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オープンイノベーションを俯瞰的にマネジメントする手法

今回は、オープンイノベーションをマネジメントするための具体的な手法を紹介したい。

従来は主に「どのようにイノベーションを進めるか?」の改善、つまりプロセスの改善であった。
具体例を挙げると、ステージゲート*1、ポートフォリオ*2、リーンスタートアップ*3などである。
*1 イノベーションの進め方をいくつかのステージに分け、あるステージから次のステージに移行する際にゲートを設け、アイデアやテーマの絞り込みやテーマのGo/Stop判断を行う手法。
*2 イノベーションのアイデアやテーマの重点化や選定を行う際、様々な観点でアイデアやテーマをバランスの取れた組み合わせにする手法。
*3 短サイクルで仮説の検証、Go/Stop判断、仮説の修正を繰り返していく手法。

図1 イノベーションを実現する確率を上げる2つの取り組み

 しかし昨今、プロセスの改善だけでは効果を十分に得られなくなってきた。次に取り組みが増えてきたのが、「誰がイノベーションを進めるか?」の改善、つまり体制の改善である。体制には自法人内の体制と外部との連携の2つの面があるが、オープンイノベーションは後者に含まれる。
 自社の経営資源のみに頼っていては、イノベーションを起こすのが難しくなった状況を受け、オープンイノベーションに取り組む企業などの法人が急増している。同時に、オープンイノベーションに関して悩み事を抱える法人も増えているのが実情だ。


図2 オープンイノベーションの悩み事

よく見られる悩み事 を左図に示した。

過去の苦い経験で思い出されるのが、4つ目の悩み事。つまり、外部パートナーとの連携の難しさである。例えば、大企業がベンチャー企業と連携する際、大企業の意思決定プロセスに合わせて慎重に進めると、ベンチャー企業の体力が持続しない。あるいは大学と連携する際、大学での研究の進め方がチャンピオンデータ中心となっており、バラつきに対する安定性の確立が大企業の望む形で進められない、といった例が挙げられる。

 

 



図3 オープンイノベーションの取り組み
資源ありきでテーマを検討する方向と、顧客起点でまずテーマを
設定し、次いで資源について検討する方向の2つがある。さらに仕組みの整備を合わせて、3つの取り組みのバランスが必要。

以下、オープンイノベーションの基本について整理すると・・・。 

オープンイノベーションの定義

 イノベーションとは、非連続の変化により価値を創み出すことである。

例えば、馬車の時代にスピードを上げるため、車輪や車軸を改良したり馬を鍛えたりすることは現状の延長線上の連続的な変化である。対して、内燃機関による自動車を開発して飛躍的にスピードを上げるのが非連続の変化、つまりイノベーションである。

 ープンとは、経営資源に関してのオープンさを指し、外部の経営資源を活用することである。経営資源は、技術などの情報、技能者などの“ヒト”、製造設備などの“モノ”、“カネ”などからなる。自社の研究所だけでイノベーションを起こす場合はクローズドイノベーション、外部のベンチャー企業などと連携してイノベーションを起こす場合はオープンイノベーションである。 

 

オープンイノベーションの3つの取り組み

 次に、オープンイノベーションの取り組みを大枠で示す。「オープンイノベーションに取り組んでいる」といった場合、おおむね3つの取り組みに分類できる。
 1つ目は、資源起点の取り組みである。経営資源の活用で起こせるイノベーションをいくつか発案し、起こしたいイノベーションを決める。自社の経営資源によって起こせるイノベーションだけでなく、外部の資源を活用する案も検討する。決まったイノベーション案が外部資源を活用するものであれば、オープンイノベーションに取り組む。
 2つ目は、顧客起点の取り組みである。最初に顧客起点で起こしたいイノベーションを先に決める場合である。いくつかのイノベーション候補案から起こしたいイノベーションを決め、そのイノベーションを起こすためには、自社の経営資源に限らず外部の資源も活用した方が有利である場合、オープンイノベーションに取り組む。
 3つのうち以上の2つは、実務におけるオープンイノベーションの取り組みである。あくまでも実現性向上やアイデアの質の向上を検討し、外部資源を活用する案が残った場合にはじめてオープンイノベーションに取り組む。基本的な事柄だが、このような進め方になっていないと、悩み事として紹介したような本末転倒なオープンイノベーションになるため、大切な事柄である。
 自社資源で十分であるにもかかわらず本末転倒でオープンイノベーションに取り組んでいる企業や法人は、取り組みの進め方を見直すとともに、イノベーションのテーマの候補が保守的なものに偏っていないかをチェックするとよいだろう。世の中の動向として、多くの法人が挑戦したいと考えているイノベーションとして、自社資源だけではカバーできないようなテーマが増えているからこそオープンイノベーションが注目を集めているのである。
 以上の実務的な取り組みに加え、3つ目の取り組みとして挙げられるのが、このような実務を取り組むための仕組みの構築である。仕組みとは、体制、プロセス、ナレッジ、ツールなどを指す。

