ものづくりの現場で不足する外観検査のベテラン人材 


 日本経済の中で重要な位置を占める製造業。しかし、その現場では少子高齢化やバブル崩壊後の新規採用絞り込みなどによって、人材不足が目立つようになってきた。特に深刻なのが、出荷前の外観検査工程におけるベテランの不足である。そこで最近は、自動的に画像検査を行う検査機の導入も増えてきた。

しかし異常パターンとの比較に基づく検査では誤検知が多くなり、結局は目視確認が必要になっている。

そこで注目されているのがディープラーニングの活用だ。ディープラーニングによる外観検査はどこまで実用化されているのか。最前線を紹介しよう。


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         -人の目に代わり微小な欠陥、色むら検査の自動化を実現-

従来、人の目に頼らざるを得なかった外観検査工程の自動化を促進する画像処理システム「FHシリーズ」を2018年8月1日よりグローバルで順次発売します。「FHシリーズ」は、業界で初めて検査対象物の特徴に応じて光の角度や色を調整できる「MDMC(Multi Direction Multi Color)照明」により、これまで人の目でしかとらえられなかった色差の低い欠陥の検出や、特徴の異なる欠陥の同時検出を実現します。 https://www.omron.co.jp/press/2018/07/c0730.html

拡充した画像処理システム「FHシリーズ」
【拡充した画像処理システム「FHシリーズ」】


 製造業は現在も日本経済のなかで重要な位置を占めており、日本企業が持つ「ものづくり」に関する高い技術力は、世界市場から依然として高い評価を受けている。しかしその現場は決して楽観できる状況ではない。人材不足が顕著になっており、ノウハウの継承が難しくなっているのだ。なかでも大きな課題となっているのが、外観検査における人手不足である。これは出荷前の製品の外観をカメラで撮影し、その画像を人の目でチェックして正常か不良かを判断する工程。日本の製造業における「高品質」を支える上で、重要な役割を果たしている。ラインを流れる製品を短時間で確実にチェックするには、確かな判断力が必要だ。そのため従来は、経験豊富なベテラン人材が担当することが多かった。しかし最近では、このような人材を確保することが難しくなっている。バブル経済崩壊後に長年にわたって新規採用を絞り込んだ結果、どの企業にも30~40歳代の中堅社員が少なくなっているからだ。そのため退職間近の社員や、すでに退職した人を再雇用するという形で人材を確保するケースも多かったが、最近ではこれも限界を迎えつつある。こうした課題を解決するために、画像検査を自動化しようという取り組みが進んできた。異常パターンを洗い出し、それとの比較を行うことで異常を検出する検査機もすでに存在する。しかし実際には異常パターンをすべて洗い出すことは難しく、グレーゾーンが大きくなりやすい。その結果、誤検知(虚報)が多発し、結局は目視確認が必要になっている。そこで最近はさらに一歩進んだ取り組みが始まっている。それがディープラーニング(人工知能)を活用した異常検出だ。では実際にどこまで実用化されているのだろうか。

異常に関する教師データ収集のハードルを新技術で解決

 「人工知能には、人間が『特徴量』を抽出してこれを機械に学習させる『機械学習』と、特徴量を機械が自動的に抽出する『ディープラーニング』がある。ディープラーニングは機械学習に比べて、様々なパターンの特徴を捉えることに適しており、学習に要する時間や認識精度で大きなアドバンテージが得られる場合が多い。従来の画像処理では対応できず、人手による外観検査を行なっている部分をサポートするのに優れた技術だといえます」。こう語るのは、富士通 AIサービス事業本部 第一フロンティア事業部の永井 浩史氏だ。しかし機械学習に比べると、ディープラーニングは活用のハードルも高くなるという。人工知能が適切な判断を下すには学習のための教師データを用意する必要がある。ディープラーニングですべてのパターンを学習できるだけの大規模の教師データを収集することが課題となるケースが多い。「製造現場では正常品のデータは簡単に用意できますが、異常品のデータを大量に揃えるのは簡単ではありません。そのため外観検査でディープラーニングを活用することが難しかったのです」。しかしこの問題も、2017年夏に解決できるようになったと永井氏は説明する。学習用画像を生成する新たな技術により「正常品のデータ」だけで、異常検知のための学習が行えるようになったからだという。富士通はこの技術を活用した外観検査システムをいち早く立ち上げ、グループ企業の工場に導入した。正常品の画像を学習しただけで、異常品を自動検知する学習モデルを確立したのだ。具体的には、電子回路の基板上に実装された部品の状態を画像で診断し、部品の位置や角度が不適切なものを、自動的に検出するというもの。これまでは異常パターンを学習していたが、逆に正常パターンを学習し、それと違うものをピックアップするように視点を180度変えたことによって従来の検査機に比べて虚報を大幅に減らし、目視確認に必要な人的コストの削減に成功した(図1)。

