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小胞体ストレスとは?


細胞内たんぱく質工場、不良品たまると病気に

2019年9月16日   朝日新聞デジタル

 糖尿病やアルツハイマー病、骨の難病や不妊など、さまざまな病気に「小胞体ストレス」という細胞内の現象が関係することがわかってきた。研究成果には日本人研究者が貢献し、ノーベル賞も期待される。どんな現象なのか。

 小胞体ストレスとの関わりがわかってきた病気の一つが、国内に約6千人の患者がいる難病の骨形成不全症だ。

の病気は、たんぱく質の一種コラーゲンの異常が原因で、骨がもろく折れやすくなる。

 骨の細胞の中には、このたんぱく質をくみたてる「小胞体」がある。この病気では、遺伝子の変異によって、異常なたんぱく質が小胞体にたまる。
 環境変化や遺伝的要因で、異常なたんぱく質が小胞体にたまることを「小胞体ストレス」という。

過剰なストレスは、最終的に細胞死を引き起こす。
 患者のiPS細胞を使って、この病気の治療薬の候補を探す京都大の戸口田淳也教授は「世界では、この小胞体ストレスを標的にした薬の開発が盛ん」と話す。
 小胞体ストレスと関係がある病気はほかにもある。血糖値を調節するたんぱく質の一種インスリンを作る膵臓(すいぞう)の細胞で、異常なたんぱく質がたまると細胞が死に、糖尿病になる。

アルツハイマー病やパーキンソン病といった神経の病気も、脳内の神経細胞に異常なたんぱく質がたまって細胞死を起こす。
 小胞体ストレスを標的にする薬を開発すれば、さまざまな病気に応用できる可能性がある。

東京大の原田美由紀講師らは、不妊を引き起こす多嚢(のう)胞性卵巣症候群と、小胞体ストレスとの関連を研究している。この病気は、卵巣内の組織が線維化して硬くなり、うまく卵子が発育しなくなる。

 原田さんらは卵巣内の細胞で、男性ホルモンが小胞体ストレスを引き起こすことを突き止めた。

病気のマウスで小胞体ストレスを抑えると、卵巣の線維化を食い止められた。原田さんは「肥満でも卵巣の細胞で小胞体ストレスが増える。生活習慣を見直し、小胞体ストレスをなるべく起こさないようにすれば、卵巣の機能低下を遅らせられるのではないか」と話す。 小胞体に異常なたんぱく質がたまってストレスがかかっても、すぐに病気になるわけではない。実は、異常なたんぱく質がたまるのを防ぐ「小胞体ストレス応答」という仕組みが見つかっている。

 この仕組みを、小胞体をパソコン工場に例えて説明してみよう。

商品のパソコンにあたるのがたんぱく質だ。
まず、細胞の核からパソコンに必要な部品が工場に送られる。工場の中にいる組み立て役が、パソコンを完成させる。
完成したパソコンは、工場外に出荷される。 

 ところが、パソコンの発注が多くなると、工場に負荷がかかり、形のおかしな不良品もできてしまう。この不良品がたまることが、小胞体ストレスだ。 

 工場の中にいる監視役「センサー分子」が不良品を見つけると、工程をいったん止め、不良品を修理するために、組み立て役の増員を求める。それでも直せない不良品は、解体する。これが小胞体ストレス応答だ。

細胞内で正しくたんぱく質をくみたてるための品質管理の仕組みといえる。
 全たんぱく質の3分の1は細胞内の小胞体でくみたてられる。

小胞体ストレス応答がうまく働かないと、異常なたんぱく質がどんどんたまり、最終的にその細胞は死んでしまう。


 小胞体ストレス応答の仕組みが明らかになり始めたのは、1980年代後半。

米テキサス大の研究チームが、小胞体に異常なたんぱく質がたまると、それを修復する仕組みがあることを見つけた。

 最初は、小胞体がどうやって異常なたんぱく質を見つけているのか、詳しいことはわからなかった。

それを突き止めたのが、テキサス大に留学していた京都大理学研究科の森和俊教授だ。
 森さんは、哺乳類の細胞よりも単純な仕組みの酵母を使って実験を繰り返した。

研究競争は激しさを増し、森さんは「負けたら終わりか」と焦り、夜中に大量の汗をかくこともあったという。

最終的に、小胞体で異常なたんぱく質を検知するセンサー分子を見つけた。
 ちょうど同じころ、米国の別の研究チームが、まったく同じセンサー分子を発見した。

別のチームの論文のほうが、ほんのわずかに発表が早かったが、森さんらのほうが詳しく解析していた。

二つの研究チームによって、小胞体ストレス応答という分野が確立されていった。
 森さんは日本に帰国後、ヒトの細胞を使った実験に切り替え、小胞体ストレス応答をさらに詳しく解き明かすことに挑戦した。

99年には酵母には存在しないタイプのセンサー分子をヒトで発見した。
 こうした研究が高く評価され、2009年にはガードナー国際賞、14年にはラスカー賞という有名な国際賞を受賞した。ノーベル賞の受賞も期待されている。
 森さんは現在、生き物の成長に合わせて細胞の仕組みを調べやすいメダカを使って、小胞体ストレスのさらなる解明を進めている。

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 <腸守るため、抗体作り> 腸内細菌と戦うために多くのたんぱく質を作る腸の細胞は、常に小胞体ストレス状態だ。

  大阪市大の細見周平講師らは、小胞体ストレスによって腸を保護する抗体が作られることを発見した。

  過剰なストレスでこの仕組みが崩れると、潰瘍(かいよう)性大腸炎などの病気になると考えられる。


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