 冒頭で述べたように、全体的に見てオープンイノベーションは、イノベーションのプロセスの改善が進んだ結果として増えてきた取り組みといえる。従って、オープンイノベーションに関するプロセス構築は、本来は外部連携に関わる事柄のみでよいはずである。しかし、個々の法人では、これまでのプロセス改善が十分でないままにオープンイノベーションに取り組んでいる場合が少なくない。

 プロセス改善はオープンイノベーション特有の改善事項ではないため本稿では説明を省略するが、成否への影響は大きいため十分注意が必要である。オープンイノベーションで悩んでいる場合、オープンイノベーション特有の課題があるのか、イノベーション一般の課題があるのか、区別して把握することが重要である。



それでは、本題の『オープンイノベーションをマネジメントするための具体的な手法』を紹介する。

 

オープンイノベーションを俯瞰的にマネジメントする手法
 オープンイノベーションをマネジメントするための手法は多数存在するが、その中でもオープンイノベーションの悩みを抱える法人が活用して改善につながった実績の多いのが「イノベーションテーマT型マトリクス」である。そのイメージを図4aに示す。 

図4a イノベーションテーマT型マトリクス

左の部分は能力、中央の部分は価値、右の部分は顧客を記載する欄であり、これらがT字形になっている。

 

法人全体のイノベーションを俯瞰し、マネジメントのマスターとなる手法である。悩み事として多いのが、技術開発や顧客開拓のパワーの分散や、ローリスク・ローリターンの投資とハイリスク・ハイリターンの投資のバランスなど、イノベーションテーマ群全体を見たときの方向付けに関するものであるため、全体をマネジメントする手法が効果を発揮する。図4aのようにイノベーションテーマT型マトリクスの左の部分は能力、中央の部分は価値、右の部分は顧客を記載する欄になっている。これらの3つの部分がT字の形になっているため、T型マトリクスと呼ぶ。
 イノベーションテーマT型マトリクスはオープンかクローズドかによらず、イノベーションのテーマが複数ある時に使用する手法である。

まず一般的な使い方を説明した後、オープンイノベーションに取り組む際の使い方を説明する。 

 


アイデア出しにおけるT型マトリクス活用方法
能力起点のアイデア出し
 イノベーションテーマT型マトリクスの記載の順序は2通りある。一つ目は、能力から記載する方法である。

能力とは、法人としての組織能力であり、具体的には技術、マーケティング情報、販路、専門家、保有設備、使用可能なキャッシュなどである。

前述の資源起点の取り組みに相当する。

[1]能力を記載する
[2]能力を活用して提供できる価値を記載する
[3]関連する能力と価値の交点にチェック(✓)をつける
[4]価値を欲している顧客を記載する
[5]関連する価値と顧客の交点にチェック(✓)をつける

 

図4b 能力から記載する方法
「能力(1)」と「能力(3)」を活用した「価値(1)」を「顧客(1)」に提供する、という左から右の流れ。

 

 

技術などの能力を活用してどのような顧客にどのような価値を提供するとよいか、という観点でイノベーションのテーマを検討する際の手順である。図4bでは「能力(1)」と「能力(3)」を活用した「価値(1)」を「顧客(1)」に提供する、という左から右の流れになる。

