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「金のなる木」よりも「問題児」に投資すべき理由

年末年始に復習しておきたいビジネスの鉄則

清水 洋 : 早稲田大学商学学術院教授
2019年12月28日


なぜ、ポートフォリオがイノベーションにとって大切なのでしょうか?

「今は儲かっているビジネスでも、いずれジリ貧になる。だから早いうちに先手を打って、稼ぎ頭の優秀な部門に予算と人材を集中させて、新たなイノベーションを起こしてやろう」――新年に向けてそのようなプランを立てている方もいるかもしれません。しかし、このような考え方はマネジメントの大原則に反しているようです。

経営学者の清水洋氏の著書『野生化するイノベーション』から、その理由を考えてみましょう。


*老舗劇場の人気が衰えないワケ

多くの企業が経営資源を効率的にマネジメントしてイノベーションを生み出そうとしてきました。
そして、組織の中でイノベーションをマネジメントする際に重要になってきたものがポートフォリオです。
なぜ、ポートフォリオがイノベーションにとって大切なのでしょう。
劇場の例で考えてみましょう。ロンドンのイズリントンにサドラーズウェルズという劇場があります。
イズリントンは、今ではすっかりおしゃれでポッシュ感のあるエリアですが、少し入るとロンドンの公営住宅があったり、いろいろな階層な人が住んでいるところです。
サドラーズウェルズ劇場の歴史は古く、17世紀にまでさかのぼります。
そこから、再建や移転を経て、現在、ロンドンで新しい芸術作品を生み出す中心的な劇場の1つです。
伝統的な劇場から、新しい作品を生み出すというのはなかなか珍しいのですが、なぜ、サドラーズウェルズはそれができているのでしょう。その秘密が、ポートフォリオなのです。
定番の演目だけを繰り返し上演していては、お客はそのうち飽きてしまいます。
長期的に劇場に多くの人に足を運んでもらうために、サドラーズウェルズでは、オペラやコンテンポラリー・ダンスなどでかなり実験的な演目もやっています。カンフーものもあります。
もちろん、実験的ですから、失敗するものもあります。むしろ失敗のほうが多いぐらいです。
しかし、実験ですから、失敗は成功への必要な試行錯誤のステップと受け止められます。
その中から、ヒット作が生まれてくればいいという考えなので、実験的作品については収益性を脇に置き、とにかく「新しさ」と「数を打つ」ことが大切とされます。その一方で、定番の作品ではしっかりと稼ぐことが重要です。
実験的な試みをバックアップする収益性が、求められるわけです。
このように、ビジネスの陳腐化を避けるためには、ポートフォリオを組むことが重要になります。
ビジネスでのポートフォリオの組み方は本当にさまざまで、次々と新しいものがつくられています。
ここでは多くの方になじみの深いボストン・コンサルティング・グループの有名なポートフォリオ・マネジメントを例に考えてみましょう。
さすがに最先端の経営学からすれば、このポートフォリオ・マネジメントもやや古くなってしまいましたが、ここではわかりやすさを優先して、これを使って説明してみましょう。

*「問題児」もとても大切
このポートフォリオ・マネジメントでは、社内の事業を「市場の成長性」と「自社のシェア」に分けて考えていきます。 

市場の成長性が高く、自社のシェアが高い事業は、「花形」となります。
しかし、いつまでも成長し続ける市場はありませんから、そのうち「花形」事業の成長性も低下してきます。
そうすると、「金のなる木」事業になるのです。企業にとっては、これは文字どおり、キャッシュを生み出す事業になります。
一方、市場の成長性が高いのに、自社のシェアが低い事業は「問題児」であり、市場の成長性も自社のシェアも低い事業は「負け犬」と呼ばれます。
企業の長期的な存続と発展にとって、大切なのは「花形」や「金のなる木」だけではありません。実は「問題児」もとても大切です。なぜでしょうか。
例えば、ニッチ市場でのリーダー企業に結構多いパターンですが、収益性はものすごく高いのですが、それほど成長していない企業があります。
このような企業の事業のポートフォリオを見てみると、「金のなる木」の事業ばかりということがあります。
確かに、収益性はとても高いのですが、長期的な存続と発展という観点から見るとこのような企業にはやや危うさがあります。  どんな市場でもいずれ成長率が低下していくものですが、それに従って、その会社も成長できなくなってしまうからです。
                                                       
だからこそ、「問題児」を社内に抱えておくことは大切なのです。「問題児」を「花形」に育て、そして、「金のなる木」にしていくのです。そのためには、まずは、「負け犬」事業からは早めに撤退し、キャッシュに変えます。さらに、「金のなる木」の事業にはできるだけ投資をせずに、キャッシュを引き出します。そして、それらを「問題児」に投資し、「花形」にしていき、そこで競争力を保つようにするわけです。
イノベーションが最も必要になるのは、ポートフォリオのどの事業でしょうか。もちろん、「問題児」です。
ここは、市場は伸びているのに、自社のシェアが小さいのですから、今までと同じやり方をしていては、この事業を「花形」にすることはできません。
何か新しいやり方をしないといけないのです。
市場が成長しているなら、よいアイデアには大きな投資をしてもいいでしょう。

そうは言っても、「金のなる木」の事業部の人がすばらしいイノベーションのアイデアを思いつく場合もあるでしょう。

そういう場合はどうすればいいでしょうか。

もちろん、大きな投資が必要なく、確実なリターンが見込めるものであれば採用してもいいでしょう。
しかし、もし大きな投資が必要だとすれば、あまりお勧めできません。

ポートフォリオの観点からすると、金のなる木」の事業にはできるだけ投資をせずに多くのキャッシュを引き出すことが大切なのです。

 

*イノベーションのために評価の仕方も変えよう
日本企業では、ポートフォリオ上の役割が違う事業なのに、ビジネス上の評価ほぼ同じ基準でなされていることが多いようです。しかし、「問題児」を「金のなる木」と同一の収益ベースで評価することは賢いやり方ではありません。

新しいことを次々と試さないといけない「問題児」の事業なのに、「儲かるのか」「上手くいく保証はあるのか」と問い続けたら、「花形」にはなれないでしょう。

問題児事業部の人の評価ほど失敗を許容する必要があります。新しい試みの数を中心に評価することが重要です。
しかし、社内ではどうしても「花形」事業部や「金のなる木」事業部のほうが大きいので、その人事評価に引きずられてしまいます。それでは、「問題児」事業部の人は「新しいことを試みないといけないのに、失敗してもいけない」という状況になってしまいます。
金のなる木」の事業なのに、「新しいことができていない」「イノベーションが少ない」とネガティブな評価をしたらどうでしょう。まるでサドラーズウェルズ劇場で、実験的な取り組みに安定的な収益性を求めたり、定番に新しさを求めたりするのと同じようなもので、愚かなマネジメントといえるでしょう。
金のなる木」事業部は、いわば企業の屋台骨です。

ここがぐらついては、「問題児」に投資する原資もなくなってしまいます。

ここで失敗してシェアが下がってしまうと、いきなり「金のなる木」から、「負け犬」になってしまいます。

慎重にビジネスを進めていく必要があります。
イノベーションは野生動物のような性質を持っているので、個々の動きを予想したり制御したりするのは難しい面もあります。しかし、野生動物と同じように、一定数以上を集めて分析すれば、そこには明らかな習性、パターンが見られます。

それを学ぶことにより、より効率的にイノベーションを管理できるようになるはずです。


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