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マイナンバー制度、3年目でも課題のITリテラシー


                                大豆生田 崇志=日経 xTECH/日経コンピュータ
                                                          2018/08/24
 メリットが分からず面倒な作業ばかりが増えたと酷評すらされるマイナンバー制度。制度の見直しが2018年秋に始まる。経済団体は相次いでマイナンバーを氏名と同じように扱えるよう規制緩和を求めるが、制度開始から約3年経っても残る課題を紹介したい。
 外国人を含め国内に住む全ての人に一人ずつ12桁の番号を振るマイナンバー制度。企業は従業員らからマイナンバーの収集や本人確認に手間をかけている。証券会社や銀行は顧客の口座に付番する必要があるが、マイナンバーを提供してもらうのに手間取っているのが現状だ。これらの作業は本来、自治体が希望者に配るマイナンバーカードを活用すればオンラインで効率化できるものだ。

企業の従業員や金融機関の顧客がPCに接続したICカードリーダライターを使えば、カード内蔵のICチップに搭載した「券面事項入力補助アプリ」で氏名や住所のほか、必要に応じてマイナンバーも正確に送ることができる。

 しかし周知不足もあってカードの普及率はようやく10%を超えた程度にとどまる。マイナンバーを集める企業にもカードを利用するインフラが広がっていない。その結果、マイナンバーと本人確認のために書類のコピーや画像を送らせるといった繁雑な作業を強いている。

規制緩和を求める経済団体 

 経済団体は相次いでマイナンバー制度の改正を求める提言を公表している。いずれも氏名や住所などと同じ個人情報として企業も扱えるように規制緩和を求める内容だ。マイナンバーは氏名などの個人情報よりも厳格に扱わなければならない。                                マイナンバーに氏名や住所などがひも付いた個人情報は「特定個人情報」と呼び、法令で収集や提供、保管などに厳しい制限がある。企業は納税や社会保障などの行政手続き以外の目的で扱えない。マイナンバー法は意図的に漏洩させるといった行為に個人情報保護法よりも重い罰則を規定する。日本経済団体連合会は2018年2月に公表した提言で、現在のマイナンバー制度が「特定個人情報を取り扱う事業者に負担を生じさせているほか、国民の個人番号に対する不安の増加を招いている」と主張。                                          「マイナンバー制度の潜在能力が十分に発揮されているとは言い難い」とした。同様の主張は2018年8月に経済同友会が公表した「マイナンバー制度に関する提言」にも登場した。経済同友会の提言によると安全管理措置のために「追加的なコストが生じている」とコスト負担の重さを挙げる。さらに、特定個人情報に設けている特別な規制が「むしろマイナンバー制度に対する国民の懸念等に影響を与え、不安感を増長させる面を持つとも考えられる」と主張する。経団連と経済同友会はいずれもエストニアの国民IDが氏名と同様に秘密にする必要がなく公知のものとして扱っていると脚注に記載している。 

過剰反応が広がったワケ 

 こうした経済団体の提言について妥当だと理解を示すのは外資系ITベンダーの元チーフ・プライバシー・オフィサーで国内外の法規制に詳しい佐藤慶浩・オフィス四々十六(ししじゅうろく)代表だ。佐藤氏は「マイナンバーの秘密性を低減させることは必須だ」と指摘する。マイナンバーカードは身分証明書として利用できる。ところが、「マイナンバーカードを受け付けない自治体の図書館などが増えている」(佐藤氏)という。自治体職員でさえマイナンバーを秘密にしなければいけないと思い込んでカードの受け取りを拒否する例があるためだ。本来ならばマイナンバーを書き写すといったことをしない限り問題にならない。                                 マイナンバーは行政機関が個人にひも付けた情報を検索できる強力な識別子である。基本的に生涯不変の永続的な識別子で、本人の希望だけでは変えられない。しかし保護が必要なのは、マイナンバーにひも付けられた個人情報だ。佐藤氏は「マイナンバーを秘密として保護することよりも、マイナンバーに情報をひも付ける行為の禁止を重要視すべきだ」と主張する。              マイナンバー制度は設計段階からプライバシーの保護や情報セキュリティを確保するための何重もの安全策を施している。                 仮にマイナンバーが漏洩したところで、ただちにプライバシーの侵害に結びつく問題が起きるわけではない。行政機関が利用する情報提供ネットワークシステムは、行政機関がマイナンバーそのものではなく、行政機関ごとの符号を利用してほかの行政機関が管理する個人情報を照会する。マイナンバーを他人に知られただけでは行政機関がひも付けた個人情報に誰もがアクセスできる仕組みではない。ただ、こうした行政機関の仕組みを分かりやすく説明して理解を得るのは簡単ではない。むしろ「マイナンバーを秘密にするので問題が起きない」という単純な誤解が広がってしまった。「識別子であるマイナンバーを秘密にすることと、マイナンバーにひも付く個人情報の保護を混同しまっていることが、マイナンバーが過度に秘密にされる要因になった」(佐藤氏)と指摘する。    佐藤氏は「マイナンバーの漏洩があれば変更は可能なのに、『原則、生涯変わらない』という説明がマイナンバー制度を分かりにくくする要因の1つだ」とも指摘する。 

