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会わないでいるとますます会いにくくなる理由


統計的に見ればきれいな反比例の法則に従う

矢野 和男 : 日立製作所フェロー
2019年10月09日

「さる者は日々にうとし」と言いますが…

私たちは人と会い、別れ、また会う。その頻度はさまざまで、ある人とは毎日会うし、別の人とは週1回会う。もっと不定期の場合もある。

この面会という現象の変化を定量化する指標として、最後に会ってから次にその人に会うまでの期間を考え、これを「面会間隔」と呼ぶとしよう。

例えば、あなたは、上司のF課長と昼食を一緒にとって、午後1時に別れたとする。次に午後3時の打ち合わせで、再度F課長と会ったとする。

このとき、面会間隔は、1時から3時までの時間をとって、2時間である。
この会っていない状態から会っている状態へ変わる、という離散的なイベントが起きる確率を考えよう。

これは1秒あたり10%の確率で起きるかもしれないし、1秒あたり30%の確率で起きるかもしれない。


「ポアソン分布」とは?

面会というイベントが一定確率でランダムに起きるとすると、これは統計学では「ポアソン分布」に従うという。
道に立って、タクシーの空車に出会うまでの時間はポアソン分布に従う。
その道に空車のタクシーが平均どれくらい存在しているかは統計値としては決まっているが、実際には、運がよければすぐつかまるし、運が悪ければ長く待つ場合もある。何度も試行すれば、平均の待ち時間を調べることもできる。これがポアソン分布である。
平均待ち時間τ(ギリシャ文字の「タウ」)に1回タクシーと出会う確率として方程式に表すことができる。
人との面会の場合、例えばF課長に会う確率は、どうだろうか。平均1時間に1回のポアソン分布に従うだろうか。
拙著『データの見えざる手:ウエアラブルセンサが明かす人間・組織・社会の法則でも解説しているが、私たちが開発した名札型のウエアラブルセンサを用いて、実社会で起きる面会のデータを大量に収集してみると、人に面会する確率は時間に対して、前述した一様なポアソン分布にはならないことが明らかになった。
これまで、私たちは延べ100万日という大量の人と人との対面データを計測してきた。
この中には、経営者から新入社員まで、技術者から営業職まで、多様な人たちが互いに会ったり、会わなかったりするデータが含まれる。
人と対面したり、1人になったりという変化を大量データから解析した結果によれば、再会の確率は最後に会ってからの時間が経過するに従って低下していくのだ。最後にある人に会ってからの時間をTとすると、再会の確率は1/Tに比例して減少していく。
例えば、あなたがF課長と最後に会ってから、1時間経ったとしよう。このときに再会する確率をPとすると、2時間後にはこの面会確率がP/2、3時間後にはP/3になる。この法則性が、会社幹部でも、新人でも、営業職でも研究者でも成り立つのである。
一言でいうと、最後に会ってからの時間(期間)が長くなると、ますます会いにくくなる(面会確率が下がる)ことが明らかになった。
そして、それはきれいな反比例の法則に従うのである。これを「1/Tの法則」と呼ぼう。
幅広い人たちが、まるで見えざる手に従うように、この「1/Tの法則」に従う。統一法則に基づき行動するのである。

面会確率を基準に考えると時間の流れは一様ではない
「さる者は日々にうとし」
親しかった人も、会わなくなると、縁遠くなることを古人はこのように表現した。
これは見方を変えれば、去ってしまった人との間では、時間は一様には流れないとも読める。
実は先の結果は、大量の計測データによる分析により、この言葉を定量的な法則として確立したことになる。時間の流れは速くなったり遅くなったりするのだ。
例えば、あなたの仕事には、さまざまな段階でF課長に会って報告したり、承認を求めたりしなければ進められないものがあるとする。
この状況では、F課長との面会が、あなたの仕事のうえでの時計の役割を果たすことになる。
つまり、あなたとF課長との面会の確率が低くなると、仕事のうえでの時間の進み方が遅くなる(仕事がなかなか進まなくなる)ことになるのだ。
逆に、この仕事のうえでの時間の進み方を基準にして、物理的な時計の進み方を見直してみよう。
F課長と最後に会ってから物理的時間が経つと、面会確率が低くなり、仕事時間の進み方が遅くなり、仕事が進まなくなる。
これを、仕事時間を基準にして捉えなおすのだ。
仕事の進み具合を基準に物理的時間の進み方を捉えるとすると、時計の進み方は速く見えるはずだ(つまり、仕事は進まないのに物理的時間ばかりが過ぎる)。
1日後より2日後は、2倍も時計の進み方が速く感じられる。4日間もF課長と会わなかったとすると、4倍も時計の進み方が速く感じられるのである。
すなわち、時間は一様に流れるのではなく、面会間隔が空くほど、速く進むようになるのである。
人間や社会の科学を定量的に突き詰めていったら、古来知られていた知恵を再発見したことになる。
しかし、ただことわざを使うのとは、定量的な科学的データがあることが決定的に異なり、重要だ。
「さる者は日々にうとし」といっても、以前は、単に誰かの主観的感想を述べていたのかもしれなかった。
したがって「私は、そう思わない」「今は、時代が違う」と言えた。データがあるとこれが変わる。
実は、この1/Tの法則が成り立つのは、面会だけではない。
例えば、すでに、アメリカのノースイースタン大学のアルバート・バラバシ教授は、電子メールを受け取ってから返信するまでの時間を調べた大量データを収集し、その解析を行っている。
改めて、この法則の観点からバラバシ教授のデータを見なおすと、この電子メールの返信までの時間も、電子メールを受け取ってから時間が経つほどに、返信する確率が低くなることがわかった。返信までの時間をTとすると返信確率はTに反比例する(1/Tに比例する)ことを見いだしたのだ。
すなわち、電子メールを受け取ってから、返信するまでの時間は、「1/Tの法則」に従うのである。
メールを受けてから返信するまでの時間が長くなるほど、返信する確率が下がってくるのである。
さらに、大阪大学特任教授の中村亨氏らは、人間の日常生活の中での安静状態(動きの穏やかな状態)がどれほど続くかを調べた。
安静は、立ち上がったり、人に話しかけられたりすることによって途切れるわけであるが、安静から活動状態への遷移がいつ起きるかを加速度センサで計測した。そのデータも見なおしてみると、安静状態がT時間続くと、活動に転じる確率が1/Tになることがわかる。
安静が2時間続いたときには1時間続いたときと比べて活動に転じる確率が1/2になるのである。
ここでもまた「1/Tの法則」が成り立つことがわかった。安静を続けるほど、活動に転じにくくなるのである。
この中村氏らのデータのさらに重要な点は、健常者とうつ状態の人とを比較したデータをとっている点である。
このデータを解析すると、健常者もうつ状態の人も共に「1/Tの法則」に従い、安静から活動に転じる。
ところが、その安静から活動への遷移確率は、健常者のほうが、うつ状態の人よりもおよそ20%高いことがわかった。
すなわち、この活動への遷移確率を測定すれば、人がストレスの影響を受けていく変化を捉えられる可能性があるわけである。
活動への遷移確率の計測は、ウエアラブルセンサで可能である。
自分のストレスレベルを簡単に私たちが自ら確認できる可能性が出てきたわけである。

