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「人生の最期」の7日間に起きる知られざる現象


名医が教える「ご臨終」の不思議な世界

志賀 貢 : 医学博士、臨床医
2019年10月08日

高齢社会がここまで進んだ今、人々の「人生の最期」への関心は、静かに、しかし確実に高まっている。

高齢の親と同居する働き盛り世代も多くなり、「臨終」への不安や疑問は、当事者のみならず、その家族にとっても深い関心事になっているからだ。
だが、人の最期の前後には、病気の進行などとは別に、すぐには理解できないような不可思議な現象――「中治り現象」や「お迎え現象」など――もよく起こり、人の死に直面する現実はいつか必ずやってくることを考えれば、そのあたりの疑問はできるだけはっきりさせておいたほうがいい。
この記事では、死期が近づいた人によく見られる奇妙な現象をはじめ、彼らの心身に生じている実際の変化について、新刊『イラストでわかる ご臨終の不思議な世界』を著した医学博士・志賀貢医師に、その長年にわたる医師人生における経験を基に解説してもらった。

「中治り現象」という不思議

人の命が、あと7日、いや5日かもしれないという危篤状態に陥ると、見舞いに来た親族や知人も半ば諦め顔になり、ため息をつくことが多くなるものです。しかし、こうした状況で、家族たちをびっくりさせる現象が病棟ではよく起こります。死を間近にした人の「中治(なかなお)り現象」と呼ばれる不思議な回復です。

意識がもうろうとし、口にいっさい食べ物を入れない状態の患者さんが突然、目をパッチリと開け、「水を飲みたい」「アイスが食べたい」などと訴える。その様子に、世話にあたる病棟スタッフは、これは「中治り現象」かもと気づきます。家族も、急に元気になった患者さんの様子に驚きます。ひょっとしたらこのまま回復して元気に暮らせるのではないか、病気が治って自宅に戻れるのではないか、などと期待する家族も少なくありません。

実は、このように患者さんの容態が一時的に回復する現象は日本だけのことではなく、欧米ではこれを「last rally(ラスト ラリー)」と呼んでいます。日本語に訳すと「最後の回復」とでもいえるでしょうか。

「ラリー」とは、砂漠を走る車のレースを思い浮かべていただければと思いますが、砂漠の過酷なレースで、困難を乗り越え、奮い立ちながら突っ走る様子を、人の命が燃え尽きる前の奮い立った状態に重ね合わせているのかもしれません。
ろうそくの炎は、ろうが溶けてなくなってくると勢いが失せますが、ほとんど芯だけの状態になり、いよいよ消えるのではと思った瞬間、急に明るい光を放ち、その直後に燃えつきる様子は誰でも目にしたことがあるでしょう。

こうした「中治り現象」は、日本では古くから、ろうそくが燃えつきるときの様子によく似ているといわれてきました。ろうそくのエネルギーであるろうの原料は、石油から作られたワックスですが、中治り現象では、副腎皮質や自律神経などから分泌されるアドレナリンノルアドレナリンというホルモンがエネルギー源になっているようです。

「脳内麻薬」と「幸せホルモン」

さて、人が死に近づくと、寿命が尽きようとしている細胞を守ろうと、体のあらゆる器官が懸命に努力を始めますが、中でも脳の働きは重要です。

「脳内麻薬」と呼ばれる微量物質を分泌し、少しでも命が長らえるよう頑張るのです。

脳細胞から分泌される代表的な物質には、ドーパミンやセロトニン、オキシトシン、アドレナリンなどがあります。

ドーパミンは、近頃高齢者に増えているパーキンソン病とも深く関係し、このホルモンが減少することで発症するとわかって以来、この病気の治療も一気に進みました。ドーパミンは、脳の中脳と呼ばれる部分から分泌されます。

喜怒哀楽と深い関係があり、意欲を高め、幸福感をもたらす作用があるので「脳内麻薬」とも呼ばれています。

このほか、「幸せホルモン」と呼ばれるセロトニンは、感情や行動などをコントロールし、精神を安定させる働きがあります。それによってドーパミンと同じく幸福感をもたらすことから、そう呼ばれているのです。

また、脳下垂体から分泌されるオキシトシンも幸福感をもたらしますが、これらの物質にアドレナリンなどの作用が加わり、「中治り現象」を引き起こしているのではないかと考えられています。


人がターミナルステージ(末期)の状態に近づくと、中治り現象のほかにもう1つ不思議なことが起こります。それが「お迎え現象」です。

急に患者さんの口から「娘が来た」「孫を見た」などという言葉が聞かれるようになったりする。そのたびに病棟スタッフは、顔をのぞき込んで「夢でも見てたの?」と声をかけますが、いきなり体を起こし、「今、そこの入り口で娘と孫が手を振っていた」などと言うことがあるのです。そんな光景を見てスタッフは、「そろそろ親族に患者さんの死期が近づいていることを知らせなければ」と顔を曇らせます。

こうした現象は、不思議で非現実な出来事なのですが、「娘が見舞いに来た」「孫が手を握ってくれた」などとうれしそうな表情を見ていると、これは天国への旅立ちを控えた患者さんへの神様の粋な計らいなのかもしれない、と思うことさえあります。


「幻覚」と「幻聴」

ベッドで静かな療養生活を送っていた患者さんが、ある日を境に急に大声を出したり、奇声を発したりするケースもあります。これも「お迎え現象」の1つと思われます。

なぜ、そのようになるのか。私たち医師は、おそらく「幻覚」や「幻聴」が患者さんを襲っているのだと想像しています。体が弱り、多臓器不全の状態になると、脳にも大きなダメージが加わります。

脳が正常に働けなくなると、幻覚や幻聴といった症状が現れることがあり、それが患者さん本人を驚かせ、その恐怖から声をあげているに違いないのです。


以上、臨終間際の人によく見られる不思議な現象から、彼らの心身にいったい何が起こっているのかについて、医療の見地に立ってお伝えしましたが、「死にゆく人の心に何が起きているのか」をざっと把握していれば、その人に対するいたわりの気持ちもより一層高まるのではと思います。
「死」というものは、誰でも決して避けては通れません。

でも、単に恐れを抱くべきものではありませんし、自分の家族、ひいては自分自身の「死」に向き合うときの知恵として、今回お伝えしたことを覚えておいていただければと思います。


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