ネット特有の危険性も 

 一方で、経済団体が求める規制緩和に反対するのは、マイナンバー制度の立法担当官だった水町雅子弁護士だ。「規制緩和すれば便利な使い道が思いつきやすくなるという発想かもしれないが、悪用のリスクも著しく増大する」(水町氏)と強調する。    マイナンバーはひも付けられる情報の種類が多い強力な識別子だ。強力だからこそ個人情報を効率的に集められて行政の効率化などに役立つものの、「悪用された場合はプライバシーに与える影響が甚大だ」(水町氏)と指摘する。今でもインターネットで個人の氏名を検索すると様々な個人情報が分かる場合がある。正しいかどうか定かではない書き込みも検索できる。ただ、氏名であれば同姓同名の他人の場合もあり、自分の個人情報が検索上位に表示されないこともある。                                                                   ところがマイナンバーは一人ひとりに付番された唯一無二の識別子なので、確実に本人だと特定できる。                                                 マイナンバーがその他の個人情報と大きく異なる点だ。マイナンバーを個人情報と同じく扱えるように法律を変えると、利用範囲の制限がなくなる。ネットへの公開は個人情報の第三者提供に当たるので、企業がオプトアウト(利用停止)の手段を用意すれば本人の同意なくネット上にマイナンバーとひも付いた個人情報を提供できてしまう。「本人が拒否して初めて削除が可能になる」(水町氏)。マイナンバーにひも付けた個人情報がネットに拡散されてしまうと、アクセスを制御できない。「マイナンバー制度はマイナンバーの利便性を自ら下げることで、マイナンバーが悪用されても検索できる情報の範囲を減らしている」と水町氏は説明する。 

制度見直し前にリテラシー向上策を 

 マイナンバーをどんな場面でも秘密にしなければいけないというのは明らかな誤解だ。                                                              制度に対する誤解が残る限り、利便性を発揮するはずのマイナンバーカードが使われにくいのは事実だろう。                                          一方で、本人が意図しない場面でマイナンバーにひも付いた個人情報が拡散してしまうと、重大なプライバシー侵害につながりかねない。佐藤氏は海外の法規制のようにまず個人情報の保護対象を広く定義したうえで、「何が個人情報に該当するかという議論よりも、具体的に何をプライバシー侵害として規制すべきかという議論が重要」(佐藤氏)と強調する。                                                        水町氏は「マイナンバーが過剰規制というのであれば、個人情報と同じ規律にするという乱暴な方法ではなく、具体的にどういう点が過剰規制になっているかを丁寧に検証すべきだ」と指摘する。共通するのは、マイナンバーの利用場面を想定した具体的な議論が必要という点だ。佐藤氏と水町氏の視点の違いは、佐藤氏がマイナンバーに個人情報をひも付けてプライバシー侵害が起きるような行為を事後的に規制対象とするよう求めているのに対し、水町氏は事前に悪用されないよう規制が必要と位置づけている、といえるかもしれない。問題はどうすればマイナンバー制度を誰にとっても分かりやすくできるかだ。マイナンバー制度はスタート当初から「過度な不安」と「過剰な期待」が同時に広がった。利用者にITリテラシーを求める側面があるからだ。マイナンバーそのものと、公的個人認証機能(JPKI)などを搭載したマイナンバーカードの用途の違いを分かりやすく伝える必要もある。 

政府はマイナンバーの利用拡大を検討 

 政府はマイナンバー制度の見直しに向けて、2019年1月の通常国会にマイナンバーの利用範囲の拡大を盛り込んだ関連法改正案を提出する方針だ。現在のところ、新たに戸籍事務や旅券事務でマイナンバーを利用したり、在外邦人の情報管理などを検討している。金融業界の公共性が高い分野として株券などの証券保管振替業務をマイナンバー利用事務としたり、原則1週間当たり28時間という上限がある外国人留学生の資格外労働時間の管理にもマイナンバー制度の活用を検討している。制度見直しは単にマイナンバーの利用範囲を広げるにとどまらず、具体的な利用場面を基に利便性と安全性をともに高められるようにリテラシーを伝える必要がある。

図 マイナンバーカードの「券面事項入力補助アプリ」の利用
(出所:総務省)

図 「特定個人情報」の主な制限



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