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テスラCEO大迷走、株式非公開化「撤回」の理由


発言ツールとしてツイッターを多用するマスク氏だが、ここ3カ月は、月400近い投稿をするなど中毒気味だった。株式非公開化をツイッターで発信したことに対する批判が高まってからは、さすがに発信を控えていた(撮影:尾形文繁)

 

「昨日、テスラの取締役会との会合を開き、会社にとってよりよい道は上場を維持することだという考えを伝えた。取締役会も賛成の意を示してくれた」 
米電気自動車(EV)メーカー、テスラのイーロン・マスクCEOは8月24日(現地時間)の深夜、検討を進めていた上場株式の非公開化の計画を撤回することを同社の公式ブログで発表した。マスク氏がツイッター上で「テスラ株を1株420ドル(約4万6000円)で非公開化することを検討中。資金は確保した」と突然市場との決別宣言をしてから、わずか2週間ほどでの方針転換。このどたばた劇の裏で、いったい何が起こったのか。

「非公開化撤回」を決めた2つの理由

マスク氏が挙げた非公開化撤回の理由は2つある。1つは、テスラの既存株主の多くが、非公開化に反対したことだ。                        マスク氏は当初、既存株主の3分の2にそのまま優先株主として残ってもらうことを構想していた。ただ、多くの機関投資家は、流動性の低い非上場企業に投資する額を社内規定で制限しているうえ、個人株主が非公開株を持ち続ける確実な方法も見つからなかった。   そして2つ目として、非公開化はマスク氏が「当初想定していたよりも時間を要するうえ、(事業を進めるうえで)気を散らせるものだ」とわかったことがある。非公開化にあたり、テスラは現在5%の同社株を保有するサウジアラビアの政府系ファンドと協議を重ねていた通常なら、買収会社の資産やキャッシュフローを担保に資金を借り入れるLBO(レバレッジド・バイアウト)が行われるが、これはテスラが黒字転換することが前提。現状の赤字のままでは、借り入れも利払いも困難だった。すでに負債総額が230億ドル(2兆3700億円)近くまで膨らんでいるテスラとしては、これ以上負債を増やすことも避けたい。既存株主に株を持ち続けてもらうことも、前述の通り難しい。そもそもアナリストの多くは、「非公開化失敗のリスクを負うより、テスラ株を手放すべき」(英バークレイズ証券のブライアン・ジョンソン氏)といった悲観的な見方を示していた。通年黒字化の必須条件としては何よりも、テスラ初の量産型セダン「モデル3」の生産を軌道に乗せることが先決だ。「モデル3(の生産)を増やし、黒字化を目指すことに集中しなければならないため、(非公開に手を取られることは)問題になる。財務面で持続可能でなければ、持続可能なエネルギーの普及を促すというわれわれのミッションは達成できない」(マスク氏)。                                            以上の理由を示したうえで、マスク氏は「一連の過程を経て、テスラの非公開化に必要な資金源は十二分にあったという思いがより強固になった」とも言及。この期に及んで非公開化を諦めていないことをほのめかす発言だが、こう書かざるを得なかった理由がある。8月7日のマスク氏によるツイッター投稿以降、議論の的になっているのが、「(非公開化の)資金は確保した(Funding secured)」という表現が事実に基づくかどうかということ。同氏が提示した非公開化時の買い取り額がテスラ株の前日終値に2割ほどのプレミアムを付けた価格だったこともあり、ツイート後にテスラ株は前日終値比10%以上に高騰。一時取引が中止される事態に発展。テスラ株の下落で利益を得る空売りファンドには、大きな痛手となった。

ツイッター情報の正確性に疑問符

ただ、8月13日の公式ブログに記されたマスク氏の声明を見る限り、ツイートの時点で同社は非公開化に必要なファンドとの契約は未締結だった。複数の現地報道によれば、マスク氏の投稿が株価操作だとして、株主からの訴訟が次々と起こっている。米国証券取引委員会(SEC)も、テスラの調査に乗り出した。資金確保に関する今回の言及は、自らのツイートの真実性を改めて補強しようとしたといえる。SNS上の情報開示は、SECが2013年から容認している。だが、「情報の正確性をどう担保するか、会社側が投資家のアカウントをブロックした場合はどう情報を得るかなど、具体的なルールは決まっていない」(米国証券法に詳しい早稲田大学の黒沼悦郎教授)。日頃からツイッターを発言ツールとして多用するマスク氏。                テスラの重要情報を発信する一方で、今年のエイプリルフールに「テスラは破綻した」というジョークを放つ、タイの洞窟で出られなくなった少年を助けたダイバーを「小児性愛者」と表現する、などの舌禍は、テスラの株価にたびたび悪影響を及ぼしてきた。一方、今回の非公開化撤回の発表は、ツイッターよりも先に、公式ブログ上で行われた。さすがのマスク氏も反省したということだろうか。  マスク氏が非公開化を望んだそもそものきっかけは、昨年の秋ごろから量産型セダン「モデル3」の生産遅延が明らかになり、同社への批判が強まったことだ。パナソニックと共同で運営するモデル3向けの電池工場「ギガファクトリー」の自動組立てラインが立ち上がらず、週5000台の生産目標が延期されるたび、同社の株価は下落。カラ売りファンドがテスラ株を大量に買い増したこともあり、乱高下を繰り返した。幸い、今年の4~6月にはモデル3が週5000台の生産目標を達成。

一方で生産ラインの入れ替えなどの設備投資が相次いだことで資金繰りの悪化は続いており、7月には、一部の部品メーカーに支払い代金の返還を要請していた。 マスク氏は焦りを募らせるばかりだった。5月に行われた2018年1~3月期の決算会見では、設備投資やモデル3の予約状況などについてのアナリストの質問を「退屈で間抜け」「ばかばかしい」と一蹴し、回答を拒否したことで批判が殺到した。

追い詰められたマスク氏

 8月7日の「非公開化」ツイートの直後に公開されたテスラの公式ブログにも、「上場していることで、四半期単位では適切でも、長期的には適切ではない決断を強いられる」「カラ売り筋の多くは、会社を攻撃するのが目的だ」といったマスク氏の葛藤が綴られていた。8月16日に公開された米ニューヨーク・タイムズ紙のインタビューでは、マスク氏が量産拡大のために24時間陣頭指揮を取り、弟の結婚式にも遅刻しそうになったこと、睡眠障害に悩む現状などを吐露している。                       突然の非公開化宣言の背景には、マスク氏の追い詰められた状況も影響しているとみられる。                                                  テスラの株価は、上場から8年で時価総額5兆円にまで膨れ上がり、一時は米最大の自動車会社、ゼネラル・モーターズを抜いた。ただ、マスク氏の描く壮大な計画に反して、ものづくりの技術は未熟だ。今後もモデル3の出荷拡大や、中国での工場建設などが控える。テスラが今一番に優先すべきは、非上場化による“外野”の排除よりも、マスク氏が経営の安定化に打ち込むために現場を一任できる“右腕”探しだろう。


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