2019年に景気クラッシュの予感、IT業界も技術者もタダでは済まない


 IT業界だけでなく、日本のほぼ全てのビジネスパーソンが思考停止に陥っていた懸念材料がある。私も完全に思考停止状態だったと反省している。何かと言うと、日本の景気だ。これまで誰もが「東京オリンピック・パラリンピックまで日本経済は大丈夫」とボンヤリ想定し、それを前提に将来を考えていた。大会準備などに向けて活発な投資が続くというのが「大丈夫」の根拠だったが、最近その前提が揺らぎ始めているのだ。まず、東京オリンピック・パラリンピック招致が決まった2013年を思い出していただきたい。前年の2012年末に発足した第2次安倍内閣が打ち出した経済政策「アベノミクス」、特に「黒田バズーカ」と呼ばれた大胆な金融緩和策がうまくはまり、日本の景気が何とか持ち直しつつあった時期だ。それまでは「失われた20年」といわれた経済の長期低迷で、日本はお先真っ暗状態だった。そんな暗さが払拭されつつあった時期に招致が決定した。これで日本国内のムードが一気に変わった。なんせ2020年までの7年間は好景気が約束されたようなものだからだ。オリンピック・パラリンピックに向けて公共投資や企業の設備投資が活発になる。“オリンピック景気”と無縁の企業であっても、経営者の景況感は強気を保てるので売り上げ拡大に向けた投資に打って出られる。かくして日本経済は2020年までは好循環を維持できる。いろいろ問題はあれど、今まではまさにこのシナリオ通りだった。 いつもの「極言暴論」と異なりマクロな話が続くが、ご辛抱願いたい。

 

さて、問題は「うたげの後」だ。2025年に全ての団塊の世代(1947~1949年生まれ)が後期高齢者になるなど、2020年代は少子高齢化がいよいよ深刻化し、国内市場は急速に縮小する。それに向けた2013年以降は日本企業にとっては、降って湧いたようなデジタルの時代の到来。ITを駆使して既存の産業を食い荒らす米国発のディスラプター(破壊者)もその間、多数登場してきた。というわけで、日本企業は今のうちにグローバル企業に脱皮し、ITを活用してビジネスのイノベーション(今風に言えばデジタルトランスフォーメーションDX)を実現しなければ、2020年代には生き残れない。それは我らがIT業界も同じ。世界の企業と比べて特殊なニーズを持つ国内の客を相手に、チマチマと人月商売を続けているようでは絶滅を免れない。つまり2020年までが、日本や日本企業に与えられたモラトリアム(猶予)期間だったわけだ。モラトリアム期間の5年を消費したが…

 現時点で東京オリンピック・パラリンピックまで、あと2年。7年のモラトリアム期間のうち5年を消費した。「5年もあれば何かできるだろう」と思うものだが、周りを見渡すと「うーん……」となってしまう。アベノミクスの中で最も大事な政策のはずの「民間投資を喚起する成長戦略」は、全くダメとは言わないが、遅々として進んでいない。日本経済の構造改革が進まないまま時間切れで、人口がどんどん減って超高齢化社会に突入したらどうなるのかと不安がよぎる。個々の企業の取り組みも亀の歩みだ。グローバル化については、欧米やアジアの企業を片っ端からM&A(合併・買収)するなどで、それなりに進展した。だが、DXはどうかと言うと、ようやく体裁を整えた段階。社長がCDXO(最高DX責任者)に“就任”し、DX推進組織を設置するなど陣立ては米国の先進企業並みだが、やっている中身はスカスカという企業ばかりが目につく。

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 人月商売のIT業界に至っては、多くのITベンダーが貴重な5年の歳月を無為に食い潰した感がある。私がこの極言暴論で「SIerは死滅する」「人月商売の終えん」などと脅かしたのが少しは効いたのか、人月商売から脱却するために新規事業やビジネスモデルの転換にチャレンジするITベンダーも出てきてはいる。しかしこの5年間、金融機関や公共の大規模プロジェクトが重なったこともあり、多くのITベンダーが人月商売にどっぷり漬かったまま、今日に至っている このままでは2020年代に、SIer(システムインテグレーション(SI)を行う業者) をはじめIT業界の多重下請け構造の中で人月商売に明け暮れてきたITベンダーは、確実に滅亡に向かう。だから最近では、人月商売の技術者、特に下請けITベンダーの技術者に転職を熱心に勧めている。空前の技術者不足でIT業界以外からも多数の求人がある今を捉えて、ぜひとも転職してほしいのだ。それが本人のためでもあり、日本のためでもある。景気が悪くなってから焦っても、それこそ後の祭りだ。

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 さて、そろそろ本題に戻るが、これらの話は皆「2020年までは日本経済は大丈夫」が前提だ。あと2年しかないので既に厳しい状況なのだが、ひょっとしたら1年後、2019年に景気がクラッシュするような事態になればどうなるか。東京オリンピック・パラリンピックに向けたお祭りムードは一気に吹き飛び、日本企業は一気に投資を絞る。“不要不急”のIT投資はひとたまりもなくシュリンクするだろう。いわば2020年以降に発生するはずの問題が想定外に前倒しされた格好だ。 

