おがわの音♪ 第904版の配信★


「失われた30年」に終止符を打つ日銀の秘策とは

日銀の黒田東彦総裁は参議院財政金融委員会で円のデジタル通貨について、現時点では発行する計画はないと述べた。だが将来デジタル通貨を発行する必要性が高まった時に備えて、調査・研究は進めていると説明した(写真:大澤誠)

「本物の」マイナス金利導入ならどうなる?

杉山 智行 : クラウドクレジット社長
2019年12月03日

日経平均株価が3万8957円の過去最高値(日中値)を記録した1989年12月29日から、30周年を迎える日が近づいてきた。この30年間、とくに日本銀行がゼロ金利政策を導入しはじめたここ20年間、日本経済はつねに決定的な打開策を見つけることなくデフレの影と闘い続けてきた。だが、テクノロジーが発展した今日、日本銀行が「失われた30年」についに終止符を打てるかもしれない「秘策」を持ちつつあることを読者はご存じだろうか。




*デジタル通貨用いた「本物の」マイナス金利の導入

その秘策とは、デジタル通貨を用いた「本物の」マイナス金利政策の導入だ。マイナス金利を導入している国ならすでに今でもあるじゃないかと思われる方もいるかもしれないが、今の日本や欧州諸国でとられているマイナス金利政策は「ほんの少しだけ」金利がマイナスなだけで、ゼロ金利とほとんど変わらない。

現在の「現金」が流通する通貨システムの下では、一国の経済がデフレに陥っても、その国の中央銀行は政策金利をゼロまで下げてしまうと、タンス預金(現金保有)という原始的な方法によってそれ以上のマイナス圏への政策金利の利下げは効果を期待できなくなる、いわゆる流動性のわなにはまってしまう。

デジタル通貨で可能になるマイナス金利というのは、マイナス3%、マイナス5%といった幅の大きな「本物の」マイナス金利だ。
1999年に日本銀行がゼロ金利政策を導入してから過去20年間日本をさんざん苦しめ続けた流動性の罠は、デジタル通貨と以下に説明する仕組みを導入することによりあっさり消え去り、中央銀行は金融政策を、マイナス圏でもプラス圏同様に行えるようになって、日本経済は「失われた30年」に終止符を打てるかもしれない。
デジタル通貨とセットで本物のマイナス金利政策を可能にする仕組みが、「一国二通貨制」だ。

その仕組みを解説する。日本銀行がデジタル通貨(以下、デジタル円)を現在の円(以下、キャッシュ円)に加えて発行し、キャッシュ円ではなくデジタル円のほうを日本の基軸通貨とする。キャッシュ円は日本の第2の通貨という位置づけになる。


*「本物の」マイナス金利を可能にする仕組みとは

日本銀行の政策金利は、デジタル円に対して設定されるようになる。そのうえで、デジタル円とキャッシュ円の為替レートを、クローリング・ペッグ制とする。
クローリング・ペッグ制とは、ある通貨のもう1つの通貨に対する為替レートを「一定の率」で上昇または下落させる仕組みのことをいう。

 ☞ 為替相場を小刻み、かつ、頻繁に、しかも長期的な限度を設けずに調整する為替相場制度で、

為替相場の辿る経路を予めアナウンスする為替相場制度である。通常、インフレ率が高い国において採用され、為替相場を内外インフレ率格差と同率で切り下げるように運用される。

現在でも、すでにニカラグアなど一部の新興国が自国通貨をドルに対してクローリング・ペッグするなど、現実に運用は行われており、とくに真新しい仕組みではない。
例えばデジタル円の政策金利がマイナス3%のときは、キャッシュ円はデジタル円に対して年率3%の割合で減価する、と設定することにより、キャッシュ円を保有するコストを設定することが可能になる。
つまり、このとき銀行の預金金利もマイナス3%だとして、それを避けようとお札の束をタンス預金しても、1年後にはキャッシュ円はデジタル円よりも3%減価しており、1年前だと1000デジタル円分の買い物をできたのが970デジタル円分の買い物しかできなくなっている。タンス預金は無力化されることになる。ドルやユーロなどの外国の通貨との為替レートも市場で裁定がはたらくため、とくに一国二通貨制が問題になることはない。
「デジタル通貨で本物のマイナス金利が可能になる」というと、特別な世界がはじまることを想像される方も少なくないかもしれない。実際には、残念ながら(?)デジタル通貨で本物のマイナス金利政策が行われても、社会・経済は今と何一つ変わらないなぜなら、実質ベースでみればすでにこれまでも今この瞬間も、世界の多くの国の政策金利がマイナスだからだ
日本も昨年、今年とインフレ率はだいたい1%弱、銀行の預金金利はほぼゼロなので、読者の方の預金は実質ベースでこの2年間で約2%目減りしている。もちろんタンス預金も約2%目減りしている。

これがインフレ率の高い途上国になると、実質ベースの政策金利がマイナス3%、マイナス5%というのは珍しくないだろう。本物のマイナス金利導入に際して理屈どおりにいかないかもしれないものがあるとすれば、それは人の心だ。

読者の方も上の「今と何一つ変わらない」というフレーズを読むまでは、本物のマイナス金利導入によってなにか特別なことが起きるかもしれないと思われた方は少なくないのではないか。


*導入の障壁は「心の壁」?

銀行に預けているお金が「名目ベースで」どんどん減っていくとなると、嫌悪感を抱く人は少なくないと予想される。リーマンショック後、アメリカでいくつかの銀行が預金金利をマイナスにしたところ大不評を買い、すぐに撤回したのは有名な話だ。人の常識というのは時間が経つとあっさり変わるので、上記は時間が解決してくれるかもしれないが、みんながマイナス金利に慣れた後も課題は残るかもしれない。
現在でも、南米のチリという国で地下鉄運賃の値上げを発端とするデモ・暴動が起き、2019年11月のチリでのアジア太平洋経済協力会議(APEC)開催が中止されたように、賃上げを伴わないマイナス金利幅拡大が続けばその嫌悪感が悪化して、抗議活動などが起きてしまうリスクも否めない。
ただし再度、過去20年間日本経済を苦しめ続けた流動性の罠をあっという間に消し去るアップサイドを考えると、デジタル通貨と本物のマイナス金利政策が導入される日はそう遠くないのかもしれない。




メール・BLOG の転送厳禁です!!  よろしくお願いします。