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ダイソンがEVから撤退せざるをえなかった理由

テスラが築いた「高くて構わない」はもう飽和

池田 直渡 : グラニテ代表
2019年10月25日

イギリスの家電大手、ダイソンはEV(電気自動車)の開発から撤退することを発表した。

従来の内燃機関に比べれば、EVは部品点数が圧倒的に少なく、技術蓄積が必要なくなるとする見方から、「EVの時代になれば、参入障壁が下がり、既存自動車メーカーのアドバンテージが失われ、新興の異業種からの活発な事業参入が見込まれる」という説が巷間をにぎわした。

コンペティターが増えることで価格競争が進み、車両価格は数分の1に下がるとする意見も根強かった。
すでに家電の世界で先行していたように、いわゆる垂直統合型から水平分業型への構造移行が進むとされていた。

そしてまさに異業種からの参入の旗手と目されてきたのがダイソンであった。

すでに起きていた構造的変化について行けなかったと考えられる

創業者のジェームズ・ダイソン氏はEV開発プロジェクトで開発中の車両がすばらしいものであったことを強調するが、現実的に事業の採算見通しが立たず、事業の売却にも買い手がつかなかったという。
しかし、その話は矛盾する。すばらしい製品だが採算が合わず、かつ事業の引き受け手もいないという条件は不自然である。おそらく、ダイソンはEVのマーケット構造変化についていけなかったものと考えられる。

順を追って説明しよう。



☞ そもそもEVとは何なのか?

EVの目的は温室効果ガスを削減することにある。これが第一義で圧倒的に大事。

社会の使命として可能な限り早く化石燃料の使用をやめなければならないからこそのEVである。
内燃機関との比較上でのEVのメリットはいくつかあるが、上述の化石燃料廃止の手段という存在異議と、それ以外は少し階層が違う。

言ってみれば嗜好性的な領域である。
例えばEVならではの運転フィールがある。モーターの特性を生かした瞬間的な加速力

かつてのアメリカ車が自慢のV8ユニットの加速力を広告で「Kicking Asphalt(キッキング・アスファルト)」とうたったように踏んだ瞬間の異次元の加速力は魅力の1つだろう。3つ目は静粛性、内燃機関と比べると圧倒的に静かで洗練されている。

(出所)トヨタ自動車

社会的役務を背負い、商品として独特の魅力も備えるEVは、しかしながら今のところ、世の中の期待ほどには普及していない。

EVは2018年のグローバル販売台数実績で121万台。自動車全体におけるトータルシェアは1%少々。それが現実だ。新聞やテレビで頻繁に聞くEV新時代の話とはだいぶギャップを感じるだろう。
結局のところ、1%ちょっとのシェアという厳然たる事実がすべてなのだが、それではニュースバリューがない。なので部分に注目してトリミングして見せることになる。
例えばノルウェーだけを抜き出せば「環境先進国では3台に1台はEVだ」とも言えるし、20年前にはクルマそのものがほぼないに等しかった中国の伸び率を延長線で伸ばしていけば「●●年には内燃機関を抜く」と書くのも簡単だ。

トリッキーなトピックの作り方をしないと話題にならず、やろうとすれば扱い易い特性を持つ素材でもある。要するにニュースの編み方にモラルハザードを起こしやすいのだ。


EVの実績が伸びない理由

しかし、そもそもなぜ世界の期待を集めるEVが1%少々の実績に甘んじているのか?
実は自動車の黎明期からEVは存在した。しかしほとんど見向きもされずに内燃機関の時代が続いたのである。問題の本質は当時から同じだ。
エネルギー密度が低い。つまり「重量当たりのエネルギー量が少ない」。

クルマに仕立てるには航続距離が足りない。足りるようにするためには大量のバッテリーを搭載せねばならず、そうすると重いし高価になる。
「いやいや、エネルギー密度は目覚ましく改善されている」と反論する人が世の中にはいて、それは必ずしも間違ってはいない。

そのあたりにかろうじてメドがついたからこそ10年ほど前から各社がEVをリリースし始めたのだ。100年前と比べれば進歩がすさまじいのは認めよう。だが、商品として適正なバランスに達するには、まだあと100倍くらい進歩が必要だ。今の10倍ではまだ厳しい。EVは必須の技術であり、今後も継続的に開発投資が進むだろうが、2年や3年でどうにかなるレベルにはない。

