「補助金頼りの起業支援」が失敗しまくるワケ


熱海復活を支えた「本当の支援」とはなにか

市来 広一郎 : machimori代表取締役
2018年09月18日

熱海銀座にあるコワーキングスペース「naedoco」。起業家の卵たちも利用でき、ここの住所に、会社の事務所として法人登録することもできる(写真:梅谷秀司)

一時「衰退した観光地」の代名詞になっていた熱海が華麗に復活を遂げたことが、さまざまなメディアに取り上げられている。観光客数がV字回復を遂げたことも大きいが、起業が増えていることもにぎわいを取り戻した一因になっている。民間の立場から熱海のまちづくりに取り組み、起業支援にも取り組んでいる『熱海の奇跡』の著者・市来広一郎氏に、起業家支援のあり方を語ってもらった。

補助金で地方の起業を促進できるのか

最近、地方創生に関して、「内閣府が移住での起業に最大300万円」というニュースが出ていました。移住や就業にかかる経済的負担を軽減するため、会社員らが地方に移住して起業した場合に最大300万円、中小企業などに就職した場合には最大100万円を支給する、というものです。一見、これは、地域への移住や起業を促すようにも見えます。しかし、地方の街の現場で、実際に起業をし、また起業する人たちを生み出す仕事をしてきた立場からすると、とても効果の薄い施策と思われるのです。

なぜならば、移住や起業のいちばんの問題は初期費用ではなく、その土地で暮らしていけるのか、起業して継続していけるのかという、ランニングの問題だからです。そしてさらに言えば、決してお金だけの問題ではないからです。私自身、地域にUターンして起業して10年以上が経ちますし、またここ2年ほどは地域での創業支援に取り組む立場でもあります。自分自身の経験や、また熱海で起業する人たちに向き合って実感していることは、起業の初期段階に必要なものはお金ではないということです。それよりも、地域で起業しようと思う人がつまずくのは、まずどうやって事業を構築していくのかという「やり方」がわからない、ということや、いかに自らの顧客を見つけ出すのか、ということです。実はこれは2014年の『中小企業白書』にも記載されています。起業家が起業時に直面した課題として、4分の1が「特にない」で最も多く、それ続いて2位が「経営知識一般の習得」、3位が「販売先の確保」となっているのです。それは私たちの実感とも一致します。ちなみに、課題の4位にようやく「資金調達」がくるという順番です。まずは事業を構築し、顧客を見いだすことができれば、実際にサービスを提供し始めることができます。売り上げのメドも立ってくるので、金融機関からの融資でまかなうことができるのです。事業のファンがいれば、クラウドファンディングで資金調達することさえ可能です。

しかし何もわからないなかで、お金だけをもらって始めてもすぐに資金は尽きてしまいます。だからこそ、実際に事業を計画し、資金調達する前に、テストマーケティングを繰り返し、サービスや商品、事業に磨きをかけることが重要です。お店を始める前にテストしてみる、サービスを始める前にテストしてみる、そのことによって、自分の顧客が見え、頭で考えているだけのときよりもはるかに事業のイメージが見えてくるのです。

大切なのは、いかに顧客や協力者を見つけ出すか

お店を始めたいという人も、ほとんどの人がまず物件探しや資金調達をどうするかから始めてしまいがちです。しかし、どんな事業を行うのかというイメージを持っていないと、ふさわしい物件を見つけ出すことができません。そもそも、その事業に、物件、大きな資金も必要ないかもしれません。実際に熱海で私たちが行っている創業支援プログラムでも、飲食店を開業しようと思ってきた方が、店舗が必要な飲食店ではなく、ケータリング事業を始めることに方向転換したことで動き出すことができました。ケータリングや出張料理のサービスこそが、熱海で求められていて、しかもそのほうが自らやりたいスタイルだったと気づいたことで、ケータリング事業を開始したのです。私たちNPO法人atamistaと熱海市が官民連携で行っている熱海の創業支援プログラム「99℃」では、4カ月間のプログラムの期間を通じて、事業を練り上げていきます。行政などが一般的に行っているような座学を中心にしたものとは違い、事業計画をブラッシュアップしていきながら、毎週のようにプレゼンテーションや事業相談を行います講師や事業をアドバイスするメンターは、単なる専門家やコンサルタントではなく、自ら事業を立ち上げ、実践してきて、成功も失敗も経験してきた講師陣にお願いしています。4カ月間で事業計画をつくるだけでなく、事業開始までのアクションもしていくことも求めています。実際にテストマーケティングなどを行って、期間中にサービスを開始した方もいます。また、プログラム期間中に、地域内の経営者や金融機関に相談する機会や、地域の方々の前でプレゼンテーションする機会を設けたりしています。地域の人たちから応援してもらったり、地域のネットワークを活用できる場をつくっているわけです。地方で起業しようとする人たちがつまずいてしまう部分を解決するために、どのようなプロセスで事業を立ち上げていくのか、そして、どのように顧客や協力者を見つけ出すのか、ということをこのプログラムのなかで体感できるようにしています。

企業が次々と生まれ育つ環境をつくる

そして、私たちが目標にしているのは、「創業件数」ではありません。いくら創業件数が増えても、持続・発展可能なビジネスを生み出さなくては意味がありません。創業支援をやっている間だけ企業が生まれるのでは不十分です。創業支援プログラムをやることにより、地域で新たにチャレンジする起業家が孤立しない、より事業を始めやすく発展させやすい環境をつくっていくことが重要です。起業し成功するための要件はいくつかあります。

なかでも、同じようなステージにある起業家同士のコミュニティの存在、そして先輩起業家とのつながり、そしてメンターやあるいは金融機関や不動産オーナー、行政など多様な人たちとのネットワーク、といった人的なつながりが必要です。こうした環境があって初めて企業が次々と生まれ育つことを知りました。そこで、創業支援プログラムを通して、企業が次々と生まれ育つエコシステム(生態系)づくりを目指していますだからこそ、このプログラムでは、地域の経営者や金融機関などの方々にもかかわってもらう場も設けています。また、歩行者天国にした路上に多くの店を開く「海辺のあたみマルシェ」のような場に参加してもらい、顧客と出会い、実際に商売を実践する場を提供したりしています。私たちの管理する物件でテスト的に営業する機会をつくったりもして、実践を後押ししています。起業したい人に補助金をつけたり、人件費を出したりという施策が全国各地でありますが、これでは起業家は育ちません。自ら事業をつくりあげる、それを後押しする取り組みこそ、必要なのです。


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