 オープンイノベーションに取り組む際は、能力の棚卸しにおいて「自社が保有している能力」「自社が将来的に保有する候補となる能力」「外部パートナー候補が保有している能力」「外部パートナー候補が将来的に保有する可能性のある能力」を記載し、能力の組み合わせで提供できる価値を発案する。能力の候補を全て棚卸しして、組み合わせを網羅的に検討できる。本表がマスターとなる理由の1つである。
 より網羅性を担保する目的で、能力と能力のマトリクスを作成している法人もある。一方で「このような考え方は知っているが実行してみたことはない」「数回検討して数十程度のアイデアを出したが良い価値は発案できなかった」と言う法人もある。筆者の経験では、本表をマスターとしてアイデア出しを継続し、数百以上のアイデアを発案した法人で効果が出ている。 


顧客起点のアイデア出し
 イノベーションテーマT型マトリクスには、顧客から記載する方法もある。 

[1]顧客を記載する
[2]顧客が欲している価値を記載する
[3]関連する顧客と価値の交点にチェック(✓)をつける
[4]価値を提供するために必要な能力を記載する
[5]関連する価値と能力の交点にチェック(✓)をつける 

 顧客はどのような価値を欲していて、その価値を提供するにはどのような能力が必要か、という観点でイノベーションのテーマを検討する際の手順である。

図4c 顧客から記載する方法
「顧客(4)」が「価値(4)」を欲していて、「価値(4)」の提供には「能力(4)」と「能力(5)」が必要、という右から左の流れ。

 

図4cでは「顧客(4)」が「価値(4)」を欲していて、「価値(4)」の提供には「能力(4)」と「能力(5)」が必要、という右から左の流れになる。
 オープンイノベーションに取り組む際は、価値の提供に必要な能力の検討において、「自社が保有している能力」「自社が将来的に保有する候補となる能力」「外部パートナー候補が保有している能力」「外部パートナー候補が将来的に保有する可能性のある能力」の組み合わせで実現できないか考える。


 以上のように能力起点、顧客起点の両方でイノベーションテーマのアイデアを出していく。出し方は2方向だが、いずれの場合にもアイデアの構成要素として能力、価値、顧客の3つを含めるようお勧めする。アイデアの定義は企業や法人によって様々だが、この3つをそろえておくとその後の進め方がスムーズになる。しばしば「技術(能力)だけ」「技術(能力)と価値仮説だけ」の場合を見かけるが、「その技術が何の価値に結び付くのか」や「誰がその価値を欲しているのか」が不明だと、どの顧客をターゲットにすべきか、どの技術を開発すべきかの検証や決定につながらない。
 アイデア出しの後は、既存の情報や大まかなリサーチに基づいてアイデアの優先順位を付ける。優先順位の高いテーマの企画を立案し、詳細リサーチや顧客開拓トライアルなどにより検証していく。そして、その結果から優先順位付けを見直していく。優先順位見直しの際は、新たなテーマも加える。

これを繰り返しながらイノベーションを進めていくのである。

 

アイデアやテーマの優先順位付けにおけるT型マトリクス活用方法
 優先順位を決める際、各テーマの投資対効果を算出して高い順に並べるといったやり方だと、テーマ間の関連性を考慮していないため能力や顧客が分散してしまい、結果として技術開発、市場調査、販路構築などのパワーが分散してしまう。そのため、テーマ全体を俯瞰し、テーマが束になるように選定していくべきである。

図5a イノベーションテーマT型マトリクスの記載例
複数のテーマについて実現性や挑戦の度合い、市場の大きさなどが分かり、テーマのバランスを取れるようになる。

図5b 顧客数の多少と実現難易度を記入

 

イノベーションテーマT型マトリクスを用いた具体的な手順を、例を取って説明する(図5a)。  第1に、顧客の欄の下に顧客数の多少を入れる。顧客数の多少は「100万以上」「1万以上100万未満」「1万未満」といったように、3段階程度で分ける。

 

