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トヨタにも繋がるヤフーLINE統合が起こす衝撃

日本が「米中に次ぐ第三極」を目指すカギ

田中 道昭 : 立教大学ビジネススクール教授
2019年12月13日

日本が「米中に次ぐ第三極」になるためには?

(写真:トヨタ〔梅谷秀司撮影〕、Yahoo!JAPAN、LINE〔尾形文繁撮影〕、背景写真:koto_feja/iStock)


11月に発表されたヤフーとLINEの経営統合。2社の経営統合によって、検索やSNS、ネット通販、金融などさまざまなインターネットサービスを一手に担う、利用者数1億人超の巨大グループが生まれることになります。 (上へ)

 

統合発表時に開催された共同記者会見では、共同CEOとなる両社社長から「米中に次ぐ第三極を目指す」という大胆なビジョンが提示されました。しかし、GAFA(グーグル、アマゾン、フェイスブック、アップル)と両社を傘下にもつ新生Zホールディングスを比較すれば、時価総額では前者は軒並み50兆円以上であるのに対して後者3兆円強と1桁違い、研究開発費では前者2兆円前後に対して後者は3社合わせても200億円と2桁違い。研究開発費の違いが企業としての足腰の強さの違いを表しています。

さらに、ヤフーとLINEがただ経営統合しただけなら確かに国内では強大な企業連合となりますが、海外では残念ながらLINEが大きなマーケットシェアを有しているタイ・台湾などでの強大な連合にとどまってしまう。

やはり中国やインドにも攻め込むようなインパクトがなければ、「第三極」と呼べるようなものにはならないのではないでしょうか。
それでは、両社が目指すように、日本が「米中に次ぐ第三極」になるために必要なものは何でしょうか。本稿では、ヤフー・LINEの経営統合における狙いと影響を踏まえながら、そのカギについて考察したいと思います。



*統合の狙いは「スーパーアプリ経済圏」の構築

拙著『ソフトバンクで占う2025年の世界』でも詳しく解説していますが、まず、両社の経営統合の狙いを押さえておきましょう。それは、スマホ決済アプリ「ペイペイ」「LINEペイ」を顧客接点として機能させることで、ソフトバンクグループ全体とLINEでシナジーを創出し、EC小売りを先鋭化させるとともに、銀行・証券・保険・投資信託・小口融資といった金融、ライドシェアなどモビリティー、通信、電力・エネルギー、旅行、メディア・広告、コンテンツなど、生活全般に関わる多様なサービスに顧客を誘導する、そのための強固なエコシステムを構築するということです。
筆者はその壮大なエコシステムを「スーパーアプリ経済圏」と呼んでいますが、その全体構造は図のとおりです。

(出所)『ソフトバンクで占う2025年の世界 全産業に大再編を巻き起こす「孫正義の大戦略」』(PHPビジネス新書)

両社の組み合わせによるインパクトとしては、まず優れた顧客基盤と顧客接点が挙げられます。

デジタルトランスフォーメーション時代の顧客基盤とは、ずばりスマホのなかで親密な顧客接点をいかにもつかという点に集約されているなかで、LINEというコミュニケーションアプリと多様なサービスを展開するソフトバンクグループの連合は、これで国内No.1の顧客基盤をもつ勢力に躍り出たと言っても過言ではないでしょう。
そして、その優れた顧客接点であるスマホ決済アプリ「ペイぺイ」「LINEペイ」を入り口として、金融、EC小売り、モビリティー、通信、電力・エネルギー、旅行などその他のサービスへと誘導する巨大なプラットフォームが形成されるのです。



*大いに注目できる点

最先端のフィンテック王国 中国のアリババの決済アプリ「アリペイ」には、世界で12億人の年間アクティブユーザーがいるとされています(「2019 Investor Day」資料)。

一方で、テンセントの「ウィーチャットペイ」はコミュニケーションアプリ「ウィーチャット」のウォレット機能として提供され、ウィーチャットには約11億5100万人の月間アクティブユーザーがいるとされています(「2019年9月期結果報告」資料)。利用者数で見ると、ヤフー・LINEの経営統合による連合でも太刀打ちできないことは明白である一方、アリババとテンセントが合流するような大きなインパクトのある統合されたサービス展開が可能となる点については大いに注目できます。
アリババとテンセントは、生活サービスのプラットフォームのなかに商流・金流・物流 を囲い込み、ユーザー一人ひとりに関するビッグデータを蓄積しています。そのデータが新たなサービスの開発に活用され、さらに次のサービスが展開されるという事業展開を続けてきました。
規模では圧倒的に劣るものの、2社の経営統合は、中国2大プラットフォーム企業をさらに超えるような優れた顧客価値を提供し、日本発の破壊的イノベーションが生み出されることが期待できるのではないかと考えられます。

 

