おがわの音♪ 第916版の配信★


英国人に「あなたの経済的豊かさ」を聞いてみた

英国階級調査からわかった人々の複雑な心境

マイク・サヴィジ : ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス社会学部教授
2019年12月13日


金持ちも貧しい人も、なぜか自分の豊かさは「中くらい」と答える

イギリスBBCが実施し、イギリスで過去最大規模となった階級調査がある。調査が公表された後、劇場チケットの売り上げが突然激増するなど、イギリス人の行動を劇的に変えた話題の調査結果が、『7つの階級:英国階級調査報告』というタイトルの書籍として翻訳出版された。
「7つの階級」の概要を紹介した『おがわの音♪ 第915版』に続き、人々が経済的な豊かさについてどう考えているのか、その生の声と分析をお届けする。


*とても不平等になった国、イギリス

私たちは根源的にパラドックスの中に生きている。経済格差はこの数十年で劇的に拡大した。今日のイギリスは、先進国の中で最も不平等な国の1つになった。
税込み各種福祉給付金給付前の所得で比較した場合、イギリスより経済格差が大きい先進国はポルトガルアイルランドだけである。課税と福祉給付による再分配後を比較しても、イギリスの経済格差は大半の先進国より大きい。
格差は拡大しているが、統計調査はイギリス人が不平等に納得しているわけではないことを示している。
多数の人が経済格差を批判しており、イギリス人78%は富の再分配を支持している。
厳しい経済競争の渦中にあっても、自分自身について尋ねられると、単純に勝者であるとか敗者であると回答する人はほとんどいない。英国階級調査の偏りを修正するために実施したインタビュー調査では、あなたの経済ランクはどれくらいだと思うかという質問をした。
あなたの経済ランクはどこですか?
 典型的な3つの例を紹介しよう。
質問わが国に、ほかの人たちより裕福な人たちがいるのは明らかです。経済的に上から1から10まで
   ランクづけするとしたら、あなたはどのランクに当てはまると思いますか?(以下の数字は1ポンド135円で概算)

