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西日本豪雨、不十分な想定で被害拡大か


水害や地震に備え二次被害まで思い巡らそう  

                                                        2018年7月20日(金)

和田 秀樹  西日本豪雨の死者が200人を超え、今なお行方不明者の救助活動が続く。膨大な数の避難者が不自由な生活を送る中で、心身のストレスは大変大きなものとなっていることだろう。私も心の治療を専門とする医師として、また西日本の出身者として非常に心を痛める事態となった。将来の災害を少しでも減らすためにも、西日本豪雨を踏まえて私なりにサバイバル術を考えた。今回はそれを紹介させていただきたい。

災害が起こることを前提で物事を考える
西日本豪雨をきっかけに、豪雨を想定した避難訓練を実施している自治体が少ないという事実が注目されるようになった。地震を想定した訓練に取り組む自治体が多いのとは対照的だ。また過去数十年間に建物の耐震性が飛躍的に向上したのと比べると、水害を防ぐ技術はあまり進歩していないように思える。前回は認知症を発症する前提で物事を考えるべきだという話をした。同様に豪雨被害に遭う前提で日ごろから避難訓練を実施し、水害に強い土木や建築技術の研究に一層力を入れるべきだろう。西日本豪雨では水道が水害に弱いことも露呈した。私も知らなかったが、上下水の施設の多くは河川の近くにある。このため豪雨によって浸水しやすく、断水の原因となる。実際に西日本の各地で「水害下での水不足」というパラドックスが起きている。河川が氾濫するという前提に立って水道施設を整備していれば、このようなことにはならなかっただろう。自然災害全般について言えることだが、直接的な被害より、その後に想定される二次的な被害の方が大きいことは珍しくない。例えば都市直下の大地震では、地震による揺れや建物の崩壊による死傷者よりも、火事で死傷する人の方が多いと予想される。ところが、以前は火災が発生しにくい「オール電化」の普及が進んでいたのに、東日本大震災後の節電ムードからその流れが止まっている印象だ。また電信柱などが意外に倒れやすいようだが、消防の妨げになる。なのに、電線の地中化がほかの先進国の大都市と比べて日本は遅れているという現状はなかなか改善しない。災害が起こる前提で物事を考える場合、直接的な災害に対する備えだけでなく、二次被害への備えも忘れてはならない。
1つの対策に頼らない
また意外に1つの災害対策で事足れりと考えてしまう人が多い。東日本大震災から何年か経って、福島県いわき市で被害が大きかった海岸地域を訪ねたことがある。新たに造られた10メートルを超える防潮堤が続き、津波対策は万全のように見えた。しかし、防潮堤の内側の道をクルマで走っていて気になることがあった。内陸の高台に向かう道がほとんど見当たらないのだ。津波警報を受けて数少ない逃げ道にクルマが集中しかねない。渋滞にひっかかっているうちに、堤防を乗り越えてきた津波に飲み込まれてしまうという事態は現実に東日本大震災の際に起きている。立派な防潮堤だけ造って、内陸への逃げ道を十分に造らないという発想に危険を感じるのは私だけではないだろう。つい最近、最高級マンションのデベロッパーの方と偶然、話をする機会があった。世界の大都市の超高級マンションには核シェルターが標準で装備されているのに、日本の超高級マンションにはそれがないという話だった。最新鋭のミサイル防衛システムを導入しても、あるいは米国と軍事同盟を結んでいても、確実にミサイル攻撃を阻止できるわけでない。にもかかわらず、核シェルターを用意しないというのはなぜなのか。実際、日本の核シェルターの普及率は先進国で最低レベルだという。自然災害でも戦争でも、1つの対策だけで備えが完璧にはならないはずだ。1つのことだけに莫大な費用をかけるより、いくつもの対策を用意しておくほうが安全性は高まるのではないだろうか。もう一つ重要なポイントは、失敗から学ぶことだ。例えば最近、大阪を中心に起きた地震でブロック塀が倒壊し、小さな子の命が奪われた。同じ悲劇を繰り返さなためにも、全国のブロック塀をチェックするなど、教訓を生かさねばならない。今回の豪雨でも、インフラにどのような脆弱性があったのかや、どのような対策が取れたのかを分析しないと、同じ失敗を繰り返すことにならないだろうか?
従来の発想にとらわれない
そんな折、ラジオを聞いていたら人気ブロガーの「ちきりん」さんが興味深いことを言っていた。被災地に避難所を用意するより、被害がほとんどなく、生活物資も充実している場所に避難所を作るほうが現実的だという話だった。水も出ない、物資も足りない被災地に援助物資を運びながら、並行して救出活動やライフラインの復旧に取り組むのではなく、まず人は被災地から離れた場所に避難させる。そのうえで被災地では行方不明者の捜索や復旧に専念した方が合理的という彼女の主張は納得できるものだ。
実際、事前避難では被害が起こらなさそうな地域に避難するのが原則になっている。もちろん、自分の生活拠点から離れるストレスで心身に問題が出る人が増えるようなことがあれば、カウンセラーを派遣するなどして心のケアに取り組む必要がある。あるいは被災地にとどまるという従来の避難方法に戻す必要性が出てくるかもしれない。とはいえまずは、離れた安全な土地に避難するという方法を試してみる価値はあると思う。
西日本豪雨では IT(情報技術)の活用の遅れも痛感した。これもラジオで知った話だが、大雨などに関する警報が出た時点ですでに水浸しになっている家屋がかなりあったという。スマートフォンがこれだけ普及しているのだから、現地の人が察知した危険を投稿できるシステムぐらい用意できるはずだ。
米国を中心に世界に普及している「Waze」というカーナビアプリがある(日本にも上陸しているのだが、イマイチ普及していない印象だ)。これのいいところは、事故や工事があったり、予想外の渋滞が発生したりした際に、スマホからいつでも投稿ができ、その情報がカーナビに反映される点だ。いいか悪いかは別として、交通取り締まりの実施もリアルタイムでわかるし、近所でいちばん安いガソリンスタンドもわかるという優れものだ。
要するにスマホの利用者は情報の受け手であり、送り手にもなれるという発想の転換が活用されている。これは、災害情報をよりリアルタイムにできるということを示唆している。ITの進歩を少しでも、災害対策に利用しないと、地球温暖化のせいかどうかはわからないが、豪雨災害が増えている現在、同じ悲劇を繰り返すことになるのではないか心配である。


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