トランプ大統領が崩す「日本経済は大丈夫」 

 「日本経済が大丈夫」ではない事態は海の向こうからやって来る。というか、やって来つつあるのかもしれない。                           米国のトランプ大統領が仕掛けた米中貿易戦争は、制裁関税の応酬に歯止めがかからなくなりつつある。日本も対象になり得る米国の自動車関税の引き上げも気掛かりだ。輸入車に25%もの関税が課される事態に発展すれば、特に自動車が基幹産業である日本経済への影響は深刻だ。米国も返り血を浴びるので「まさかやらないだろう」とは思うが、そのまさかをやってしまうのがトランプ大統領だ。貿易戦争以外にも心配の種は尽きない。そもそも中国経済は大丈夫か。既に景気に変調をきたしているようだが、この先どうなるか分からない。不動産やデジタル分野に多額の資金が流れ込んでいるから、そのバブルが弾けるかもしれない。米国はトランプ減税が効き過ぎて、景気が加熱して空ぶかし状態だ。この先、世界からカネを吸い上げて金融やデジタル分野でバブルを急速に膨らませ、破裂へと向かうかもしれない。要はこの先、何が起こるか分からないのだ。少し前なら、誰もが「世界同時好況が当分は続く」と言えたが、今は誰もが「1年先も大丈夫」とは言えない。世界同時不況はもちろん、米中の経済関係が悪化するだけでも、その影響は日本経済に及ぶ。実際には何事も起こらないかもしれないが、こうした不安が景気を冷やしてしまう。         「将来が不透明」「将来が心配」となれば企業の経営者は投資を留保するし、消費者は財布のひもを固くする。         そんなわけで「2020年までは日本経済は大丈夫」との前提がにわかに怪しくなってきたわけだ。だから「2019年半ばに日本の景気がおかしくなったらどうなるか」というワーストシナリオを少し考えておくべきなのだ。特に、受注残がどんどん積み上がる状況が長く続いて、すっかり好況ボケしたSIerは、2008年のリーマン・ショック直後の惨状をよく思い出したほうがよい。受注残など、それこそあっという間に蒸発してしまうだろう。多くの日本企業にとって、基幹系システムの刷新といった従来型のIT投資は不要不急の投資の最たるもの。だから業績が悪化するとIT投資をあっさり凍結する。この分野で人月商売を続けてきたSIerは、案件が減って安値受注に走る。今の技術者不足が嘘のように技術者が余るから、下請けのいわゆる“人売り”ベンダーは経営が立ち行かなくなり、技術者を退職に追いやり始める。過去に何度も見た、ひどい光景がまた繰り返されるわけだ。 

空前の売り手市場なのに、なぜ動かない 

 本来なら、モラトリアム期間が5年もあったのだから、ITベンダーは人月商売からの脱却を図り、ビジネスモデルの転換に動いていなければならなかった。クラウドの将来性がはっきりと見えていたわけだから、自らもクラウドをベースにしたサービス提供型、今風に言えばプラットフォーム型のビジネスにとっとと移行すべきだったのだ。それに成功していれば、たとえ不景気になっても客に逃げられる心配はなかった。 さらに言えば、人工知能(AI)や IoT(インターネット・オブ・シングズ)などのデジタル分野の可能性や、企業がDXに取り組まなければならない必然性も明らかだったのだから、特にSIerはコンサルティング能力を持つ必要があった。「コンサルなど、うちには絶対無理」と言うSIerの経営幹部は多いが、やはり5年もあったのだから、優秀なコンサルタントをヘッドハンティングしたりしてコンサル部隊を育てたりする機会は十分にあったはずだ。 というわけで「2020年まで日本経済は大丈夫」という前提が崩れれば、人月商売のITベンダーの経営は一気に苦しくなる。念のために言っておくと、従来のような景気低迷による一時的なスランプとは違うぞ。日本企業のIT投資がオンプレミスからクラウドへ、そして基幹系などバックヤードのシステムからデジタル分野へシフトしている中でのスランプだ。SIerや下請けITベンダーの絶滅時期が当初予想よりも早まるということだ。     人月商売や多重下請け構造の崩壊が早まるのは、極言暴論の観点ではむしろめでたい。ただし、人月商売のITベンダーにいる技術者はIT業界の崩壊と運命を共にしてはならない。技術者の転職市場は空前の売り手市場なのに、何をもたもたしているのか。    「まだしばらく売り手市場が続くだろうから、転職はもう少し後で考えよう」などと思考停止に陥っているのかもしれないが、状況が暗転する時期は意外と早いかもしれないぞ。もちろん、今のところメインのシナリオは「2020年まで日本経済は大丈夫」であって、2019年に景気がクラッシュするリスクは大きくはない。ただし、東京オリンピック・パラリンピックを好況のまま迎えられても、どのみち2020年代には人月商売のIT業界は瓦解する。ITベンダーは一刻も早くビジネスモデルを変えるべきだし、そうでないITベンダーに勤める技術者は一刻も早く、そのベンダーを見限るべきだ。