· 

読売の紙面に透ける財務省の影


 2019.07.05

いよいよ切って落とされた、参議院選挙戦の火蓋。公示前日に行われた党首討論での舌戦が各メディアで報じられましたが、新聞各紙は今回の参院選の争点・論点をどのように伝えたのでしょうか。ジャーナリストの内田誠さんが、詳細に分析・紹介。

  ☞ 新聞には見えない文脈が潜んでいる……朝日、読売、毎日、東京の各紙朝刊(電子版)を徹底比較、

      一面を中心に隠されたラインを読み解き

  

参院選の争点・論点を新聞各紙はどう伝えたか 

ラインナップ 

◆1面トップの見出しから…… 

《朝日》「首相 消費増税 10%後は10年不要」
       「野党 家計 消費重視の経済政策に」
《読売》「首相 消費税『10年上げず』」
《毎日》「首相『再増税10年不要』」
《東京》「改憲問う」
 

解説面の見出しから…… 

《朝日》「暮らし・憲法 舌戦」
《読売》「野党『年金』に集中砲火」
《毎日》「改憲 自公に温度差」
《東京》「年金ビジョン 真っ向対立」

 

プロフィール 

選挙の争点・論点について各紙がどう書いているか、ピックアップします。 

「安倍1強」に歯止めを《朝日》
さらなる負担増と給付抑制を《読売》
与党間にも温度差《毎日》
三権分立の危機《東京》
 

 

「安倍1強」に歯止めを 

【朝日】2面の選挙特集で、党首討論会の内容を網羅的に紹介している。 

大見出しは「暮らし・憲法 舌戦」としていて、続く記事の前半には「野党、年金・増税で攻勢」「首相は野党共闘を批判」、後半には「首相、改憲で国民に秋波」「野党、揺さぶりに不快感」としている。「暮らし」で総括されるのは、年金消費税2点。

 野党側からの追及で説得力があるとみられるのは、1つは国民民主党・玉木代表の議論で、「公的年金だけで収入100%の人が51.1、生活が苦しい人も半数を超えている」という指摘。たまたま前日に紙面を賑わせたものだが、貧しい「年金生活」のリアリティを突きつけている。貧困高齢者」という概念化も重要。 

もう1点は共産党・志位委員長の主張。マクロ経済スライドで国民の年金を実質7兆円減らすという安倍政権の政策の変更を求めている。100年安心」の意味合いを有権者が知る上で重要な一歩。記事は、こうした議論に対して安倍氏は「野党共闘と個別政策との整合性を問う形で逆襲する」として、例えば枝野氏は、マクロ経済スライドを「民主党政権時代もずっと維持してきた」ではないかと。 

改憲についてはほとんど堂々巡りの体で、新しい論点はないが、参院選の選挙結果如何ではやにわに動き出す可能性があると思われる。安倍氏は「国民民主党の中にも憲法改正に前向きな方々もいる。そういう中で合意を形成していきたい」と発言していて、国民民主党に手を伸ばそうとしている。安倍氏としては、改憲手続きの進行の各段階で抵抗する力を分散減衰させる作戦だろう。

 《朝日》12面社説のタイトルは「安倍一強に歯止めか、継続か」。政権選択の選挙ではないが、今回の参院選、「その結果には政治の行方を左右する重みがある」として、219月までの自民党総裁任期を得た安倍氏による「安倍1強政治」に歯止めをかけて政治に緊張感を取り戻すのか、それとも現状の継続をよしとするのかが問われているとする。勿論、《朝日》は「歯止めを掛けるべきだ」といっていることになる。特に強く批判しているのは、民主党政権時代を引き合いに「混迷の時代に逆戻りしていいのか」と繰り返す、安倍氏の物言いについてだ。「現下の重要課題や国の将来を語るのではなく、他党の過去をいつまでもあげつらう姿勢は良識ある政治指導者のものとは思えない」とまで言っている。 

 

さらなる負担増と給付抑制を

 【読売】3面の解説記事「スキャナー」。見出しは「野党『年金』に集中砲火」。 

主に、立憲民主党・枝野代表とのやり取りをピックアップして、細かく紹介している。 

3面には社説もあり、そのタイトルは「中長期の政策課題に向き合え」「持続可能な社会保障論じたい」としている。 

《読売》が「中長期の政策課題」と位置づけているのは、少子高齢化と人口減少への対策で、具体的には「社会保障制度の総合的な改革」を指している。2012年の3党合意に基づく「税と社会保障の一体改革」は団塊世代が後期高齢者となる2025年に備えた施策だったので、その先、高齢化がピークを迎える2040年を見据えて「新たな制度設計を考えることが重要」だと言っている。その中心的な中身は「負担増と給付抑制」ということになり、《読売》がイメージするのは、消費税率のさらなる引き上げということになるらしい。 

