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ユニクロ柳井社長「日本は滅びる」発言の妥当性

 

11/28(木)

 日本は沈没寸前の泥船だ。柳井社長は危機感を隠そうともしない。たしかに彼の真剣な言葉には頷かされる。だが、柳井社長が理想に掲げる日本像に近づくと、この国はどうなってしまうのだろう。

 


正論かもしれないけれど

 「いつの時代も、このままでは日本はダメになると警告を発する人がいます。

彼らのことを『アラーミスト』と呼びますが、これはもう、明治時代から現代に至るまで、ずっと変わりません。

なにも柳井さんだけが特別なわけではない。

 ただ、じゃあ具体的にどうすればいいのか。柳井さんの提案自体に意味はあるにしても、その内容には目新しさは見受けにくい。本当に現実的な打開策なのかと、疑問を覚えてしまう部分もあります」(社会学者で京都大学名誉教授の竹内洋氏)

 ユニクロの柳井正社長(70歳)が「日経ビジネス」に対して応えたインタビューに、賛否両論の声が上がっている。

件の記事は「このままでは日本は滅びる」と銘打たれ、柳井社長が徹頭徹尾、日本の行く末を憂いている。

曰く、

 「日本は企業が成長しないまま、意味のない年功序列や終身雇用だけが残っている」

 「老人が引っ張っている会社ばかりが目につく。サラリーマンがたらい回しで経営者を務めるような会社が成長するわけがない」

 「そもそも、みんなと一緒にやるという横並び意識が強すぎる」

 かように、日本社会に対して大批判を繰り広げているのだ。

 さらには2年間で国の歳出を半分にカットして、公務員も半分に削減すべし、外国人労働者をもっと受け入れろ、と檄を飛ばす。

 その舌鋒は緩まることを知らず、台湾出身の実業家・作家で「カネ儲けの神」と呼ばれた故・邱永漢氏の言葉を引き合いに出し、「日本は政治家と生活保護の人だけになる」と予言までしている。

 ユニクロをたった一代で世界有数の企業に育て上げ、いまや個人資産は3.4兆円。

今年10月19日に発表された「フォーブス」の富豪リストでも世界第27位にランキングされたばかりの柳井社長。そんな立志伝中の人物だけに、ヒリヒリとした言葉には鬼気迫るものがある。

 だが、その一方で、彼の主張を読めば読むほど、「この国は、そんなにダメなんだろうか」という気分にもさせられる。柳井社長の「改革案」一つ一つは、たしかに説得力がある。

しかし、正しいことだけやっていれば、いい結果になるとは限らない。それほど世の中は単純ではない。

柳井社長の主張どおりになれば、いささかバランスを欠いた国になってしまうのではないか。

 

経済がすべてじゃない

 たとえば柳井社長は日本企業の年功序列や終身雇用を「形骸化している」と、痛烈に否定する。

 もっと儲けるために、旧態依然とした日本企業の在り方とは決別しろ。それが、柳井社長の主張だ。

だが、そんな経済合理性だけで現実が動いているわけではない。

 「年功序列や終身雇用には、間違いなくメリットがあります。年次とともに右肩上がりで昇給していったほうが、社員も先を見通せるし、安心して生活を送ることができるでしょう。

 それが結果として、目の前の仕事に集中し、全力を注ぐことにも繋がる。いい循環が生まれるんです。

 サラリーマンは、入社してから家庭を持ち、家族が増えるケースがほとんどです。それに伴って、ライフサイクルに応じた報酬を受け取る。これは人間が社会生活を送るうえで、必要不可欠です。

 どのような時代であっても、働く人の人生にきちんと寄り添った制度ならば、それは肯定すべきでしょう」(城南信用金庫顧問の吉原毅氏)

 日本の会社は年功序列の昇給制度の他にも、住宅手当や家族手当など、海外の企業では考えられないほどのきめ細かく手厚い福利厚生が定められている。それが土台となって会社という組織の一体感が生まれ、健全なコミュニティーが成り立ってきた。

 柳井社長がユニクロで推し進めている強烈な成果主義を他の企業にも無理やり当てはめると、組織そのものがバラバラになってしまう。

 「『部下には思う存分、仕事で暴れてもらう。もし失敗したとしても、自分が責任を取るだけだ』、そう腹を括る。そして部下が手柄を立てたら、『君はすごいな。私にはそんなこと考えられなかったよ』と、花を持たせる。日本にはそんな上司が多かった。

 これはなにも、日本人は優しい、という単純な美談や浪花節の話ではありません。日本人が長い時間をかけて培ってきた豊かな組織運営の知恵なんです。

 この風土や余裕こそが、組織にとっての大きなメリットに繋がっていました。ただひたすらにカネ儲けを目指すだけでは、逆に日本は殺伐とした社会になっていくだけです。

 経済というのは、人間社会という海の中の、ほんの一滴に過ぎません。世の中や人間の呼吸というのは、その瞬間だけの利益や儲けを追い求めて完結するものではないんです」(前出・吉原氏)

 