早くとも2030年くらいまではかかるのではないか。
2019年の今、EVのバッテリーは1台分で200万円から300万円くらいのコストと言われている。

バッテリーだけでは走れないから、クルマに仕立てるとどうやっても350万円くらいにはなってしまう。
だからまじめにバランスのよいクルマを作ろうとすればするほど、お値段はお高め、航続距離は少しやせ我慢して「わりと余裕ですよ」と言えるくらい、装備は少し悲しめのEVが出来上がる。バッテリーが高いのがすべて悪い。このトラップから誰が抜け出せるかのレースが今のEVマーケットの本命だ。

 

テスラの発明

これらの状況を一点突破で見事にぶち破って見せたのがテスラで、彼らのコロンブスの卵は「高くていいじゃん」だった。それならば存分にバッテリーを搭載し、装備もガジェット好きのハートを打ち抜くようなギミックをモリモリに搭載できる。

まじめな自動車エンジニアが「環境のためのEVなのだから」と爪に火をともすようにバッテリー電力を節約するのを尻目に、EVはゼロエミッションだからどんなに電気を使ってもおとがめなしとばかりに、時速100キロまで3秒の加速でキャラクターを打ち出す

発電所が温室効果ガスを出すのは発電所の問題なので、クルマ側の問題ではない。そう割り切った。
こうやってプレミアムEVというジャンルを確立したテスラによって、EVは商品として初めて注目を集めることになったのだ。初めて客に喜んで買ってもらえるEVを製品化したという意味でテスラの功績は計り知れない。

ただし、それが環境社会の求めているEVかといえばそうではない。富裕層が求める新しモノとしての需要を喚起したにすぎない。つまりグローバル環境が求めているEVと脚光を浴びているプレミアムEVは、本当は同じものではない。そこにねじれ構造がある。

整理しよう。現在ビジネスモデルとして成立しているのはテスラのようなプレミアムEV。

儲かりはしないけれど、人類の責任として未来のために必要なのが日産自動車「リーフ」のようなバランス型EV

トヨタの超小型EV「コムス」(写真:トヨタ自動車)

そしてもう1つ下に都市内交通として短距離に特化したEVがある。

例えばセブン-イレブンの配達用に使われている安価な1人乗り超小型EV「コムス」。コムスは現状のバッテリーの性能を前提に考えれば、EVとして論理的に最も正しい解だと思うが、商品性はないに等しい。
ダイソンがこのうちどれをやろうとしたか? おそらくはテスラと、リーフとの間を狙っていたと思う。利益を出そうと考えればそこしかない。
しかしながら、この数年でその環境が激変した。プレミアムEVはもうレッドオーシャン化まっしぐらだ。既存の自動車メーカーが、グローバルな各種温室効果ガス規制を課せられた結果、プレミアム系の自動車ブランドは全社漏れなくそのマーケットへと転進を余儀なくされた。

テスラが見つけた正解「高くて構わない」が客に言えるブランドにしてみれば、従来よりケタ違いに速いEVスーパースポーツを作れば一定数売れるのは明らかなのだ。
すでにポルシェはタイカンを、ジャガーはI-PACEをデビューさせているし、フェラーリもアストンマーチンもロータスも、軒並み超高性能EVをリリースする。ランボルギーニはBEVは作らないそうだが、フォルクスワーゲングループの一員なのでポルシェ・タイカンのコンポーネンツはいつでも使える。

PHVの計画はすでに発表済みだ。もちろんすでに先行しているベンツ、BMW、アウディもラインナップを増やしてくるだろう。
掃除機ではハイブランドのダイソンだが、これらの名門ブランドと並べて選ばれるものに仕立てるのは難しい。加えて、ポルシェやジャガーはすでにそれぞれの伝統の乗り味をEVで再現するモデルを送り出し始めており、戦いは自動車としてのブランドアイコンを持たない新参メーカーにはすでに太刀打ちできない領域に入っている。


