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JR東の新型新幹線、2種類の「鼻」は何のため?

先頭車両を入れ替えて実験することもある

村上 悠太 : 鉄道写真家
2019年12月25日


アルファエックスの10号車(筆者撮影)

「さらなる安全性・安定性の追求」、「快適性の向上」、「環境性能の向上」、「メンテナンスの革新」の4つをコンセプトにしたJR東日本の新幹線試験車両「ALFA—X(アルファエックス)」。2030年度に予定される北海道新幹線札幌開業も視野に入れた次世代の新幹線車両開発という使命を背負い、北東北で試験運転を繰り返す日々が続く。
現在、日本最速の時速320kmでの営業運転を行っている東北新幹線だが、アルファエックスではこれを時速360kmまで引き上げるという大きな狙いがある。その試験結果が、将来開発される営業車両に生かされる。
「360」という数字的なインパクトもあり、スピードアップは一般利用者にとってわかりやすいセールスポイントだ。首都圏と札幌の移動手段は航空機のほぼ独占状態。スピードアップは航空機への対抗手段としても大きな武器となる。


*ファステック最後の走行に乗車
一方で単純に最高速度を上げ、周囲に騒音をまき散らしながら走るわけにはいかない。もちろん安全や安定走行は必須条件。メンテナンスも改善したい。

このように数多い要求を同時に満たすべく開発されたのが、アルファエックスである。
アルファエックスは走る実験室です」とJR東日本で次世代新幹線プロジェクトのグループリーダーを務める原正明氏が説明してくれた。

原氏はアルファエックスの先代にあたる試験車両「FASTECH(ファステック)」時代から新車両開発試験に携わっているベテラン。ファステックで培った研究データを元に誕生したのが現在、東北新幹線や秋田新幹線で主力車両の座にあるE5系E6系だ。
「ファステックの最終試験は上越新幹線での試験だったのですが、これが無事終了し、ファステック退役前の最後の走行である新潟から仙台まで乗車しました。仙台の車両基地に戻ってきたとき、偶然にも隣の番線に落成したばかりのE5系先行量産車がいて、どこか運命のようなものを感じました」。

旅客輸送に就くことなく、数々の試験を終えてひっそりと去ったファステックの思い出を語る原氏の表情がどこか優しい。
一般目線で見るとインパクトのある「日本最高速度」というキーワードだが、原氏は、「そこにはあまり意識していない」という。むしろ、「試験の結果と日々の走行、研究など目の前のことをきちんとやっていくことを重視しています」。
時速360kmとは、達成すべき速度というよりも、最も優先すべき課題である、安全で安定した走行を確実に行うことができる速度なのだ。そして、「時速360kmというスピードで、お客さまにどのようなサービスが提供できるのかも検証すべき大切なポイントです」。
E5系は東北新幹線の開業と同時に誕生した200系、最高時速を275kmに引き上げたE2系に続き、東北新幹線における3代目のスタンダード車両となった。
ファステック時代にも「時速360km」というキーワードは存在したものの、速度向上との費用対効果を考慮した結果、E5系の営業運転では時速320kmでの運用が最適と判断された。高速化するためには車両の性能だけでなく、地上設備などの改修も行わなければならない。その費用も考慮された結果だ。
むろん、時速320kmでもE2系から大幅な速度向上となったことに変わりはない。

 

*2つの先頭車両は形状が違う
アルファエックスの先にあるまだ見ぬ次世代新幹線はE5系以上のパフォーマンスを目指している。

アルファエックス最大の特徴ともいえる近未来的な長いノーズを持つ先頭車は、10号車側で1両のほとんどがノーズとなっている大胆な設計。

1号車側の先頭車とは形状が異なり、双方の効果を比較することができる。1号車と10号車で形状が違うというのも、「走る実験室」のなせる技だ。
こちらの先頭車だが実は8月に1度東京方と新青森方を入れ替えて試験が行われている。これは南北に伸びる東北新幹線特有の事情もある。

