AI育てる「秘匿計算」


大量のデータを暗号化したまま利用、学習

2019年4月29日

利用が広がる人工知能(AI)の開発に、企業がもつ膨大な顧客データを生かそうという動きが強まっている。プライバシーを保護しつつ、データを活用するための暗号化技術「秘匿(ひとく)計算」が注目されている。

 振り込め詐欺の新たな手口を、AIがいち早く検知する――。

そんな将来に向けた実証実験を情報通信研究機構(東京都小金井市)が始めている。

カギになるのは、実験に参加する銀行それぞれの預金者の情報を暗号化したまま、AIの学習に役立てる「秘匿計算」と呼ばれる仕組みだ。

 

 千葉銀行は、この実験に手を挙げた。金融機能管理グループの海老原大介調査役は「参加しないことの不利益の方が大きい」と期待する。千葉銀では、振り込め詐欺の被害かもしれない取引が1日あたり数百件ある。例えば、ふだん大金を下ろさない高齢者が20万円をコンビニで引き出すといったものだ。これまではベテラン行員が取引内容を分析し、数百件の中から実際の被害を見つけ、追加の被害を減らしてきた。ただ、分析には時間がかかり、次々に出てくる新たな手口への対応も難しかった。

 警察庁によると、2018年の振り込め詐欺などの被害額は全国で357億円。ここ4年は減少傾向だが、それでも被害はなくならない。全国の銀行で日々行われる膨大な数の取引データを集めてAIで分析すれば、振り込め詐欺を検知する精度が上がる。地方の銀行で1日1、2件しか被害がなくても、高齢者による高額の振り込みが特定の時間帯で相次いでいるといった兆候を自動で見つけ出せると期待される。ただし、銀行は個人情報の取り扱いに関する規約上、預金者のデータを外部に持ち出したり、ほかの銀行と共有したりすることは難しい。
 そこで、個人情報を保護しつつ、データ共有する「秘匿計算」を活用する。

参加する銀行は暗号化された取引情報だけを提供。AIが暗号化された状態のまま情報を分析し、振り込め詐欺の手口を学ぶ。万一、情報が流出しても、解読できないので悪用される心配は少ない
 情報通信研究機構の盛合志帆セキュリティ基盤研究室長は「多くの銀行で取り組むことで、組織をまたいで多くの学習データが集められ、より正確に検知ができるようになるだろう」と話す。
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 秘匿計算は1980年代から研究されてきた。特にここ数年、コンピューターの高速化が進むと同時に、個人情報保護のニーズが高まるなかで注目されている。
 海外では、米ボストン大などが昨年、現地企業114社の従業員約17万人の給与データを分析。黒人女性やラテンアメリカ系の女性は、白人男性と同じ仕事でもほぼ半分程度しか稼げず、給与に性差や人種差があることを明らかにした。

 社員一人ひとりの基本給と能力給、残業時間や各種手当といった詳しい給与データに加え、性別、人種、勤続年数を各企業から提供してもらうとき、秘匿計算を用いて暗号化したデータだけを分析する条件で企業側の理解を得たという。
 米スタンフォード大も、患者の遺伝情報から病気に関する遺伝子を見つける解析に秘匿計算を活用した。研究チームは「遺伝に関する病気の情報は家族にも関わることなので、プライバシーを適切に保護する必要がある」と話している。
 より高性能なAIを作るには、膨大なデータを集められるグーグルやアップルなどの巨大IT企業に強みがあった。
 秘匿計算の研究開発を進めるスタートアップ企業「ゼンムテック」の平岡正明執行役員は「プライバシーの問題が解決すれば、小売店同士が協力し合って精度良く消費者の行動を予測できるようになるかもしれない」と話す。
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 秘匿計算は、複数あるデータを暗号化してまとめて計算する特徴がある。一つひとつのデータは暗号化されていて意味を持たないが、分析した結果は利用できる。産業技術総合研究所の花岡悟一郎研究チーム長は「中が見えない二つの箱をつなげると、箱を開けなくても中に入っていたボールの数の合計が分かってしまうような技術が使われている」と説明する。

 秘匿計算の暗号化に使われている技術は、それ自体でもすでに応用が進んでいる。その一つ、NTTやNEC、富士通などが開発に力を入れている「秘密分散」という技術は、コンピューターの情報漏洩(ろうえい)防止などに活用されている。
 富士通は、秘密分散を使った暗号化ソフトを開発した。パソコンとスマートフォンなどにデータを分割して保管。

万一、分割した情報の断片が流出しても、それ自体は無意味な内容になっており、個人情報や会社の機密情報の漏洩は防げる。情報を利用したい時には、分割された断片をパソコン上に集めて元のデータに復元できるという。
 クライアント商品企画部の山嶋雅樹シニアマネジャーは「働き方改革外で仕事をする機会が増えるなか、パソコンを紛失した時に重要情報を漏らさない技術は、今後もニーズが高まるだろう」と話している。(杉本崇)

<情報保護、高まる需要> 

無線LANやネット通販、インターネット銀行などの普及で、データを守る暗号化技術の需要はますます高まっている。調査会社IDCジャパンによると、国内の暗号化関連市場は年平均で3.5%成長し、2017年の135億円から、22年には161億円に拡大すると予測している。

科学の扉@朝日新聞記事 


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