すでに旧来の自動車メーカーが群雄割拠状態

プレミアムEVが無理ならと言って、リーフのクラスは体力ゲージによほど余裕がないと入っていけない。

バッテリー性能が向上するまでひたすら赤字を垂れ流しつつ、マーケットに実績を作り続けるしかないが、野球に例えれば、現在守護神と目される「全固体電池」がマウンドにやってくるのはどんなに早くても2025年以降になる。
かといって、コムスのクラスはあまりにも地味で、ビジネスの成功も難しいだけでなく、それ以前に参入のメリットが少ない。ユニコーン企業になれる雰囲気は皆無だし、出資者から見てもわくわくしないだろう。

だめ押しのようだが、バッテリーとモーターさえあればクルマが作れるわけではなく、衝突安全などにも高度なノウハウが必要なことは、「EVブームの論調に踊る人がわかってない本質」(2018年4月24日配信)でも解説したとおりだ。
そもそも内燃機関がなくなっただけで誰でもクルマが作れるということ自体幻想であり、車体設計こそノウハウの塊だ。むしろ内燃機関は完成品を売ってもらうこともできるし、技術会社に設計と生産を委託することも可能だ。

全体を俯瞰的に捉え直すと、こういうことだ。社会に最も求められる商品は、バッテリー価格が問題で商品性に難があり、じっと技術革新を待っている。
それをクリアできるのが、高価であることを許容してくれるプレミアムEVのマーケットだが、すでに旧来の自動車メーカーが群雄割拠状態にあり、新参での参入はだいぶ厳しい。いちばん現実的な都市内トランスポーターの類いは、個人ユーザーが買いたくなりそうもない。
さて、ここで突如全員を出し抜いて出てくるのがトヨタだ。テスラが「高くて良いじゃん」でプレミアムEVを発明したのと同じく、トヨタもまた1点突破を成し遂げた。「航続距離要らないじゃん」。ただしこれはもう少し複雑だ。
トヨタはこう考えたのだ。結局バッテリーが高いのが問題だ。

それはそれで価格低減に向けての努力は進めていくとして「トヨタはEVに不まじめだ」という声もすでに無視できない。すぐに出せる商品がないと批判の嵐が止まない。
かと言って、今さらリーフクラスのEVを出しても、あの池には大して魚がいないことは多くのメーカーが身銭を切って証明済みで、絶望感の漂ういす取りゲームにわざわざ参入する意味はない。
結局はバッテリー価格が問題なんだったら、小型バッテリーでもOKな、航続距離のいらないユーザーに向けたクルマを作ればいいじゃないか? 

ビジネスニーズは航続距離を必要としない。100キロ走れば十分だ。都市内の移動なので最高速度も60キロでいい。それなら200万円もあれば十分だろう。あるいは150万円でも可能かもしれない。


☞ ダイソンにはなくてテスラとトヨタにあるもの

そうなるとトヨタは強い。営業が全力を挙げてEVビジネスカーの需要を探る。

例えば東京電力を筆頭とする電力会社の営業車とか、官公庁の公用車、郵政や銀行や保険などの公益性の高い事業主体は、可能であればEVを採用したいと考えている。

そしてこれらのビジネスユーズは安定的需要があり、定期的に必ず車両入れ替えが起きる
ただし現在、軽自動車で足りているそれを置き換えるものとして350万円のEVでは無理だ。つまり妥当な価格ならば本当はEVにしたいというニーズがほったらかしになっていたのである。

トヨタが市販を予定している超小型EV(写真:トヨタ自動車)

トヨタはすでにどこの社のどの営業所に何台というレベルで台数を読んでいると思われる。考えてみればまさにトヨタ生産方式。「売れた分だけ作る」とはこのことだろう。

ダイソンは3つあるEVのクラスの1番上に商機ありと見て参入したが、そこは誰の目から見てもいちばんおいしそうに見えるマーケットゆえに一瞬にしてレッドオーシャン化した。損切りをして撤退した判断はさすがと思うが、やはりゲームチェンジャーにはなれなかったことは大きい。

プレミアムEVでテスラが、ビジネスEVでトヨタがやって見せたゲームチェンジャーの指し手をダイソンは打ち込めなかったのである




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