長い“鼻”はトンネル進入時に中の空気を押し出して出口側で大きな音を鳴らしてしまうトンネル微気圧波への対策が主な目的。トンネル側でも付近に住宅などがある場合は緩衝口を設置するなどの対策をしているが、ここに1つポイントがある。

 東北新幹線沿線には、山影となる北側の出口付近に住宅があるトンネルは日照の面から比較的少なく、そのため緩衝口がないトンネルもある。つまり、南北の出口で構造が異なるトンネルが少なくないため、アルファエックスの実験目的の1つである環境性能向上の面から考えても先頭車を入れ替えての走行試験が必要なのだ。先頭車両の入れ替え時は仙台の車両基地内で大型トレーラーを使用して行われている。

東海道新幹線に比べると、東北新幹線の走行条件は多岐にわたる冬季には降積雪があり、北海道新幹線に乗り入れる際に通過する青函トンネルは湿気が多く機器の結露が気になる。

北海道側は本州とは雪質や気温も大きく異なる。札幌延伸となればさらに条件は多様化することから、アルファエックスでは現行のE5系などに比べ、各機器類の耐寒性能をこれまでのマイナス20度からマイナス30度まで向上させた。

 

*実際に走行するまではわからない
また、車両の高速化は同時にブレーキの進化が不可欠である。

地震発生時の緊急ブレーキとして、車体屋根に設置した空力抵抗板ユニットを使用した停止試験、台車面に取り付けられたコイルをレール面に接近させ電磁効果で停止させる新たなブレーキ機構の試験、さらに新型パンタグラフを搭載して高速走行時の騒音を低減する試験も予定されている。
どんなに卓上の演算能力が高くなったとしても、実際に走行するまではわからないことも多く、「よかれと思ってつけたパーツが実は騒音源になってしまっていたというケースもありますし、1度だけいい結果が出たのでは営業運転では意味がない。繰り返しデータの数を取ることで営業列車に反映できるデータを見つけることができるのです。一方、営業路線に万が一の支障を与えてはいけないので深夜時間帯という状況も加わって試験走行は神経をつかいます」(原氏)
アルファエックスではまったく新しいサービスの開発も検討されている。

航空機の移動に比べて新幹線移動では、まとまった時間をご提供できるのが大きな特徴です。新幹線はすぐに乗れて、飛行機に比べて細かな乗り換えや待ち時間がありません。この時間を利用してどのような旅客サービスが提供できるのかという検討をしています」(原氏)。
東北新幹線には東京―仙台間というボリュームゾーンのほか、宇都宮といった近郊通勤通学需要から新青森、新函館北斗までの長距離利用者もいる。乗客の傾向もビジネス、旅行と多岐にわたる。ニーズはさまざまだ。
東海道新幹線がN700Aの1車種に統一を図る中、JR東日本の新幹線車両は現在6車種も存在しているが、これは北海道、東北、上越、北陸と走行地域ごとに高速性能、登坂性能や電源機構、定員など求められる車両性能が異なることが最大の要因である。

車両を多様化することで、各ニーズに細かく対応しているのだ。その多様性を受け入れ、育む社風から「グランクラス」のような新しい新幹線サービスが誕生したともいえるだろう。

 

*窓のサイズは4種類
車内は公開されていないものの、アルファエックスにも8号車にグランクラス、9号車にグリーン車のマークが付けられているのは外観からもわかる。

とくに8号車は中央に空間があいた窓配列になっており、内部でどんな新サービスが検討されているのか気になるところだ。
もし仮に試験をふまえて車両の大半が「鼻」の先頭車が最適と判断された場合、残されたわずかな客室スペースをどのように活用していくかも注目したいポイントだ。

さらにアルファエックスの窓のサイズは4種類ある。大小だけでなくまったく窓のない車両もある

空調、車内騒音面では窓がないほうが効果が高いとのことで、もしかしたらこれを利用した新たな車内サービスが開発、実用される可能性だってあるのだ。
アルファエックスの試験はまだ始まったばかり。いよいよ厳寒期を迎え、試験走行にも力が入る。




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