討論会で安倍氏は、今後10年間は10%以上への引き揚げは不要と述べたが、《読売》はこれが気に入らないらしい。「消費税率を上げるから財政再建ができない」と考える経済学者もある中、まもなく税率10%への引き上げが強行される。《読売》の背後には、消費税の税率をさらに上げて財政再建を果たそうとする財務省の影が見え隠れしている。 

 

与党間にも温度差

 【毎日】3面の解説記事「クローズアップ」で、党首討論会について伝えている。 

見出しには「改憲 自公に温度差」とある。 

候補を一本化しながら野党はばらばらではないかと安倍氏が批判するのに対して、《毎日》は「与党も食い違いがありますよ」と言っているわけで、野党側から逆ねじを食わせている形になっている。 

与党間の「温度差」は憲法改正に関するもの。討論会で公明党・山口代表は「憲法(改正)が直接今の政権の行いに必要なわけではない」と語り、《毎日》は「温度差をにじませた」と言っている。因みに山口代表のこの発言に注目したのは《毎日》だけのようだ。さらに山口氏が「与野党を超えて議論を深め、国民の認識を広めることが大事だ。まだまだ議論が十分ではない」と述べたことについては「『合意形成にさえ触れなかった」というふうに発言の意味を捉えている。 

5面の社説タイトルは「欠けていた未来への視点」となっている。「深刻な人口減少問題を正面から取り上げる党首がいなかつたことをはじめ、多くの国民が抱いている将来への不安の解消につながる論戦が展開されたようには思えない」としている。 

もう1点。見出しには取られていないが、語るべきことをきちんと語らない安倍氏の姿勢が強く批判されている。アベノミクスに関しては相も変わらず「有効求人倍率などの都合のいい数字を並べ」、ロシアとの北方領土交渉について訪ねられると「威勢の良い言葉を発していれば解決できるのか」と開き直り、トランプ米大統領の日米安保条約に関する発言については、条約の重要性はトランプ氏に説明していると述べるにとどまり、「議論を封じた」という。 

 

三権分立の危機

 【東京】2面の解説記事「核心」で討論会について解説、見出しには、まず大見出しが「年金ビジョン 真っ向対立」となっていて、続いて「与党 将来のため給付抑制」「野党 今苦しい高齢者優先」と与野党が対比されている。 

この見出しは秀逸。焦点は「マクロ経済スライドの是非ということになるだろう。 

安倍氏はこの仕組みがなければ「40歳の人がもらう段階になって、年金積立金は枯渇してしまう」としたのに対して、共産党・志位委員長は「国民の暮らしが滅んだのでは何にもならない」としてマクロスライドの廃止を要求

立憲民主党・枝野代表も「共産党の提案を含め、広範な議論が必要」と言っている。 

5面の社説はタイトルが「三権分立の不全を問う」となっている。他紙とは明らかにニュアンスを異にしているようだが、官邸に過度に権力を集中させてきたアベ政治をこのまま続けさせて良いのかという論点になっている。その意味では《朝日》の社説に通ずるものがある。 

しかし、社説の前半は改憲について。「改憲は国民の幅広い合意に基づいて行われるべきである」として、「改憲しなければ、国民の平穏な暮らしが脅かされる切迫した状況でないにもかかわらず、是だからと急ぐ必要がどこにあるのか」と疑問を呈している。その上で、真に問われるべきは改憲ではなく、「安倍政権下での民主主義の在り方三権分立の危機ではなかろうか」と転じて、標題の内容が出てくる。 

社説子の理解では、伝統的な「官僚主導」を「政治家主導」に変えた政治改革の結果、首相官邸への権力集中が過度に進み安倍政権の下でそれが顕著になったということになる。その典型が「森友・加計学園を巡る問題」で、行政判断が首相らへの忖度で歪められたということになる。内閣人事局によって官邸が幹部官僚の人事権を掌握し、国会は国政に対する調査と行政監視の機能を果たしていないと。 

思うに、こうした認識を元に有権者に投票してもらうには、かなりたくさんのことを系統的に思い出してもらう必要があるのだが、その役割は誰がどのように果たしていけるものなのか。新聞は影響力の点で衰微しつつあり、テレビはそもそも「忘却」のための刺激増幅装置のようなところがある。せめて街頭の演説や、あるいはネット言論の中で、繰り返し、記憶を呼び覚ますようなことをしなければ、選挙自体その役目を果たしていくことが難しくなってしまう 


メール・BLOG の転送厳禁です!!  よろしくお願いします。