回答1ジェイン/世帯所得81万円、資産なし、貯蓄約68万円
真ん中くらいかな……。ちゃんと暮らしていけてるし、ぜいたくしたいとも思わないから。コンピューターも持ってないし、ほかにも持ってない物はいろいろあるけど、旅行もしないし、なんとか生きていくには十分だわ」
回答2ジェレミー/世帯所得810万円、資産価値3375万円、貯蓄なし
「うーん、そうだな、よくわからないよ。なんていうか、絶対に、うーん、真ん中あたりにいたいんだよね、そうだな、5だよ。直感で5だと思います」
回答3フィオーナ/世帯所得810万円、資産価値9450万円、貯畜1350万円
「そうですね、たぶん 6くらいかしら。持ち家だけど、車を見たらわかるでしょ。あんまり物にはこだわりません。
ぼろぼろになるまで使うことにしてるの。そうね、6 か、もしかしたら 7かしら
ジェイン、ジェレミー、フィオーナの経済的状況には顕著な違いがある。
だが、3人とも自分は真ん中あたりと回答している。
元ショップ販売員のジェインの収入は公的年金のみで、所得はかなり低い。資産はなくグループホームで暮らしているが、ささやかな貯蓄がある。コンピューターを持たず、旅行もできないほど経済的に困窮しているにもかかわらず、自分では所得ランクは中程度だと考えている。
ジェインの対極にいるのがフィオーナである。職業はIT企業管理職で、所得は上位10%に入る。評価額の高い住宅を所有し、貯蓄も多い。
にもかかわらず、彼女もまた中程度だと言い、物欲はなく倹約の習慣を強調した。相当な経済資本を所有しているが、それを誇示するどころか恥ずかしいと感じていることがうかがえる。
ジェレミーは、ジェインとフィオーナの中間にいる。所得は高いが、住宅の評価額はフィオーナより低く、貯蓄はない。彼もまた自分を「5」に位置づけている。
これは何を意味しているのだろうか。
3人の話を額面どおりに受け取らず、その深層を探ってみると、別の事実が浮かび上がってくる。
自分の経済的ランクを中程度と答える人は多いが、実際に裕福ではない人々は、その事実がこれまでの人生と現在の暮らしぶりを制限してきたことをよく自覚している。
*裕福な人とそうでない人の意識の違い
例えば、ヨークシャーに住む貧しい年金生活者のアリソンは、インタビューの間にたびたび金銭のことを口にした。
過去の彼女の仕事は賃金が高かったかどうかとか、お金が足りなくて娘を大学にやれなかった、などといった話である。
一方、裕福な人たちはまったく違っている。ロンドンに住む経営コンサルタントのルイーズは経済分布の上位にいる。
所得は約3038万円で、住宅の評価額は2億7000万円近く、そのほかに1350万円を超える資産がある。
最初に経済ランクの自己評価をたずねると、じつに素っ気なく、「さあねえ。わからないわ。お金なんて重要だと思わないし」と答えた。「私はお金のために何かしたことはありません。何かするのは、やりたいから。所得のランクって言われたって、わからないわ」。
彼女は自分の人生で金銭は重要ではないと言い、金銭は好きな仕事を熱心にやった結果、それも計画的にではなく偶然、手に入っただけだと強調した。つまり、裕福な人ほど金銭を軽視する素振りを見せているのがわかる。
しかし、ルイーズにとっても実際には金銭は重要であり、彼女も本当はそのことを理解している。
労働者階級の出身で、借金に苦しんだ経験のある彼女は、経済状態が安定し、不安がなくなった現在の立場から裕福になったことについてこう話している。
30歳になったときには、年収は10万ポンド(1350万円)を超えてたかしら。台所に食べ物が全然なかったころを思い出すと、よくここまで来られたなって思いますね。
*所得は同じでも、境遇が大きく違う
インタビューを分析すると、所得の少ない人々は必需品を購入できず、その生活は抑圧されており、富裕層─―ブルデューの表現を借りれば「必需品に困窮する状態から程遠い」人たち─―は金銭の無慈悲な強い力から距離を置くことができていることがわかる。所得の少ない人も富裕層も、経済分布ではどちらも中程度だと自己評価しているとしても、その理由はまったく異なる。
次に、年齢に差があり、収入は同程度だが境遇が顕著に異なる2人の女性の例を紹介する。
1人目のロレインは離婚して持ち家を出て、思春期の10代の息子2人を連れて小さな借家に転居して以来、収入の不足に悩んで生活してきた。職業はフォークリフトの運転士で、「最低ではないけど、給料はとても安かった」と言う。
年収は約149万円と明かした。彼女は住宅の購入を望んでいたが、悩んでいた。いざというときのための540万円の貯蓄があるが、収入が十分ではなく「結局、資金が足りない」と言った。彼女のケースは、離婚して経済状況が激変した人が経験する「ショック」の一例だ。
2人目のシャーロットは定年退職した元教員で、年金と「あちこちからちょっと入る収入」で年収は162万円余り。
ロレインとシャーロットの所得は同程度だが、シャーロットは自らの境遇をロレインほど悲観していない。
シャーロットも離婚しているが、子どもたちはすでに成人している。
貯蓄も「クッション」になる程度には十分で、自宅は持ち家だ。彼女はやりくりの能力に大いに自信を持っている。
貯蓄できたのは持ち家などの資産があったからだが、彼女自身は、質素に暮らすよう心がけてきたからだと考えている。「所得はそれほど多くありません。けれど、私はやりくりを知っています。しっかりと倹約できる性質なんです」。
2人のインタビューを分析すると、それぞれ経済資本の中の別の構成要素をやりくりしており、そこからは人々が自身を10段階の単純な経済ランクに位置づけるのは難しいことがうかがえる。
それと同時に、ロレインとシャーロットのどちらも、自身の経済ランクを過去の自分のそれと比較して考え、現在の経済状況を過去の自分の経験に基づいて理解する傾向があることがわかる。
これまでに紹介した例だけで考えても、経済区分は人々のアイデンティティーに決定的に刻み込まれていることが確認できる。しかし、そのあり方は非常に複雑で、「金持ち」「貧乏」「中くらいの収入」「低収入」などという言葉で表現できるほど単純ではない。
イギリスは不平等な国であり、格差はますます広がっていると指摘したところで、人々がその不平等を人生でどのように経験しているか、身近にある格差をどのように感じているかを把握したことにはならない。
格差には、複数の異なる力が働いていることが、ここで紹介した例からもわかるだろう。
人々は自分の富を誇示することはないが、同様に、最下層にいるという恥と烙印を認めることもない。
*成功と、特別な人生体験を結びつける
インタビューからは、人々には自分の経済ランクを曖昧にしたがる傾向があることがわかったが、それでも私たちは、このような不平等が人々の生活や人生にとって非常に重大な問題であることを強調しないわけにはいかない。
経済資本は多面的で、地理的条件や年齢、世代と深く関連している。
地理的条件は住宅資産に多大な影響を及ぼす。貯蓄や不動産は、子や孫たちの進学や住宅購入、起業などの大きな助けになるし、最終的に相続させることもできる。
多くの経済資本を蓄積するには非常に長い時間を要する。
それが、自分の経済状況を考える際に、裕福な人や貧しい人と直接比較するのではなく、自身のそれまでの人生を振り返って評価する理由となっている。
人々は自分の経済的成功を、グローバルな社会のさまざまな影響によるものではなく、自分の特別な人生経験と強く結びついたものと考えているのだ。

 




メール・BLOG の転送厳禁です!!  よろしくお願いします。