ものづくり未来戦略


-人工知能がもたらす製造バリューチェーンの新たな最適化-

NEC データサイエンス研究所   森永 聡

 近年、AIやIoTをはじめとしたデジタルテクノロジーの進化と活用範囲の拡大が進み、生産現場の多くの設備の自動制御、生産ライン等の自動スケジューリングが可能となりつつあります。

一方、需給やリスクのAI分析は進んでおり、これらのAIが協調・連携動作を行うことができれば大きな価値が提供できることが予想されます。

特に様々な製品やサービスが変種変量で提供されるマスカスタマイゼーションに社会が進むと、その連携の価値は益々増加すると考えています。

もし営業の受発注の条件交渉が、AIの支援によって自社のリソース管理をもとにきめ細やかにできたら

例えば、ある製品の調達を検討しているA社、加工と組立てが得意なB社、必要な特殊材料が作れるC社を想定します。

これらの会社間で、取引先候補としてのお互いの発見と、必要な材料の提供や加工・組立に関する納期・金額等の条件交渉をAIにより支援/自動化するしくみ(例えば マーケットプレイス)ができたら、各社にとっての商機の発見や契約条件の最適化を通じた、最終製品の生産に必要な会社間での役割分担と協調動作が実現されます。

各会社での調達や生産を管理するAIは賢くなってきており、それらが一定の社会ルールを守ってつながることができれば、受発注や物流手配など様々な条件交渉をAIが支援する社会が実現されます。


営業をサポートする「受発注条件を調整するAI」とは

納期・金額等の条件交渉を支援/自動化するAIとは、「相手に提示すべき合意条件案の自動生成」および「提示された合意条件案に対する受諾/拒否の自動判断」を自動的に行うものです。この分野では多くの研究が進んでおりますが、ここ数年では国際自動交渉エージェント競技会が開催され、世界中から約20団体が集まって競い合っているホットな研究領域でもあります。またFacebookが昨年6月に、自然言語による自動交渉AIを深層学習技術によって構築し、人間の交渉者に対して互角以上の交渉力を獲得することに成功したことを発表しました。

この技術開発においては、実際の交渉の履歴データからの機械学習と、セルフプレイのアプローチ(強い交渉力を持つAIに対して、それに勝つように別のAIをチューニングすることを繰り返し、ますます強い交渉力を持つAIを生み出していくこと)がとられており、強い技術や大量のデータを持っているところが、その改良の速度を速くすることが可能です。これらの研究の実用化により製造バリューチェーンの最適化を実現していきます。

受発注条件を調整する交渉AIと自社の様々なシステム・AIとの統合が必要

IoTの進展に伴い、開発・製造・物流・サービスの様々なプロセスの情報がリアルタイムに利用可能となりつつあり、これらのプロセス情報は設計、調達、組立、輸送といった企業間のバリューチェーンのマネジメントに活用することが可能となってきています。

しかしながら現在はその企業間の条件調整が人手で行われており、少数企業との少ない選択肢の中での調整しかできていないため、バリューチェーンを臨機応変に最適構築することは難しい状態です。

そこで条件調整を支援/自動化する交渉AIの登場です。

一方、プロセス情報をリアルタイムに利用し自社の生産能力や設備稼働状況を把握するシステム・AI、また生産スケジュールや設備稼働の最適化を行うシステム・AIの導入・高度化が多くの企業で進められている状況ですが、それらのシステム・AIとこの交渉AIを接続する工夫が必要です。

この統合により受発注条件の調整が行われ、調整効率化、少量・短納期・低コスト生産、新規取引先の発見、稼働率向上の実現が期待されます。


営業をサポートする「受発注条件を調整する交渉エージェントAI」

製造バリューチェーンをつなぐ受発注条件のやり取りを具体的に紹介します。

皆様の部品調達部門では、お客様の製品仕様に合わせた製品製造計画を基に様々な部品の手配が必要です。

例えばA部品が必要となった場合、部品Aに関する情報(仕様・品質・価格・納期)を、交渉プラットフォームを有するマーケットプレイスにエントリーします。

もちろんここではこれまでのような電話でのやり取りではなく、ある一定のルールに従った例えば業界標準的な仕様で記述したものを掲載すると、それを見た部品Aを製造可能な製造業者が受注側の条件(仕様・品質・価格・納期)を提示してきます。

そこから、交渉エージェントは、自分たちの社内条件(例えば工場のスケジュール、ラインや工数の管理、在庫の様子等)に合わせて価格・納期等を調整することで、自社の利益が最大になるように条件を交渉します。

もちろん交渉は同時に複数の受注者と交渉が可能ですし、自社の手の内を見せるようなこともしません。

最終的には人の手による交渉の最終判断を行うことを想定していますが、そのような交渉履歴の蓄積により人の考えの傾向を踏まえた条件交渉も可能となります。

このような条件の交渉では、単に工場の最適管理だけでなく物流手配までも条件として含めたいという希望が多数寄せられています。


AI間交渉を用いたマーケットプレイスの構築(社会基盤の整備)

交渉エージェントが自由に複数の取引先と交渉するためには、交渉プラットフォームを有し、一定のルールが設けられたマーケットプレイスの形成が必要です。そこでは条件データを取り交わすため、標準化されたプロトコルや語彙定義を用いた、交互条件提示型自動交渉の社会実装、交渉AIの登録や合意条件の保存など商取引の責任を明確にする各種交渉台帳(AI台帳、履歴台帳、手順台帳、物件台帳)の導入と運用、交渉結果に対する使用者責任や不具合に対する製造者責任の社会合意、などが必要とされ、それらを実装した社会基盤の開発と稼働が求められます。

一方、このようなマーケットプレイスは一定以上の普及率を超えることが、効率的に参加者間でWIN-WIN関係を成立させるために必要のため、ぜひ多くの企業の皆様の参加を希望します。



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