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文章を正しく理解できない人がAIに負ける理由

中学生平均を下回る水準の上場企業社員も

中島 順一郎 : 東洋経済 記者

2019年10月07日

 急速な進化を続けているAI(人工知能)。すでに身近な商品やサービスに組み込まれ始めており、いずれAIに代替されてしまう仕事も出てくるだろう。「AI(人工知能)時代を生きるためには読解力が必要だ」。新井紀子・国立情報学研究所授はそう断言する。新井氏は「ロボットは東大(東京大学)に入れるか」(東ロボ)というAIのプロジェクトを率いた数学者だ。東ロボは2016年の高校生向け模擬試験で、MARCH(明治大学、青山学院大学、立教大学、中央大学、法政大学)クラスの複数の大学に「合格可能性80%以上」という判定をたたき出した。AIの力を世に示した新井氏が、なぜ読解力の重要性を説くのか。それはAIの弱点も知るからだ。実は東ロボでは、東大合格が難しいという判断に至った。国語や英語の長文読解に歯が立たない、図の示す内容がわからないといった課題を克服できなかったためだ。

AI意味を理解できない

 AIが不得手とする読解力を鍛えるにはどうすればよいのか。

「AIは“意味”を理解できない」と新井氏は言う。その理由はAIの仕組みにある。

「モーツァルトの最後の、そしてたぶん最も力強い交響曲はこの惑星と同じ名前をしている。この惑星の名前を答えよ」という問題をAIはどう解くか。

まず問題文を単語に分解して構文解析を行い、膨大なデータから重要なキーワード(「モーツァルト」「最後」「交響曲」など)を決める。それをウェブ上にあるような大量の情報の中から検索し、キーワードと一緒に現れる惑星の名前があれば、それを答えとして返す(なお正解は「ジュピター」)。

つまりAIは文を読んでいるのではなく、確率と統計に基づいてデータ処理をしているだけ。

その結果として、答えが「よく当たる場合がある」というのが実態だ。しかも答えの正しさは保証できない。
AIには常識がない」とも新井氏は言う。例えば「インタビューでやってはいけないことは何か」と尋ねても、AIは答えられない。インタビューで「やること」はデータとして出やすいが、「やらないこと」のデータは集まりにくいためだ。

一方で、人は意味を理解し、常識で判断できる。

AIは上手に設計して適切なところに応用すれば機能するが、リアルな社会での常識や文脈に依存するものなどを読み解く力はない。人が鍛えるべきはまさにその力だ。 

中学生の平均を下回る社員もいる

ところが、ビジネスパーソンの現状は楽観できない。

新井氏が開発を主導した、基礎的・汎用的読解力を測るリーディングスキルテスト(RST)の結果分析によると、東証1部上場企業にも、正答率が中学生の平均並み、項目によっては中学生の平均を下回る社員がいるという。
RSTは専門知識がなくても、文章が読めれば答えを導き出せるようになっている。以下はその問題例だ。まずは解いてみてほしい。

以下の文を読みなさい。 

真核細胞の呼吸の材料となる有機物は主にグルコースで、細胞に取り込まれると、ミトコンドリアの酵素などによって分解反応が進み、無機物に分解される。 この文脈において、以下の文中の空欄に当てはまる最も適当なものを選択肢のうちから1つ選びなさい。

・(  )は細胞内で分解される。

ミトコンドリア ②グルコース ③真核細胞 ④無機物

 答えは「②グルコース」だ。こうした問題を間違ってしまうビジネスパーソンが少なくない。

1つの組織内でも、職種によって読解力に差のあるケースがある。ある病院では読解力が高い順に医師、看護師(大学卒業)、看護師(専門学校卒業)と事務員、介護福祉士(専門学校卒業)となった。医師の指示をそれ以外のスタッフが理解できておらず、指示と異なる処置が悪意なく行われるリスクがある。職種で差がある例は、製造業や金融業、不動産業などにも見られる。 

読解力のないAIに負ける高校生

懸念はほかにもある。15歳を対象にしたPISA(OECD生徒の学習到達度調査)における日本の読解力の順位は、2006年を底に上昇していたが、2015年は再び下がった。

2015年はコンピューターを使用した調査に移行した影響があるとはいえ、改善に向けて取り組んだほうがいいことは間違いないだろう。

また前述した東ロボの成績が高かったのは、裏を返せば、読解力のないAIに負けている高校生が多かったということだ。
「教科書をきちんと読めるレベルにある高校生が少ないと聞き、深刻に受け止めている」(経団連副会長の岡本毅・東京ガス相談役)、「読解力のない小・中学生が社会に出たときに、企業はどう対応すればいいのかという不安がある」(嶋本正・野村総合研究所取締役〈前会長〉)と、経済界も危機感を抱く。
文章が読めなければ、教科書や資料、マニュアルなどがあっても理解できず、自ら学ぶことが難しくなる。

その結果、AIに職を奪われても、新しい仕事に移れないという事態が今後起こりうる。読解力を高めることは急務だ。



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