図5bの例ではこれを大、中、小で表している。

第2に、能力の下に実現難易度を入れる。

実現難易度は、その能力を保有できる可能性を「既に保有」「保有できる可能性が高い」「保有できない可能性の方が高い」などの3段階程度で分けて表現する。

図5bではこれを難、中、易としている。


第3に、顧客–価値(図の右半分)の交点それぞれについて、ニーズの強さ、競合、自社の優位性を明確にする。
 ニーズの強さは、ある顧客がある価値に関して「対価に糸目を付けないくらい欲しい」「妥当な対価なら欲しい」「他の価値のオマケとして付いてくるなら欲しい」などの3段階程度で分ける。図5cではこれを◎、、△で表している。 

競合は、ある顧客に対してある価値を提供する際に競合となるものを明確にする。

図5c 図の右半分にニーズの強さ・競合・自社の優位性、左半分に能力の実現性を記入

 

 

 

 

図5d 外部パートナーの能力が顧客開拓につながる可能性の分析

図5cでは「**サービス」「**製品」のように記載している。

 自社の優位性は、競合に対する自社の優位性を「優位性を発揮できる可能性が高い」、「優位性を発揮できる可能性は低いがある」「優位性を発揮できる可能性はほぼない」などの3段階程度で分ける。図5cでは背景の濃淡で区別している(濃い方が高い優位性を示す)。
 第4に、能力-価値(図の左半分)の交点それぞれについて実現性を明確にする。

実現性は、それぞれの能力が価値提供に結び付く可能性を「ほぼ確実に因果関係がある」「結び付く可能性が高い」「検討の余地はあるが結び付かない可能性も十分ある」などの3段階程度で分ける。図5cではこれを背景の濃淡で表している(濃い方が高い実現性を示す)。 

以上のようにして整理した上、テーマ案を俯瞰して様々な観点で分析していく。

ここでは、外部パートナー候補を選定する際の分析例を挙げる。

外部パートナー候補が持つ「能力(4)」「能力(5)」「能力(6)」を自社の能力と結び付けるとどのような価値提供につながる可能性があるか、それぞれの価値提供がどのような顧客の開拓につながる可能性があるかを確認し、どの能力の保有がイノベーションに最もつながるのか、イノベーションによる成果が大きくなるかなどを検討していく。
例えば図5dでは、「能力(4)」 は「価値(1)(2)(3)」を実現できる可能性があり、それが「顧客(1)(2)(3)」に受け入れられる可能性がある。つまり、不確実性はあるが、様々な用途開発に貢献できる。

 一方で「能力(5)」は、ほぼ確実に「価値(4)(5)」を実現できるものの、「顧客(1)(2)(4)(5)」に受け入れられる可能性は低い。つまり、価値提供の実現性は高いが、市場開拓の可能性が低い。「能力(6)」は、ほぼ確実に「価値(6)」を実現でき、しかも「顧客(6)」に受け入れられる可能性が高い。つまり、価値提供、市場開拓の可能性は高いが、開拓できる顧客は限定されている。


 このように全テーマ候補を俯瞰してパートナー選定をするメリットは、能力や顧客が重なるテーマをそろえ、テーマを束にできることである。

イノベーションは不確実性が高く、個々のテーマだけで見てしまうと成功するかどうか分からないバクチになってしまうが、テーマ群にすると、ローリスク・ローリターンのテーマとハイリスク・ハイリターンのテーマを組み合わせ、10テーマのうち5テーマは成功できるようにするといったように、確率論でコントロールできるようになってくる。

 加えて、「オープンイノベーションの困り事」の1つである、投資リスクの判断についても効果がある。個々のパートナー候補を見ているだけだと、リスクの高いパートナーには投資しにくくなってしまうが、堅実なパートナーとだけ連携をしていても大きなリターンは得られない。全パートナー候補先を俯瞰し、堅実なパートナーとリスクの高いパートナーのバランスを管理することで、リスクの高い投資も実行できるようになる。すなわち、パートナーも群で管理して、ローリスク・ローリターンのパートナーとハイリスク・ハイリターンのパートナーを組み合わせ、10パートナーのうち5パートナーとの連携は成功できるようにする、といったように,確率論でコントロールするのである。 


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