大阪・道頓堀にあるおなじみのグリコサイン。グリコの異変に、社員も“お手上げ”といった様子だ Photo:iStock/gettyimages

大手菓子メーカーである江崎グリコの経営陣が急進的な社内改革を行っている。その一環で4月に幹部向けの新人事制度を導入した。これによって給与が下がった幹部が続出し、社内に波紋が広がっている。(「週刊ダイヤモンド」編集部 山本 輝)                        何でこんなに減っているんだ?」。4月末、江崎グリコのある幹部は、給与明細を見て目を疑った。以前と比べて、年収ベースで約100万円も支給額が減っていた。ぼうぜんとしながら、2カ月前に新たな人事制度の説明を受けていたことを思い出した。自分は仕事できっちりと結果を出しているので大した影響はないだろうと高をくくっていた。いざ給与明細を前にして、制度改革に強い嫌悪感を抱いた。それまでグリコの人事制度は、実質的な年功序列だった。評価や能力に対して職能資格を割り当てる日本的な「職能型」と呼ばれるシステムである。新たに導入した制度はこの仕組みを廃し、欧米的な「職務型」と呼ばれるものになった。務める役職の責任の大きさに応じて報酬が決まる。個別の役職に「役割グレード」が割り当てられ、そのグレードごとに設定された幅のある年俸レンジ給となる。役割に応じた給与制度への変更は同社に限らない潮流であり、それ自体はおかしなものではない。 それでも、冒頭の幹部は、「要は人件費を下げたいだけ」と吐き捨てるように言う。職務型導入と併せ、経営側はグレード別年俸を「他社の報酬水準を踏まえた水準にする」と説明していたからだ。グリコの有価証券報告書に記載された平均給与は836万円。同業他社である森永製菓の803万円、カルビーの747万円と比べても高い。周囲に合わせるのであれば、給与が下がる方向にいくとみるのが自然だ。実際、年俸レンジ給は従来の固定給の水準に比べて下振れ幅が大きい。現在の役職が重要でないと判断され、低いグレードを割り当てられれば、従来と同じ仕事でも給与は減る。給与が上がった者がいる一方で、下がった者も続出しており、事前の説明から間もない性急な施策に社員の間で不満が噴出している。

牧歌的社風に外部人材重用で
急進的改革

 人事や給与制度は社員の生活やモチベーションに直結する。説明を尽くし、展望を共有できなければ不信感を生むだけだ。
 だが、社員の不満は人事制度に対してだけではない。ここ数年来の経営側の改革意識が社員の意識とずれ、社内に大きな不協和音が生じている。グリコはここ数年、経営の合理化施策を推進してきた。製造工場の削減や、採算性の低い商品の削減と主力商品への集中などで、2013年3月期に1.5%だった営業利益率を、17年には6.9%へと大きく改善させた。“丼勘定”だった従来の経営から、数字を明確に追求する仕組みに変えた。いわば教科書的な改革であり、方向性が誤っているわけではない。
 ただ、愛社精神が強く、牧歌的な社風だけに、あたかも外資企業のような急進的な改革に戸惑う社員は多い。経営改革の中心役である江崎悦朗専務自身が、信頼を置く外部人材を積極的に登用することもあつれきを生んでいる。
「専務が一部の人材を重用する一方、従来の幹部が“左遷”される例もある。専務に近い社員とそれ以外とでモチベーションなどにかなりの隔たりがある」と、ある関係者は指摘する。
 施策が結果を出し続ければトップダウンでやり通すこともできるかもしれないが、業績面で踊り場を迎えている。18年の決算は、営業利益が5年ぶりの減益となった。国内外での広告宣伝費などが先行したことや市場環境の悪化などの要素も大きい。ただ、主力商品への集中が一巡したことや、非主力に位置付けられた商品への投資が後回しにされたことが売り上げに影響を及ぼしているのではないかと、あるアナリストはみる。18年は中間決算で業績予想を下方修正し、通期では年初の計画に対して売上高は216億円の未達となった。売上高減を主因として営業利益も、年初計画比で46億円減となっている。
「業績の未達に焦った経営陣が人件費削減で“身を切った”。これが人事制度改革の本質」と冒頭の幹部は解釈している。
 20年を最終年度とする中期経営計画には、基本方針に「人財力の強化と『働きがいのある会社』の実現」とある。             実際のところは、従来の好業績を支えてきた社員の退職が相次ぐ。           
 こうした人材流出も血を入れ替える腹で想定内なのだろうが、残された社員のモチベーションが下がるようでは楽観できない。
 食品企業でもグローバル化を迫られるなど、外部環境が急変しており、経営側に強い危機感があるのは確かだ。            だが、このまま経営側と社員の間で意識の乖離が広がり続けるのであれば無残だ。