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赤字のソフトバンクが宿す「WeWork」3つの懸念

孫社長の「誤差発言」多用がどうも気になる

田中 道昭 : 立教大学ビジネススクール教授
2019年11月07日

「今回の決算はボロボロ」と冒頭で語り、日本経済新聞の厳しい見出しの切り抜きをまとめたスライドを大嵐の写真とともに提示。

「救済型投資は今後、いっさいしない」と語り、市場での最大の懸念を払拭しようと試みる。

「反省したが萎縮はしない」と戦略やビジョンは不変であるというスタンスを明快に提示する――。

決算説明会に臨んだ孫正義社長は業績急悪化の要因になっているWeWorkについて細かく説明した(写真:アフロ)

ソフトバンクグループが11月6日に発表した今年度(2019年度)中間決算は営業損益が155億円の赤字と、1兆4207億円の営業黒字だった前年同期から大幅に業績が悪化しました。

投資先でシェアオフィス事業を手がけるWeWork(ウィーワーク)の経営不振を受けて、運営ファンドが巨額損失を計上したのが主な要因です。これを受けて孫正義社長が同日開いた決算説明会での説明と質疑応答は、ネガティブニュースが起きた際、上場企業の経営者が株式市場にどのようなエクイティーストーリーを提示すべきかの教科書的な内容が満載でした。

質疑応答では、各種メディアの凄腕記者たちの厳しい質問にも自ら率先して答え、一貫して真摯で謙虚な態度で臨んだ孫社長の対応は、起きているネガティブなニュースのインパクトを和らげるのに十分な効果があったように見えました。



「問題は『大幅減益』と『WeWork問題』」

説明がシンプルで明快なことも孫社長の真骨頂ですが、今回もイントロ部分の直後に、「問題は『大幅減益』と『WeWork問題』」であると自ら定義し、決算説明を展開しました。もっとも、本当に今回の問題の所在や本質は孫社長がシンプルで明快に定義したようなものであるのか? ソフトバンクグループに何が起きており、それをどのように評価すべきであるのか?
孫社長が決算説明会の冒頭で提示した「2つの問題」の1つは「WeWork問題」。

これが市場からの大きな懸念材料となっていたことは間違いありません。

そこで本稿では2つの問題のうち、とくに後者の問題設定についてフォーカスして見ていきたいと思います。
孫社長は「WeWork問題」をどのように捉えていたのでしょうか。またそれは市場にある懸念を払拭するに足るものだったのでしょうか。
WeWorkのIPO(新規株式公開)延期でソフトバンクグループの対応に注目が集まっていた中で10月23日、ソフトバンクグループは最大で95.5億ドルの「大規模な資金コミットメント」、さらにはソフトバンクグループCOOマルセロ・クラウレの取締役会エグゼクティブ・チェアマンへの選任といったWeWorkへの追加支援策を発表しました。
資金コミットメントの内訳は、TOB(株式公開買い付け)による株式取得で最大30億ドル、担保付きシニア債券11億ドル、無担保債券(ワラント取得)22億ドル、レターオブクレジットファシリティー17.5億ドル、既存コミット分の株式取得15億ドルとなっています。
孫社長は、これを、「救済ではなく、現金が流出することのない株式価値の洗い替え」「投資した株主価値が高すぎたので、現金を流出させることなく株式を安く仕入れた形へ株価の洗い替えをした」「WeWorkへの今回の投資はナンピン買い」と強調しています。

実際にソフトバンクグループによるWeWork株式の取得価額は、2019年1月時点の110.0ドル/株から追加支援を経た変更後11.6ドル/株になっています。


「WeWork問題」はP/Lの問題?

WeWorkの2018年売上高は約18億ドル(前年比105%増)で、2019年に至っては上期6カ月間だけですでに約15億ドルの売上高をあげています。

しかし、営業損益では2018年は約17億ドルの赤字、2019年上期は約14億ドルの赤字となっています。

この赤字体質がIPO延期の理由の1つです。
孫社長は、WeWorkの収益モデルを「粗利-経費=EBITDA」と表しました。

EBITDAとは、税引き前利益に特別損益、支払利息、減価償却費を加算して算出される利益で、収益力を示す指標の1つでもあります。そして、現在のWeWorkは「低い粗利-高い経費=赤字のEBITDA」になっているとし、この構造を改善することでEBITDAは伸びると述べています。