*すべての産業の秩序と領域を定義し直す戦いへ

筆者は、ヤフーとLINEの経営統合はさまざまな産業にインパクトを与え、まるで玉突きが起きるように多くの産業で再編が始まるのではないかと予想しています。

非常に強力な2社連合ですから、競合他社が「とても1社では勝ち残れない」と危機感を強めることは間違いありません。スマホ決済やネット通販など、業種を超えた形での連携や再編が起こることは大いに考えられます。
さらに、金融産業においてもスマホ決済サービスに多業種からの参入が相次いでいることから、2社の経営統合が再編を巻き起こす業界は金融へも及ぶ可能性が高いでしょう。

例えば、LINE野村證券と組んでLINE証券を、またみずほ銀行と組んでLINE Bankを設立してきた一方で、ヤフー側ではSBIと金融事業において連携を強めていこうとしています。
この分野のこれらの企業だけでも戦略の練り直しや強化が求められ、大きな再編につながる可能性も秘めているのです。より直接的に気になるのは、国内でECや金融事業を展開し、通信事業にも本格的に乗り出してくる楽天です。

楽天を中核としてさまざまな分野における合従連衡が起きることが考えられます。
もっとも、筆者は2社経営統合をきっかけに起きる業界再編は、EC小売りや金融にとどまるものではなく、すべての産業の秩序と領域を定義し直す戦いにまで発展すると予想しているのです。
例えば、ソフトバンクとトヨタ自動車が提携している次世代自動車産業は、まずは「クルマ×IT×電機・電子」が融合しつつある巨大な産業です。そこにはクリーンエネルギーのエコシステムとして電力・エネルギーが加わってきます。

半導体消費が大きいことに加えて通信消費が大きいのも、次世代自動車の特徴です。

クルマが「IoT機器」の重要な一部になる近未来においては、通信量は膨大なものになります。
これらがすべて交差してくると「東京電力のような電力会社やNTTドコモのような通信会社がクルマを売る」「トヨタのような自動車会社が電力や通信を提供する」「自動運転化後はライドシェア会社がクルマの最大の買い手となる」といったことも現実になってくるでしょう。

MaaS(Mobility  as  a  Service)分野に目を転じると、航空会社や鉄道会社といった企業も新生モビリティー産業の主要プレーヤーとして期待されているのです。
冒頭で述べたように、ソフトバンクグループの「スーパーアプリ経済圏」と言っても、2社連合だけではアジアの一部地域に限定された攻勢にとどまってしまい、「米中に次ぐ第三極」には到底届かないと思われます。


*日本が「米中に次ぐ第三極」になるカギ

そこで、筆者は、日本が「米中に次ぐ第三極」に成りうるきっかけは「すべての産業の秩序と領域を定義し直す戦い」の中にある、そしてその再編の中核こそ、ソフトバンクグループとトヨタ自動車との企業連携にあると考えています。
トヨタ側から見れば、同社の次世代自動車産業におけるレイヤー構造の下層にスーパーアプリとしての「ペイペイ」「LINEペイ」が加われば、非常に強力なエコシステムを構築できる可能性が高まることでしょう。

自動車業界におけるEV化、自動化、サービス化と並ぶ四大潮流の1つであるコネクテッド化スマート化)という重要ファクターにおいても競合には大きな差別化になることは確実です。
IoT、クラウド技術の進化、通信速度の向上・大容量化などを背景に、クルマがありとあらゆるものと「つながる」時代において、スーパーアプリをこれらの企業連合のレイヤー構造の一部にできれば、日本が「米中に次ぐ第三極」に成長していく基点になれるのではないかと思います。

そして何より、「サービスがソフトを定義し、ソフトがハードを定義する」時代において、研究開発費の量と質でグローバルのトップレベルにあるトヨタ自動車が、自社グループ内に存在する強力なサービスを基点にソフトやハードを生み出すことができれば、GAFAにも匹敵するような大胆なプラットフォームが企業連合全体から誕生する可能性もあるのではないでしょうか。
つながるクルマ。AIが運転手となりハンドルがないクルマ。シェアされるクルマ。EV化されたクルマ――。

これらが実現したのちの次世代自動車産業の姿を、想像してみてください。

狭義の自動車産業自体は縮小するかもしれない。

でも広義の自動車産業は、これまでの自動車産業をはるかに超える規模になる。
「クルマ×IT×電機・電子×金融×その他」がオーバーラップし、掛け合わされる巨大な産業になる。

そこにサービスほか周辺の関連産業まで加えるならば、全産業を巻き込むものになると言っても過言ではないでしょう。そして、やはり日本の強みは製造業での真のデジタルトランスフォーメーションにあり、それを基軸とした複数産業での再編にこそ「米中に次ぐ第三極」となる可能性があると筆者は予想しているのです。

 




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