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台風消滅技術はいつ完成するのか?

2019年10月21日

浜田和幸

稀代のアイデアマンが残した図面と野心

大型台風19号の猛威は凄まじいものだった。

実は、台風そのものを消滅させる技術の研究と開発に本気で取り組んだ経営者がいた。

大阪に本社を構える「太陽工業」の創業社長・能村龍太郎氏である。

能村 龍太郎

遊び半分で仕事をしているなんていうと、
社員が怒るかもしれないが、
遊び心でやると非常に能率が上がる。
精神的に余裕があるし、
好きで夢中になってやるから、
いいアイデアも湧いてくる。

 

1977年(昭和52年)、会長に就任。

 各種テントを中心に業績をのばし 技術開発を

 進め、東京ドームの屋根膜などの施工を担う。

   1985年(昭和60年)のつくば博では、テント

 パビリオンの 9割、大阪万博のアメリカ館な

 のパビリオンを手がける。



30年前にあった「台風消滅装置」の図面と野心はどこへいった?

☞ 日本列島を破壊した大型台風

ぶっちゃけ、大型台風19号の猛威は凄まじいものだった。
首都圏を中心に460万人に避難指示・勧告が発令されたのは前代未聞のこと。
新幹線も飛行機も運休や欠航が相次いだ。
大小を問わず、至る所で河川の氾濫も見られた。

アメリカを襲ったハリケーンもそうだが、日本列島を蹂躙する台風の勢力は年々大きくなる一方である。
確かに台風がもたらす雨は「恵みの水」として農業には欠かせない面もあった。
しかし、近年の大型台風は農業の基盤そのものを破壊する勢いがある。

 

台風の進路を自由に変える技術?

日本政府は事態を重く見て、2019年から「ムーンショット型研究開発制度」の対象に「台風の洋上の進路を操作して日本上陸を回避する技術」を認定した。
とはいえ、研究はまだ始まったばかり。
台風の進路を自由に変えるような技術がいつ完成するのか、見通しは立っていない。
地震の予測も思うに任せない状況下で、果たして台風の進路を思うように操る技術が開発できるのだろうか。

 

進路変更どころか「消滅させる」技術の研究も

実は、台風の進路を変えるのではなく、台風そのものを消滅させる技術の研究と開発に本気で取り組んだ経営者がいた。

大阪に本社を構える「太陽工業」の創業社長・能村龍太郎氏である。
戦後の混乱期に、食料の買い出し用のリュックサックを生産し、後には「太陽テント」を世界ブランドに仕上げた立志伝中の経営者だ東京ドームやアメリカのデンバー空港で採用されたテント構造の生みの親でもある。

将来の食料危機に備え、琵琶湖の湖底に飲料水や保存用食料を備蓄するテント製の収納器を開発するなど、稀代のアイデアマンでもあった。

 

30年前にあった「台風消滅装置」の図面

筆者は日本列島周辺の海底に眠るメタンハイドレートの開発(燃える氷 メタンハイドレート)と安全な回収に向けて、生前の能村氏とさまざまな議論を重ねたものだ。その能村氏が自信たっぷりに図面を見せてくれたのが「台風消滅装置」であった。

移動する台風の目に向けて「ヨウ化銀」ミサイルを撃ち込むことで、海面温度を低下させ、台風を雲散霧消させるという触れ込みであった。既に30年近く前の話である。
「国際特許の申請もしている」と、熱弁を振るう姿が今でも思い出される。
残念ながら、能村氏の逝去に伴い、この野心的な技術はお蔵入りになってしまったようだ。

実は、似たような研究はアメリカでも中国でも進んでいる。
ぶっちゃけ、大阪御堂筋パレードを快晴の下で開催させてきた「晴れ男、能村龍太郎氏」の遺産を「ムーンショット計画」でも最大限に生かしてもらいたいものだ。



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