また、ソフトバンクグループはWeWorkのすべての不動産物件の価値やリスクなどを調査するデューデリジェンスを行った結果、物件の稼働率が伸びていくことで開業後6カ月を過ぎると収益を生み、12カ月を過ぎると高収益に転じると判断。WeWorkの新規スペース増加を一時停止すること、経費削減、不採算事業の整理という施策を講じるとしています。つまり、WeWorkの採算は「時間とともに改善」され、高収益へと「V字回復」するというストーリーを提示したのです。
では、「WeWork問題」の本質とは何なのでしょうか。私はそれを次の3点と見ています。
第1に、孫社長は損益計算書(P/L)に注目していますが、それもさることながら、貸借対照表(B/S=バランスシート)の問題でもあるということです。
WeWorkをサブリース会社(不動産管理会社などが不動産を一括で借り上げ、それを転貸することを主体とする)として見るとき、そのビジネスモデルは、スペースを借り上げることによって契約期間中は賃料を支払わなければならないという債務を負う一方で、いかにそのスペースに付加価値をつけてより高い賃料で貸し出すことができるのか、というシンプルな構造に集約されることがわかります。
そのスペースの転貸に当たって稼働率が悪く収入が低ければ、当然、債務問題が発生します。

とくに、WeWorkは長期リースでスペースを借り上げて、それを改装、付加価値を付けたうえで、最短1カ月単位で貸し出すというビジネスモデルであり、景気後退局面では債権債務のミスマッチ問題や不稼働リスクはより高まることが懸念されているのです。
2019年6月末時点で、WeWorkの親会社であるウィーカンパニーのバランスシートには約151億ドルのリース資産と約179億ドルの長期リース負債が計上されています。また、事実上債務超過の状態にもあるとも分析されており、非常に脆弱なバランスシートとなっています。

 

WeWorkはテクノロジー企業なのか?

第2に、「WeWorkはテクノロジー企業なのか」という論点です。
孫社長は、WeWorkの追加支援に際して、取得価額の110.0ドル/株から11.6ドル/株への変更を強調しています。

しかし、そもそも、なぜ想定時価総額でIPOが実行できなかったのか、なぜ投資家を募れなかったのか。
それは、もちろん利益が出ておらず、赤字体質であることも影響しているでしょう。

しかし、それ以上に、「WeWorkはテクノロジー企業なのか」という観点が重要だったのではないでしょうか。

WeWorkはテクノロジー企業として成長重視・拡大路線をとり、周りもそれを受け入れてきました。

ソフトバンクグループも、「WeWorkはテクノロジー企業である」としてAI群戦略のもと資金を投下してきました。
ところが、実際にはWeWorkはサブリース会社としての性格が強く、実は多分に過大な「不動産リスク」を伴いながら成長・拡大してきたとなれば、一般のサブリース会社と大差はない、むしろ過大なリスクを背負った不動産会社なのではないか、となるわけです。

私は、そうした市場センチメントがWeWorkのIPO延期の大きな要因であったと考えています。
IPO目論見書「FORM S-1」(2019年8月14日付)によれば、WeWorkの特徴は、自らを「スペース、コミュニティー、サービス、テクノロジーを統合するグローバル・プラットフォーム」と位置付けているところにあります。
グローバル・プラットフォームとは、不動産利用のサービス化である「Space as a Service」を土台に、第三者と一緒に構築するエコシステムによって、ライフスタイル、健康、家族サービス、フード、教育、保険、テクノロジー、ヒューマンリソース、エンターテインメントなどの領域で会員に対してワンストップサービスを提供するというもの。
そこでは、ビッグデータを収集しAIがこれを解析することによって、働く人々がワークスペースでどのように行動するのかについて理解を深めます。そして、そこで得られた知見をプラットフォームの強化、外部へオフィス・ソリューションを提供する「Powered by We」の展開などプロダクトやサービスの進化に結び付けるとしています。
WeWorkはテクノロジー企業なのか。

ソフトバンクグループによるWeWorkへのコミットメントの成否を予測するにあたってはこの点を注意深く見ていく必要があると思いますが、孫社長からの説明は「テクノロジー企業としての側面は(WeWorkが利益体質に改善されてからの)応用段階になってから」というものだけでした。

言わば現時点においてはテクノロジー企業ではないことを認めたような発言については、これまでテクノロジー企業であると主張してきた説明責任が十分に履行されていないものであると残念に思いました。


不動産リスクとしての「WeWork問題」

第3に、不動産リスクとしての「WeWork問題」です。
現在、WeWorkのリースのコミットメント金額は472億ドル。952億ドルのペトロブラス、513億ドルのシノペックに次いで、世界第3位のテナント企業になっています(2019年9月2日付Bloomberg Opinion記事)。
もし仮にWeWorkが事業を継続できないような事態にでもなれば、不動産オーナー、テナント、投資家など商業不動産市場全体へ深刻な影響が及ぶことは必至です。
アメリカにおいては、不動産市場で成長するWeWorkのようなビジネスモデルによって、不況時に商業用不動産が被る損失可能性について警鐘も鳴らされています。