「続ければ続けるほど、止められなくなる」法則
さらに重要なことが見つかった。
東京工業大学の三宅美博教授は私たちとの共同研究で、一般的に、動きを伴う行動の持続時間が、この「1/Tの法則」に従うことを見出した。
ウエアラブルセンサで計測した、人間行動の大量の記録を解析した結果、一旦動きを開始すると、その動きは、時間が経つほどにやめる確率が小さくなることがわかった。
このように、最後にその人に会ってから次に会うまでの面会間隔、電子メールを受け取ってから返信するまでの時間、安静状態から活動に転じるまでの時間、動きを伴う行動の持続時間という4つの行動とその時間が、いずれも「1/Tの法則」に従う。これは、この法則が幅広い人間行動において基本的な役割を果たしていることを表している。
この法則は、言葉で表現すると「続ければ続けるほど、止められなくなる」ということである。
その人と会わないでいること、電子メールに返信しないでいること、静かに休んでいる状態、動きをともなう行動は、どれもこの「続ければ続けるほど、止められなくなる」という性質があるのである。

◆「生産性を上げるには、従業員を幸せにすればいい」という話

ビッグデータとAIを駆使した、新時代の生産性研究の名著『データの見えざる手』が文庫化されました。

本書の単行本版は、最近の「働き方改革」や生産性向上にかんする議論を先取りする形で、2014年に刊行されました。しかも、人々が働く現場で実験・計測した科学的研究を元に生産性にかんする議論を展開しており、その内容は現在も他の追随を許さない高みにあると言えます。
では、具体的には、生産性はどのような方法によって上がるのでしょうか。

本書ではいくつか実例が挙げられていますが、端的な例を挙げれば「従業員が幸せになればいい」というものです。以前にも心理学者などによるアンケート調査を使った実験により、従業員が幸せな状態になると生産性が高くなることは、数多くの研究で示されていました。

しかし、アンケート調査では、リアルタイムで「幸福度」を測ることができず、幸福になるような施策を行った結果を、詳細に計測することはできませんでした。
ところが著者らは、従業員の体の動きを詳細に検知するウエアラブルセンサのデータを分析し、アンケート調査による幸福度と非常に相関の高い、体の動きのパターンを抽出することに成功。これを指標とすることで、リアルタイムに幸福度を測定することを可能としました。これを応用した実験の結果は驚くべきものです。
ある職場で、それまではシフトの関係から、従業員が時間をずらしてバラバラに昼食をとっていたものを、なるべく同世代の人同士で一緒に昼食をとるように変更する実験を行いました。すると、従業員の幸福度の指標が上昇、生産性(本実験の場合は受注率)も13%向上した、というのです。会社側はまったくコストをかけず、ただシフトを工夫しただけで、生産性を向上させることができたことになります。


◆これまでの常識を覆す、生産性向上のヒントが満載

本書にはこの他にも、驚くべき生産性向上施策の数々が紹介・解説されています。「量販店の店舗で、ある特定の場所に従業員がいつもいるようにするだけで、顧客の購買単価が15%向上した」とか、「職場で各人の『知り合いの知り合い』の数が増えるように、互いを面談させる介入を行ったら、開発遅延がなくなった」など。いずれも、センサとデータ、AIなどを活用して行われた生産性向上施策です。
面白いのはAIやデータを活用した結果、行われた生産性向上施策の方が、管理と長時間労働に頼った従来の方法より、ずっと人間的で、ずっと効果的なことです。


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