図1 富士通グループですでに行われているディープラーニングによる製造品の異常検知(外観検査)の概要

            図1 富士通グループですでに行われているディープラーニングによる製造品の異常検知(外観検査)の概要

 「ここで利用している最新技術を利用するには高度な数学的知識が必要ですが、富士通にはこうした技術者が数多く所属しており、短期間で実用レベルのシステムを構築できました」と永井氏は語る。またグループ内に大規模な工場があり、ものづくりの現場ですぐに試せたことも、スピーディーな実現に寄与しているという。

ディープラーニングの活用ケースを体系化し、17種類のオファリングとして提供 

 富士通はこのような人工知能に関する技術やソリューションを体系化し、「FUJITSU Human Centric AI Zinrai (以下、Zinrai)」のブランド名で提供している。また2017年4月には「Zinraiディープラーニング」のサービス提供も開始。クラウドサービスとオンプレミスの両方で利用できるようにしている。前述の最新技術も、すでにZinraiに組み込まれて提供されているという。「富士通グループでは電子回路の外観検査にディープラーニングを活用していますが、ほかにもさまざまな活用ケースが考えられます」と永井氏は語る。その一例が食品製造における異常検知だという。「例えばジャムの出荷検査では虫の混入を確実に発見しなければなりませんが、苺ジャムの場合には種と虫の区別がつきにくく、機械的な検査方法では対応できません。しかしディープラーニングを活用すれば、これらの識別も可能です。ものづくりの幅広い現場に適用できるのです」。もちろん適用可能な領域は、ものづくりだけに限らない。社会インフラの維持管理にも、すでにディープラーニングが活用されているという。その一例として永井氏が挙げるのが、道路陥没を防ぐための路面下空洞探査での活用だ。これは自動車で牽引された探査レーダーで地中画像を収集し、それをZinraiディープラーニングで学習、地中の空洞を判別するというもの。従来の目視方式に比べて検知時間を1/10に短縮すると共に、目視チェックで発生する検査漏れの防止にも役立っている(図2)。

図2 社会インフラ維持管理におけるZinraiディープラーニング適用例
          図2 社会インフラ維持管理におけるZinraiディープラーニング適用例 

 これらを含め、富士通ではZinraiディープラーニングの多様な活用ケースをまとめ上げ、17種類のオファリングとして公開している。それではなぜ富士通は、ディープラーニングの実用化をこれだけ急ピッチで進められるのか。その理由の1つとしては前述のように、ディープラーニング活用に必要となる数学的素養を持つ人材が豊富で、社内適用による短時間での立ち上げが可能なことが挙げられる。しかしそれだけではない。このほかにも2つの注目すべき特長がある。

スパコンと量子コンピューティングへの取り組みも加速に貢献

  その1つがスーパーコンピュータ「京」の開発で培われた、並列処理に関する技術力の存在である。高速な学習を実現するには高度な並列処理技術が必要になるが、富士通は最速・最新のGPUを活かし切る並列化・チューニング技術や、ディープラーニングの学習速度を高速化するソフトウエア技術「Distributed Caffe(分散並列化)」を保有している。これらを組み合わせた環境をクラウドサービスとして提供するほか、オンプレミスシステムとしても利用可能にしている。

  また「京」の技術を活用することで、ディープラーニング処理向けプロセッサ「DLU(Deep Learning Unit)」も実現。2018年度から提供を開始する予定になっている(図3)。

図3 「Zinraiディープラーニング」を支える富士通の並列処理技術
           図3 「Zinraiディープラーニング」を支える富士通の並列処理技術

 もう1つは量子コンピューティングへの取り組みを積極的に推進していることだ。量子コンピュータはまだ研究開発段階であり、その実現はまだ先の話になるが、すでに富士通はこれと同様の振舞いをデジタル回路上で実現し、新アーキテクチャーコンピュータ「Digital Annealer (デジタルアニーラ)」として商品化している(これはあくまでも「量子コンピューティング」であり「量子コンピュータ」ではないことに注意してほしい)。

「デジタルアニーラ」とは、量子コンピュータの動作原理である「量子アニーリング」を、デジタル回路で実現するというもの。量子アニーリングは「組み合わせ最適化処理」を高速かつ高精度に実現でき、人工知能の発展に大きく寄与すると期待されている。デジタルアニーラを倉庫部品のピックアップ手順の最適化に適用した例では、移動距離を30%短縮するなどの成果を上げている。「これらの技術や経験も、ディープラーニングの実用化を強力に後押しする要因になっています」と永井氏は語る。富士通はディープラーニング、スーパーコンピュータ、量子コンピューティングを3本柱とし、人工知能の進化と実用化を推進していくという。「これらのポテンシャルを活かすことで、日本のものづくりを始めとするさまざまな現場が抱える問題も、これまでとは異なる次元で解決できるようになるはずです。富士通はこれからも世界最先端の技術を融合することで、お客様の事業拡大に貢献していきます」と力強く宣言する。


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