています。

「上の人が下の人を信用しないのは、下には信用できる人がいないと思うからです。下を信用できないのは、上の人に疑いの気持ちがあるからです。礼記【らいき】(儒家の経書)に『上の人が疑えば人民は迷い、下の人の心がわからないと、君主は苦労する』と書かれてあります。このように、上の者と下の者が互いに疑い合っていると、国を良くすることはできません」
(巻第七 論礼楽第二十九 第九章)

また、魏徴は、太宗にこうも述べています。

「蓋【けだ】し之を信ずれば、則ち信ず可【べ】からざる者無し。之を疑へば、則ち信ず可き者無し」
(巻第七 論礼楽第二十九 第九章)


信用すれば信じてもらえるし、疑えば誰も信用してくれない、ということです。
部下を信用しない上司は、部下からも信用されません。

上司を信用できないと感じた部下が、上司に対して誠実に振る舞うことはありません。
「職場や上司の信頼を得たいなら、信頼されるだけの実績を上げてからモノをいえ」と考える人もいますが、その考えは違うのではないかと僕は思います。
「おまえのことを信頼して任せるから、実績を上げてほしい」と伝えるのが正しいのではないでしょうか。
部下が自分のことを信頼してくれているから、自分も部下を信頼するのではありません。順番が逆です。

上司が部下を信頼するから、部下は上司を信頼してくれるのです。
この秩序の感覚はリーダーにとって、とても大切なセンスだと僕は思っています。




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