また、そうしたビジネスモデルが小規模事業者向けの短期リースに依存することで、不動産オーナー向け銀行融資がこれまで以上に多くのデフォルトを発生させかねないとも言われています。
さらに、ホテルやオフィスなど商業用不動産へ行った融資などをまとめて証券化した金融商品のCMBS(商業用不動産担保証券)に関わる問題もあります。
不動産担保証券データベース会社Trepp社は、WeWorkが関わる不動産契約に付随して33億ドル以上のCMBSが発行されているとし、WeWorkがCMBSの裏付けとして抱えたローンが全CMBS市場の1%を占めるまで近づき、そのエクスポージャーは1社関連のものという視点からは看過できないレベルにあると述べています。

 

「誤差」が招いた一連の「問題」

孫社長は、本年度の株主総会において、「日本に欠けているのはビッグビジョンだ」と熱く語りました。

私自身も日本のビッグビジョンを背負い日本の活路を切り拓いている最有力経営者が孫社長であると確信しています。
そして、やはり指摘しておきたいのは、孫会長はこれまで大きな局面において有言実行してきたということ。

もちろんすべてではありませんが、根源的分岐点となるような大きな勝負どころでは「大ぼら吹き」であることを武器にするかのように有言実現してきています。
今回の「問題」についても、「WeWork問題」について限って見れば、2年単位くらいで「不動産企業としてのWeWork」の企業再建を実現してくるのではないかと予想されます。
その一方で、孫社長は最近、「誤差」という言葉を非常によく使うようになってきています。

10兆円ファンドをつくって投資を行い、さらに10兆円ファンド第2弾の組成も始めたからなのか、1兆円未満はみんな誤差だと言わんばかりです。

2019年2月に開かれたソフトバンクグループの決算説明会で、「純有利子負債は4兆円」としたうえで、厳密には純有利子負債額は3.6兆円だが、「4000億、5000億円は誤差だ」と言っています。
同じように、日本でライドシェアが認められていないのも「誤差である」と発言しています。

投資先であるウーバー・テクノロジーズがグローバルでライドシェア事業の覇権を握っているなかで、参入障壁も高くマーケットも縮小している日本で同事業ができないことは「誤差」にすぎないということを意味しています。
これまで、ブロードバンド「Yahoo!BB」のサービス開始時には自らNTTに乗り込んで交渉を行い、ボーダフォン日本法人を2兆円で買収した後は、自ら現場に入って陣頭指揮をとりました。

アメリカ・スプリント買収後も、ネットワークオフィサーとして四六時中、電話会議を行いました。
孫社長は現場を大事にし、現場の細かいことまで理解し、細かいところまで心配して行動する能力をもっています。

ただ、ソフトバンクグループのトップとしての役割だけでなく、10兆円ファンドの司令塔役ともなると、さすがに時間やエネルギーには限りがありますから、細かいことは誤差だと言って切り捨てていくしかないのかもしれません。
しかし、あまりに何もかも誤差だと言ってしまうと、本当に大切なことが見落とされてしまう可能性があるのではないでしょうか。本来、手でやるべきことを足でやってしまっているようなことがあるとすれば、それは非常に大きなリスク要因となります。
ソフトバンク・ビジョン・ファンドの投資先は多種多様で、とても孫社長1人でマネージし切れるはずがないことはよくわかります。だから細かいことは誤差だと言いたい気持ちもよくわかりますが、孫社長の求心力で成り立っているのがソフトバンク・ビジョン・ファンドである以上、誤差と言ってしまうことで曖昧になってしまうことが増大しているのではないかと危惧せざるをえません。その懸念が顕在化したのが今回の1件だったのではないでしょうか。
ビッグビジョンとともに誤差ではなくきめ細かいマネージメントを行っていくこと。
シンプルで明快なストーリーとともに違う視点からの懸念にも真摯に対応していくこと。
今や日本を代表する経営者となった孫社長には、「誤差と言わない経営」を期待しています。


Topics  Link=> 元国税が指摘。チュート徳井「正確に申告すれば税金は半分」の根拠https://otmlabo-blog.jimdofree.com/2019/10/31/%E3%81%8A%E3%81%8C%E3%82%8F%E3%81%AE%E9%9F%B3-%E7%AC%AC877%E7%89%88%E3%81%AE%E9%85%8D%E4%BF%A1/


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