FinTechの未来に一抹の不安を抱く理由


2018/07/20   原 隆=日経 xTECH/日経FinTech

 

「なぜ日本では災害が度々発生するのに、日本人は毎回秩序を守れるのでしょうか」韓国の中学生に突如、こう質問をされた。        海の日を含む3連休、筆者は韓国を訪れた。忌まわしき事故から既に4年が経っていた。セウォル号沈没事故。前代未聞のフェリー事故は、多くの高校生の命を奪った。今回の旅で安山市にある犠牲者が通っていた高校へ足を運んだ。そこには日本人が来ると知った中学生3人が待っていた。そこで飛び出したのが冒頭の質問だった。

韓国の中学生たちは西日本で発生した豪雨災害も、2011年に発生した東日本大震災も知っていた。そして、セウォル号が沈没しかけたとき、避難誘導をすることなく我先に逃げた船長をはじめ、一部の大人たちの無責任さも知っていた。事故発生時、セウォル号には乗員乗客476名が乗っていた。そのうち299名が死亡し、そのうち250名が修学旅行の高校生だった。後の調べで、船内放送で繰り返し流れる待機命令に従順に従った高校生の多くが命を落とした事実が判明している。なぜ日本人は秩序を保てるのか。この質問に相対した答えをすぐに返せなかった。

帰路に就く間、ずっとこのことを考えていたが、仮説として一つの解にたどり着いた。列をなす、行列に並ぶ。日本では日常でよく見かける風景だ。ただ、見方を変えると行列の発生は一種の「摩擦」が生み出す現象とも言える。究極的に効率的な社会に摩擦は発生せず、ひいては行列は起きえない。だが、実際はファストフード店でも、高速道路でも、タクシー乗り場でも、絶えず行列が起きている。こうした非効率さを解消するために、テクノロジーがある。タクシー配車アプリをはじめとするマッチングサービスなどは好例だし、事前注文の仕組みを導入する店舗も少しずつだが増えてきた。キャッシュレス決済も同様だ。いかにスムーズに決済を終えられるかは、QRコード、非接触決済、顔認証などのテクノロジーの真価が問われている。 だが、どうも日本は摩擦をあえて求めている風に見えてならない節がある。現金のやり取りはもはや摩擦でしかないが、不便にもかかわらず、一向に現金のやり取りを止める気配がない。日本はテクノロジーの導入や活用に対して積極的と言われながら、なぜかグローバルで見たときのキャッシュレス決済比率は低いままにとどまっている。 

摩擦を無くそうとするFinTechのリスク  

 FinTechの領域では、AI(人工知能)やAPI(アプリケーション・プログラミング・インタフェース)などを使って、シームレスで、かつ、意識をしない世界を作り上げようとしている。気がつけば自動的に貯金ができていたり、資産運用でお金が増えていたりする世界を実現しようとしている現在の方向性は、総じて現存する摩擦を無くそうとする動きと言えるだろう。だが、摩擦非効率性を生み出し、非効率性秩序という効率性を生み出す行列が絶えず生まれることで、秩序を持って並ぶという意識が芽生える。 摩擦のない金融の世界が到来したとき、金融リテラシーが完全に不要な世界が到来したとき、世の中は果たしてどうなるだろう。    そこには投資に対するリスクという意識は存在せず、問題発生時には個々人は自身の責任とつゆほども思わないかもしれない。        すべては自身の責任ではなく、サービスを提供する側の責任に置き換える可能性だってある。摩擦係数がゼロの世界では、いったん動き始めた物体は意図して曲がることができない。意図を持ってしっかりと曲がるためには、やはりどこかで摩擦が必要になる。    テクノロジーを用いて自動化を促進するFinTechの領域でも同様。衝突を避けたければ、そこには必然的に一定の摩擦を残す必要があるかもしれない。世の中に存在する様々な摩擦を減らすことは、人々の利便性を大いに高める。だが、摩擦の存在は逆に世の中に秩序をもたらす。FinTechがこのまま進んだ先にある金融の未来は、果たして本当に明るいのだろうか。 


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