「低欲」の時代への危機感

 柳井社長は、日本には高齢の経営者が多すぎる、サラリーマン社長が企業のトップをたらい回しして、経済成長を停滞させている、とも警鐘を鳴らす。

そして同時に、突出した儲けを出す若い創業者が少ないことも「悪だ」と断じている。

 本当にそうなのだろうか。

 「経験豊富な経営者が企業のトップに立つことが、なぜいけないのでしょうか。若ければいいという発想がそもそも間違いです。百戦錬磨の経験をしてきた経営者が企業の指揮を執る。それは、会社が危機に立たされたときにこそ活きてきます。そして、サラリーマン社長が順繰りで生まれるのは、経済が安定している状態だとも捉えられます。わざわざ世の中を不安定な状態に戻す必要が、どこにあるというのでしょう」(コンサルタントで室伏政策研究室代表の室伏謙一氏)

 実際、柳井社長は、ユニクロの若手社員に対して「みんなと横並びの意識じゃダメだ。自分が経営者になったつもりで仕事に当たれ」と繰り返しハッパをかけてきた。

 その先の独立や起業だってやぶさかではない、そんな口ぶりだ。

 だが、本当に社員が次々と独立したら、誰が店頭に立ってユニクロの服を売ってくれるのか。雇う人がいて、雇われる人がいる。誰もが起業したいわけではない。

 さらに、柳井社長は「日本人の労働力だけではもう足りない。もっと外国人労働者を積極的に受け入れろ。真のグローバル化は、外国人と一緒に仕事をすることだ」と声高に訴える。

 では、その言葉どおり、歯止めをかけずに外国人を受け入れたとしよう。そうなると、ただでさえ人口が減っている日本人は、国内でどんどん隅に追いやられることになってしまう。

 自分が生まれた国なのに、居場所がない。そんなものが果たして「日本」と呼べるのだろうか。

 「柳井さんの発言は、会社をどんどん大きくして、どこまでも儲けてナンボという、極めて経営者的な視点からきています。つまり、昭和期の高度経済成長と同じ状況を、令和の時代に再現しようとしているふうにみえます。

 ですが、今の日本人の多くが望んでいる方向でしょうか。

カネ儲けだけではない、別の価値観もあるはず。それを探していこう、という『低欲』が今の日本人の気分。このままでは、『笛吹けども踊らず』になってしまうのではないでしょうか」(前出・竹内氏)

 

助け合いも「悪」ですか?

 柳井社長が言う「公務員不要論」を突き詰めたその先にも、悲劇が待ち受けている。

 「そもそも、日本の公務員の数は、人口比で主要各国と比べて最も少ないのが実態なんです。

 '15年の調査でも、一般企業などを含めた雇用者全体の中で、公務員が占める割合は、わずか5.9%に過ぎません。OECD加盟国の平均が18.1%であることを考えれば、いかに日本の公務員が少ないのかがわかります。

 それにもかかわらず、柳井さんは彼らを容赦なくクビにしろと言っている。『公務員を減らせば国の成長に繋がる』という彼の主張が、どれだけ非現実的で荒唐無稽なのかわかるでしょう」(前出・室伏氏)

 たとえば今年、日本各地で猛威を振るった自然災害。

 千葉県や長野県をはじめ、台風や豪雨で甚大な被害のあった地域では、消防士や救急隊、警官、役所勤めの人たちが「公僕」として、身を粉にして被災者のために働いてくれた。

 世界有数の富豪である柳井社長にとってみれば、ちょっとやそっとの災害で自分の生活が崩壊し、命が脅かされることなど想像すらできないかもしれない。だが、市井の人たちはそうではない。

 だからこそ、有事の時には皆が助け合ってきた。公務員が半分になって誰もが自分の利益だけを考えるようになれば、災害からの復興は難しくなる。カネがあればすべて解決できる、というわけではない。

 「彼は国会議員や地方議員も減らせと主張しています。ですが、農業問題に科学技術、金融問題など、各分野に詳しい人材がいるからこそ、新たな法律が出来る。会社のリストラのように数を減らせ、というのはいささか無理があります。多様な人材を切り捨ててしまうことが、結果として日本社会の不利益に繋がる面は否定できません」(社会工学者で京都大学教授の藤井聡氏)

 もちろん、柳井社長が日本を憂い、「なんとかしなければいけない」と焦る気持ちは本物だろう。

 日本はいまや7人に1人が貧困にあえぐ「超格差社会」。二極化が進むあまり、国が歪な形になり果てている。同時に国際的な競争力も加速度的に落ち込み、沈んでいくのを待っているかのような状況だ。

 それだけに、今回の柳井社長の「警告」には大きな意味がある。

 「ユニクロをここまでの巨大企業にした柳井さんですから、経営者として優秀なことは間違いありません。

 インタビューの中でも柳井さんは世界に通じる価値観、『真善美』を持って仕事にあたることが大事だと語っている。その点に関しては、非常に共感します。

 世の中には、本当に色々な立場の人がいる。それを踏まえ理解した上で、バランスのよい世の中を作っていくこと。それが必要なのでしょう」(前出・吉原氏)

 日本の現状に一石を投じた柳井社長。そのメッセージを、あなたはどう受け取っただろうか。

 

 「週刊現代」2019年11月2日・9日合併号より




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