GDP統計の課題


シェアリングエコノミーをGDPでどう扱うか

政府の統計改革における注目点の1つに

平松 さわみ : 東洋経済 記者
2017年06月09日

国内で一定期間内に生み出されたモノ・サービスの価値を示す「国内総生産GDP)」。国の経済規模や経済構造を把握し、その変動から景気判断を行う代表的な経済指標だ。だが経済実態の正確な把握を目指そうとすれば課題は多く、目下、政府はGDP統計の改革を進めている。5月19日、政府の「統計改革推進会議」が最終報告をまとめた。その中で今後のGDP改革の課題の1つとなりそうなのが、近年急速に広がりを見せているシェアリングエコノミー共有経済)の実態をどのように把握し、GDP統計に取り込むかということだ。 

インターネットがもたらした消費の変革

 シェアリングエコノミーについて、総務省の資料は「典型的には個人が保有する遊休資産(スキルのような無形のものも含む)の貸し出しを仲介するサービス」と定義し、「貸主は遊休資産の活用による収入、借主は所有することなく利用ができるというメリットがある」と説明している。代表的なのは米ウーバー・テクノロジーズが展開する配車サービス(ライドシェア)や、米エアビーアンドビーが展開する民泊(住宅などを宿泊施設として貸し出すこと)だ。スマートフォンの普及により、時と場所を選ばずインターネットへのアクセスが可能になり、ソーシャルメディアの普及により他人同士のコミュニケーションが容易になった。こうしたテクノロジーの進歩から、シェアリングエコノミーの発展する素地が整ったといえる。現在、「ユニコーン企業」(企業価値が10億ドルを超える有望ベンチャー)と呼ばれる世界の企業の中で、シェアリングビジネスを展開する企業の存在感が増している。ウーバーやエアビーアンドビーのほか、中国でもシェアリングエコノミーの爆発的普及で、ライドシェアの滴滴出行(ディディチューシン)や個人間融資のルファックスといった企業が急成長している。英PwCの報告書では、2013年に150億ドルだったシェアリングエコノミーの各国合計の市場規模は、25年までには3350億ドルに拡大するとされている。 

日本では、米国や中国ほどの勢いは見られない。一般社団法人シェアリングエコノミー協会の上田祐司代表理事は「(1)既存業種に関する法規制が厳格であること、(2)既存のサービスのレベルが高いこと、(3)モノやスキルを他人と共有することに消極的な文化が一部にあること」が、日本のシェアリングビジネスの発展を阻んできた要因だと指摘する。民泊での騒音など、近隣住民とのトラブルにも注目が集まりやすい。ただ、2016年に行われた政府の「シェアリングエコノミー検討会議」を経て、今年6月1日には悪質な事業者を排除する自主ルールと認証制度が、シェアリングエコノミー協会により初めて導入された。3日には全国で民泊を解禁する住宅宿泊事業法案が衆議院本会議で可決され、今国会での成立が図られている。日本でも徐々に、シェアリングエコノミーの普及に向けた体制作りが進みそうだ。実際、矢野経済研究所の調べでは、2015年度の国内市場規模は285億円(サービス提供事業者売上高ベース、前年度比22.4%増)と伸びている。 

GDPは減るのか増えるのか 

シェアリングエコノミーのビジネスモデルは、サービスの提供者が住宅、運搬、物品、金融などのサービスを利用者に提供し、利用者がその料金を支払い、さらにマッチングを行う仲介事業者に、提供者・利用者が一定の手数料を支払う、というのが一般的だ。レンタカーや貸し駐車場など、類似のレンタル業は従来、存在していたが、あくまでも企業が中心となって顧客にモノ・サービスを提供するビジネスモデルが主だった。シェアリングエコノミーではとりわけ、多数の提供者と多数の消費者が、インターネット上で瞬時にマッチングされ、柔軟な取引を行える点が従来と異なる。さらに民泊などでは、提供者と消費者が相互に入れ替わることもある。こうした新しいビジネスモデルに基づく経済活動を、現状のGDP統計で正確に把握できるだろうか。シェアリングエコノミーでは1つのモノを複数の人の間で何度も共有するため、新品のモノは今ほど売れなくなる可能性がある。これは個人消費の縮小につながり、GDPにはマイナスだ。GDPは定義上、国内で新たに生み出された付加価値を示すので、中古のモノの売買自体は含まない。しかし、仲介業者が受け取る手数料はGDPにカウントされるし、中古のモノを利用してサービスを提供すれば対価はGDPにカウントされる。従来のように、企業が多数の消費者にモノ・サービスを提供する仕組みと比べ、個人間の取引をとらえることは難しい。「家計と家計の間で取引が行われると、支出側(=利用者)は家計調査などで把握が可能だが、生産側(=提供者)の把握がしにくい」(内閣府経済社会総合研究所)。そのため、仲介手数料を基にサービスの価格を推計するなど別の方法を考えるしかない。新品のモノが売れなくなる一方で、シェアリングビジネスによって生まれた新たな価値を計測しきれないとすれば、GDPにはマイナスの影響を与えるかもしれない。ただし「シェアリングビジネスが新たなニーズを生み周辺ビジネスが増えれば、GDPにはプラスの影響を与える」(第一生命経済研究所の新家義貴・主席エコノミスト)という側面もあり、シェアリングエコノミーの拡大がGDPにもたらす影響は、まだ不透明な部分が大きい。内閣府の経済社会総合研究所は「現状、シェアリングエコノミーのどの部分を把握できていて、どの部分を把握できていないかも明確になっておらず、今年度から始める研究で明らかにする」としている。今後、日本でシェアリングエコノミーがさらに普及していくとすれば、従来の過剰生産・過剰消費を前提とした経済成長の測り方も見直す必要がありそうだ。 

シェアリングエコノミーでフリーランスが増える

 そもそもシェアリングエコノミーは、人々の働き方を根底から変える仕組みだ。発祥の地・米国では、すでに全労働人口の35%に当たる5500万人がフリーランスで働いており(米フリーランス組合・米アップワーク社の共同調査、2016年)、これはシェアリングエコノミーによりスキルの調達が容易になったことも背景にあるとみられる。インターネット上で単発の仕事を受注する非正規労働が広がっており、これは「ギグ(単発の契約で行うジャズなどのライブの意)エコノミー」と呼ばれる。シェアリングエコノミー協会の上田代表理事は、「自分らしく、自由に働くことが可能になる一方で、質の高いサービス提供者に仕事の集中する傾向がある」と話す。多くのプラットフォームには、利用者が提供者のサービスを評価・共有するシステムがあるからだ。選ばれない提供者は収入が不安定になる懸念もある。シェアリングエコノミーは個人消費を一変させるばかりか、従来の雇用のあり方を大きく変える可能性もある。適切な政策立案のためにも、実態を正確に把握する統計改革が欠かせない。


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