AI医療で手術ミス~間違った判断、人間が気付けない恐れも


(科学の扉)「想定外」を考える    2018年9月17日 朝日新聞  

《その時、何が》
 21××年、医療はAI(人工知能)やロボットによって全自動化された。Aさんが治療カプセルに横たわると全身のスキャンが行われ、脳腫瘍(しゅよう)が見つかった。AさんはAIの判断に基づき、ロボット手術による治療を選択した。だが、手術は失敗。深刻な障害が残った。AIが治療法を導き出す過程でデータにバグが起こり、ロボットが誤動作。脳が傷ついたのだ。
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 AIの進歩で医療における人間の役割が変わりつつある。
 東京都港区の東京大学医科学研究所ヒトゲノム解析センターでは、スーパーコンピューターとAIを使って人間の全遺伝情報(ゲノム)を解析し、これまで診断が難しかったがんの診断に役立てる研究をしている。
 ゲノム解析によるがんの診断は、遺伝子のすべての変異を洗い出し、その中から有害ではない変異を除外。がんの原因の可能性がある変異を絞り込み、様々な論文などを基に治療の標的となる変異を特定する。手作業で標的変異を特定するには少なくとも2週間以上かかるが、AIならわずか数分だ。
 同センターではゲノム解析で従来の診断では見抜けなかったがんを見つけることにも成功している。急性骨髄性白血病が再発したとみられた例では、患者のゲノム解析をした結果、実際は慢性骨髄性白血病とわかった。ゲノム解析により、有効な治療が選択できたという。
 宮野悟センター長は「ゲノム解析しなければ、がんを本当には確定できない。膨大なデータを扱うにはAIは不可欠だ」と話す。
 画像診断の分野ではAIは人間を上回る。
 2017年12月の米医師会雑誌ジャーナル・オブ・アメリカン・メディカルアソシエーションによると、16年に行われたAIのコンテストで乳がんの転移の画像診断について11人の病理医とAIの成績を比較したところ、優勝したAIは病理医の平均を大幅に上回ったという。
 手術分野でも科学技術は進歩している。カメラや器具を付けた複数のアームを駆使する内視鏡手術支援ロボットによる手術は、開腹手術に比べて患者への負担は小さく、術者の震えなども影響せず精密な動きが可能だ。今年4月には保険適用となる手術が拡大し、普及が進んでいる。
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 内閣府や厚生労働省、文部科学省などは、AIやビッグデータの技術を活用した「AIホスピタルシステム」の構築を目指す。AIの導入で医師と患者が接する時間を増やしたり、遠隔での画像、病理診断や精密な血液検査ができるようにしたりする構想だ。22年度末までに約10の医療機関をモデル病院として運用を開始するという。
 AIが人間の医師に代わることは可能なのか
 18年4月、米食品医薬品局(FDA)が糖尿病網膜症の診断装置を認可した。網膜の画像をAIが分析する装置で、診断には医師の解釈を必要としない。FDAが医師の解釈を必要としない診断機器を認可するのは初めてという。
 日本医療研究開発機構や東京女子医科大学などは手術中に磁気共鳴画像装置(MRI)を撮影したり、手術の映像やデータを離れた場所でも同時に確認できたりする「スマート治療室」の開発に取り組んでいる。現在開発中の最新型では、AIによる治療法の提案やロボット手術台なども備える予定だ。
 東京女子医大先端生命医科学研究所の村垣善浩教授は「最終的な目標は、AIが診断してロボットが手術する治療室だ。医師はAIの判断を確認してボタンを押すだけ」と話す。
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 医療をAIやロボットに任せきりにしても大丈夫なのか。
 研究者の一人は「今の医師なら、故障やデータのバグでAIが変な判断をしても、経験から気付くことができる。ただ、医師になった時からAIによる診断が当たり前という『AIネイティブ』な未来の医師だと、AIを信じ切ってしまい、AIが間違った判断をしても気付けないのでは」と心配する。
 さらに、医師がAIの判断に疑問を持ったとしても、AIがなぜその結論を導き出したのか、開発者やAI自身でさえ説明できない可能性もある。深層学習(ディープラーニング)によって大量のデータを機械学習したAIの思考過程は見えず、設計者でさえAIの判断根拠を説明できない。
 ただ、東京大大学院情報理工学系研究科の鶴岡慶雅教授は「世界中の研究者が解決に向けて取り組んでいる。AIの判断根拠をある程度は説明できるようになってきている」と話している。 (姫野直行)


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